放送主達の黄昏 その三
器の小さな巨人 コルポルのJS喧嘩凸
その放送のタイムシフトは保存されている。まさかこんなインターネット配信にありがちな事件が引き金になるとは誰も思わなかったことだろう。
動画の初めはあの不気味な少女がアニメの曲を踊っているところから始まる。不恰好で下手な踊りだ。おまけに格好は白い無地のTシャツにジーンズとまるで飾るつもりがない。
少女は踊り終えた後、息を切らしながらパソコンの前に座った。
『88』『うん、まあうまいと思う』『パンツまだ?』
「何だよ、貴様達のリクエストだというのに……糞共が! もっと、あれだ……気の利いたコメ打てないのか!」
『汗掻いてるのにどうして服透けないの?』
「透けねえから! てめえらの考えてることなんかはなあ、私様はお見通しなんだよ! これはなあ、いいシャツだから透けねえんだよ!」
『マジで。アクシンのファンやめるわ』『君にはがっかりだよ』『お前ら小学生に何期待してんだ』
「小学生じゃねえっての! まあいいや、これで罰ゲームは終わりだ。ゲーム再開するぞ」
『主さん、スカ〇プID聞いてもいいですか?』
新しいIDのコメントだ。どうやら初見であるようだ。
「は? 何でてめえに教えないといけないんだよ」
『お話したいから』
「ったくも、仕方ないな」
何も考えずにアクシンはコメント欄に自分のスカ〇プIDを張ってしまった。もしも放送に『喧嘩凸待ち』のタグが冗談でつけられていることに気がつけば貼り付けなかったのかもしれない。しかし既にコメント欄にはアクシンのIDが張られてしまい、すぐにスカ〇プの着信が流れて来た。
《もしもし? 聴こえる?》
どうやら大人の男性の声のようだ。低めの声が電子音のノイズに紛れている。
「聴こえる、聴こえる。初見さん?」
《当たり前だろお前の踊りなんて誰が見てえんだよ罰ゲームかよ》
酷い! いきなり凸してきた者は、喧嘩態勢だ!
「罰ゲームだって。さっきのゲームでキル数最下位だったら踊るっていう誓いを果たしたんだよ」
《おかしいじゃん、何でそれで俺が乳臭い餓鬼の踊りみないといけないんだよ。謝れよ》
「は? 何で私様が謝らないといけないのだ。てめえこそいきなり来て謝れってんだ」
《被害者なんだよ、俺は。お前こそ謝れよな、お前の踊りなんて見たきゃねえんだよ》
「別に放送を閉じて見なければいいではないか。何私様の放送見てんだよ」
《もう見ちまったから、分かる? 被害を与えたら、見なきゃいいじゃなくてごめんなさいだろ? 先生に習ってないの? あ、不登校だから習ってないのか!》
何と酷い! 大の大人が小学生っぽい少女をゲラゲラ笑っているではないか!
「だから小学生じゃないって言ってるだろうが。てめえ、ぶち〇すぞ!」
だがアクシンも対抗してマジギレだ! これでは思う壺ではないか!
《何々? それで、謝ってくれるの? ごめんなさいって言ってくれるの???》
「黙れニートが! こんな平日の昼間に暇なことする奴はニートに決まってんだろうが!」
《引きこもり不登校小学生よりマシだって! 足し算のドリルやらなくていいからあやまって終わらせろって!》
「ん……ちょっと待った、今お前、引きこもり不登校よりマシって言ったよな? この時間に入るのは別に平日休みの社会人かもしれないのに。お前、本当にニートなんだな」
《……って、別に例えだって》
小さな間が開いたことにアクシンが気づかないわけではないだろう。凸主は知らないのだ……この少女が弱みを攻めるのが得意だということに!
「お前、マジでニートなんだな! 何、何? 小学校の引きこもりが何だって? 私様は別に小学生でも無職でもないからいいんだけど、もしかして無職なのに放送して喧嘩売りに来たの? ねえねえ、喧嘩売ったらお金になるのか? いくらで売れるんだ???」
《うるせえ、不登校小学生よりマシって言ってんじゃねえか》
「でも小学生なら未来があるって。だけどお前、10年後も私様みたいなのにスカ〇プ送って喧嘩売るの? マジで、いくらで売るの?」
《だからニートじゃないって言ってんじゃねえか!》
「うわ! ニートが怒った! うわぁうわぁ!」
何という狡猾な精神攻撃だ! だが幼稚だ! 幼稚だが普段の10倍ものリスナーが集まっているではないか!
『マジでコルポルニートなんwwwww』『小学生に負ける大人wwwww』『アクシンつええwwwwww』『ニートvsニート ファイ!』
凄まじい勢いでコメントは流れていく。それぞれがそれぞれの言葉でこの幼稚な争いに油を注いでいく。
それからこの言い争いは20分ほど続いた。だがペースが終始アクシンに流れていた。
「糞餓鬼! まだ公園にたむろってゲームしてる小学生の方がお前より大人だろうな!」
《うるせえよ! くそ小学生が!》
そういい捨ててコルポルと呼ばれた男はスカ〇プを強引に切った。
「ったく、何なんだ? ってかコメント一気に増えてんな。何だ? まあそう褒めるなよ。だから小学生じゃねえっての。まあ、私様が最強なのは基本だからな」
それからスカ〇プ凸してきたのが最近知名度の上がり始めている配信名『器の小さな巨人コルポル』だとアクシンが知ったのは、自分との口論が動画でアップロードされランキング一位になってからことである。
それからアクシンの元には他コミュの放送IDや『喧嘩凸待ち』タグを外しているのにスカ〇プの喧嘩凸が来るようになった。




