表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アースガルズの私様  作者: 富良野義正
名状し難き冒涜的なアースガルズの神様
55/163

名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その九

 自分が何者であるのか、コールは頭がどうにかなりそうだった。


 あのトールが本物の神であるかは別として、ただの少女でないことは確かだろうとコールは確信していた。そうでなければ眩暈や屋敷の揺れが説明できない。本物のトールだというのだろうかと自問自答しようとして感情を抑える。自分が文字を読めたことの考察も抑えるべきだとコールは自分に言い聞かせる。三人も自分を疑っているのだろうが、今は信じてもらうしかない。仲間割れはまったく意味も無い。いや、皆身の危険を感じているのだろう。お互いに信じる以外に方法がないのかもしれない。


 だがコールは既に他の三人が微妙に自分と距離を保っていることに気がついていた。当然だろう。コールは文字が理解できたことに言い訳さえしようとしなかったのだ。嘘は嘘で塗り固めなくてはならない。下手な言い訳は自分の首を絞めるに違いないとコールは不安を塗り潰す。


 ともかく4人は屋敷の探索を再開することにした。先頭からロビン、コール、マドンナ、ヒデオと続いた。廊下は変わらず不気味な静けさが続く。少女の引きずるミョルニルの音も聞こえない。


 だが一階にまで下りるとコールは妙なものを見つけた。


 広い廊下である。床には大理石が敷きつめてあり、暗いとはいえ辺りが見えるのは屋敷というより仕事終わりのオフィスのような雰囲気さえ覚える。そこにはあのオーディンとフリッグ、そして4人の神々の石造が並んでいた。だが、そのうちの一つだけが床に崩れていたのだ。


「また、ロキだけが壊されているようだ」


 崩れた像を眺めながらロビンは言った。


「だがおかしい。綺麗に切られている」


 コールは残った胴体の方を見た。トールは頭から脚までを全て粉々にしていたが、これは胴体が鋭利な物で切られたようだった。だが、綺麗な切り口は不自然だ。まるでゼリーを綺麗に半分に切るようにこの白い像を切断することなどできるのだろうか。


「もしかしたら、テュールかもしれないわね」


 マドンナの一言でコールは剣を腰につけた少女の像を見る。まさかという感情とそれ以外にありえないだろうという感情が交差する。非現実的な光景を理解するには非現実的な存在を肯定するのが一番早いのだから。


「冗談じゃない。まだサムライが試し切りしたのだという方が納得できる」


 あくまで理論的なヒデオは否定した。その反応が正しいのだろう。


 更に廊下を奥へと進んでいく。すると大理石の廊下の上に茶色い液体らしいものが広がっているのが見えた。その酸の悪臭は間違いなく吐瀉物だ。


「まだ新しい。これを作り出した奴が近くにいるはずだ」


 警告するようにロビンは言った。しかし戻るという選択肢を取れるものなのだろうか。この屋敷には何か名状し難い存在が存在していることをコールは感じている。だからこそ、もう先に進み調査を進めるしかない。


 足音に気をつけながらコール達は先を進む。すると遠くでカチャリという音が聞こえた。足音だ、ゆっくりとした足音も先から聴こえる、


 段々と進み突き当たりにつくと、その先から音がしているのがわかった。壁沿いに隠れたコール達の先頭でロビンが待ての合図をした。そして壁際から、ゆっくりと廊下の先を除いた。


「…………うっ」


 だが小さな声をあげてロビンは体を戻すと、口元を押さえた。顔色は真っ青で発汗さえみえる。何があるかを言おうとはしなかった。カシャリという金属音がした。


 このまま去るのを待ち、ロビンに何を見たのか聞くこともコールにはできたのだろう。しかしコールは恐怖と共に覗かなければならないという使命感に襲われた。ついにロビンと変わるように壁際から先を見てしまった。


 だがコールは、最初から想像していたとはいえ、恐ろしい怪物の姿を目にしなくてはならない自分の好奇心が呪わしく思った。


 先にいるのは、スパルタ時代の男装をしていることは分かる。そして随分と小さな背中で身を屈めている。だがその手には何か剣のようなものを持っているのが見えた。その背中からでも銀色の髪が覗いている。


 その姿を見た時にコールは再びあの眩暈を覚えた。そして自分が恐怖しているのだろうという朧な確信を得た。


 おお、何と忌まわしい姿なのだ! 見かけは単なる少女であるというのに!


 少女……まさにテュールの像が動き出したような姿は、ふらりと一度よろめいて、一度歪な声を出して嘔吐したのが見えた。コールはあまりの眩暈に意識が飛びそうになりながらも見続ける。少女はふらつきながらも左右に並ぶ像の中でロキの前に立つと、それに銀色の放物線を作り出した。途端に像の上半身はずるりと床に落ち、割れた。


 そして少女は、コールにも聴こえるような声で……英語ではない、あの言語で言った。


「『生贄を独り占めにするとは!』」




 ついにコールは少女を見ることができなくなり壁に隠れて蹲った。そしてあまりの恐怖に叫び出すのを我慢するように小さく呟いた。


「いあ、いあ、アースガルズ、いあ、いあ、おーでぃん、いあ、いあ、テュール……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ