ネトゲは戦争に入りますか?その三
ロキとの出会いの最初がそうであったが、一週間もすると驚きもほとんど消えてしまっていた。異常なほどの重課金など課金体制を取るゲームではよく見られるものだが、明らかにロキの課金額は常軌を逸していた。たったの数日で知る限り1000万以上も課金アイテムを使っていて、しかも秀樹にプレゼントとして課金アイテムを送ってくるのである。
当然何か犯罪的なことを最初警戒したが、アイテムの効果の魅力に呪われたように、いつの間にか当たり前に使うようになっていた。それでも秀樹は贈り物の消耗品を使うときはロキとの狩りのときだけだと決めていたが、最後のプライドのようなもので抑止力にはなり得ない。
既にロキは一年以上かけて秀樹が成し遂げたレベルのカンストを果たしていた。そのさっとしたレベルアップは、見ていても気持ちが良いものだった。断ってもロキはレアドロップを秀樹へと渡したが、明らかにドロップ率向上の課金アイテムもロキは使用しているようだった。
「ありがとう。大分分かってきました」
まるで初心者のままであるかのようにロキは言った。
「もう十分ほとんどの狩場にいけるよ。当然ソロだと限界があるけど」
自分の口元が若干引きつっているのが画面越しに見えないことに感謝しつつ秀樹は答えた。
「限界があるなら、やっぱりパーティを組んだ方が効率はいいんですよね」
「あんまりやったことないからわからないや。ただ依存するから臨時のパーティだと効率が落ちるかも。装備が整ってない人もいればネタみたいなスキル構成の人もいるから。それに種族が違うと裏切りとかPKもあるしね」
「やっぱりクランの方がいいんですか」
「大きな場所じゃないと安定しないけど、そうだろうね」
「さらまんどさんは、クランに入らないんですか」
『さらまんど』とは秀樹のメインキャラ名である。
「まあ、入りたいところもないしね」
そうは言ったが、それだけではないことを秀樹は知っていた。どうしてもクランに入れば人間関係というものが生まれる。その煩わしさを知らないわけではない。仲良くやるためには努力や社交的な行いが必要になるが、どうしてもネット社会におけるそのわだかまりが秀樹には苦手なのである。
「そうですか……じゃあ、私様とならどうでしょうか」
妙な一人称だが、ロキは私様と自分のことを呼ぶことがあるが、それも随分と慣れたものだった。
「ロキさんとクランを作るってことですか。だけど種族が違いますよ」
クランはアース神族と巨人族でさえ組むことができる。ただその場合にPKが発生した場合に同属を攻撃するような事態を招くことがある。その場合クランに入ったものは種族を裏切ったものをみなされ、仮に同属を攻撃した場合に犯罪者扱いとなる。故に基本は同じ種族同士で組むのである。
「別に種族が違っても問題ありませんよ。それとも、私様とだと嫌ですか?」
「そういうわけじゃないけど、ロキさんならもっと大きなクランでも受け入れてくれると思うよ」
「でも嫌じゃなければ私様とクランを作りましょう。さらまんどさんが隊長でいいですね」
「まあ身内クランになりそうだしいいよ。クラン名は?」
「オーディン・ファ〇クとかどうでしょうか」
「言葉に似合わず酷いね。そうだな、ギャッラ団とかどうだろうか」
「もっと別のにしましょう。ギャッラ・ファ〇クみたいな」
「何か怨恨でもあるのかなあ。じゃあ北欧神話を離れて名古屋県民市民団体とかどうだろうか」
「それでいいです」
自分でもセンスの悪い名だと思いながらもあっさりとロキが同意したので、秀樹も変更の提案をするタイミングを逃してしまった。仕方も無しに『名古屋県民市民団体』というクランを作ると、ロキを誘った。
「ではよろしくお願いします」
「よろしく、ロキさん」
「私様がクランの副隊長になったからにはこのクランを大きくします。さらまんどさんがヴァルハラに招待されてもおかしくないくらいに」
「そうだね。9つの国を支配できるくらいのクランにしたいね」
少年のような言葉だと秀樹は自らの発現を眺めた。当然だが9つの国には様々なクランが存在する。その中には100人規模のクランも存在し、ワールドでPKから狩りに関するまで最強を誇るところもある。昔見たやくざ映画のようだと思った。同じような天下を欲する発言の末路は適うか志半ばに倒れるかのどちらかしかない。それはシュレディンガーの猫よろしく進んでみないとわからないのである。
しかし現実のきびしさを知らないわけではない。ソロプレイを永遠と続けている自分が何かをこのゲームの中で成すとは秀樹には思えなかった。ボスを倒してレアドロップを得たり廃課金を重ねたりするようなプレイを考えたことはないし、その予定もない。ただ黙々と狩りを重ねる以外にすることが無いから続けているに過ぎない。そしてそういう人間とゲームを走りぬける人間とはまったく違うのである。
だが少年のような感情は秀樹に何かすがすがしいものを与えたのは確かだった。脳裏には沢山の仲間と共にアースガルズを闊歩する自分の姿を浮かべた。その妄想だけで十分に楽しかった。
理想は現実と食い違う。様々な要素が交わって、あらぬ方向へと進んでいく。今の秀樹自信が無職の引きこもりになってしまったことを微塵も想像しなかったのと同じように、ゲームの中でさえ秀樹の想定外に物事は進んでいく。
たったの二週間でクランの人数は96人に達していた。いや、まだ増えていく。彼らのほとんどはレアドロップ品か課金装備で構成されている。その頂点に立つのが自分だと想像することは出来た。しかし、突然流れ出した現実の速度に秀樹の脳味噌はついていかない。どのクランでも人ばかりは集めるのに苦労するものと聴く。しかし、それをロキはたったの三週間でこれだけの人数を集めてしまった。
ロキがどのような方法で集めたのか知らないわけではない。幾らかの身内を呼んで来た彼女は、課金アイテムのばら撒きによる勧誘を始めた。更にはPvや狩場での廃効率狩りによる育成を積極的に行い、それを目当てに入るものが沢山きたのである。その幾らかは当然定着せずに離れてはいったが、それでも何人ものプレイヤーが常駐するに至った。
ほとんどのことは副隊長のロキが成したことで自分の力ではないことは知っていたが、それでもロキは秀樹がリーダーであることを強調した。何かする前に必ず秀樹の許可を仰いだ。クラン全体の認識も『隊長はさらまんど、副隊長はロキ@ヨルムンガンド』という認識だろう。
不思議な話だが、自らにこんな素質があったのかと思うほどに秀樹はロキと仲間達と共に狩りを続けた。幾らかのチームに分かれて行動していたが、主にレアアイテムの収集をロキと共にしていた。ニヴル・ヘルにあるヘルの屋敷にいるボスモンスターバルドルの亡霊やヘルを狩り、落とすレアドロップを漁った。何の躊躇もなく使われるロキのドロップ率増加アイテムにより通常では何ヶ月も駆り続けなければ拝めないアイテムですら大量に得られた。
自分の懐を痛ませることのなく得られるアイテムに溺れなかったといえば嘘になるだろう。秀樹はクランのほとんどに行き渡るくらいのアイテムを集めたかったし、時間は十分にあった。夢の中を疾走している気分とはまさにこんな感じなのだろう。拾ったレアドロップ『悲劇の枝』を秀樹は眺めていた。