名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その八
静けさがしばらく続いたのを確認してコール達は吐瀉物と粉が舞う部屋に出た。
「何だったんだ」
ロビンの問いにコールは過呼吸で最初は答えられなかったが、眩暈も落ち着くと口を開いた。
「この石造の、トールのような少女だった。ならば、ミョルニルのようなハンマーでロキの石造を壊したんだ。そして揺れは、少女が脚を下ろして起こしたんだ」
誰もが押し黙った。その言葉を信じていいものかと考えているのかもしれない。いや、誰が信じるのだろうか。少女が屋敷を揺らすほどの怪力を示したことなど。
「確かに、遠めに見た姿は確かに石造のトールのようだった」
ヒデオが援護をするように言った。
「まったく、本当に神のような少女がいるというのか」
ロビンの言葉は普段と変わらなかったが、なんとなく苛立っていることをコールは肌で感じた。
「それで、さっきのは何と言ったのかしら」
一番奥に隠れていたマドンナは言った。
「『生贄を独り占めにしやがって』と言っていたよ」
さらりとコールが答えると、皆がはっとしたような表情を向けた。その表情は、何故か恐ろしい怪物を見るようにも見えた。
「さっきから気になっていたのだが……何故で分かったんだ」
ロビンの質問の内容がコールにはわからなかった。
「どういうことだ」
「あの少女の詩の件もそうだ……いや、不気味な本の内容もさっきの少女の言葉も、何故コールはわかるんだ。適当なことを言っているわけじゃないのだろうな」
「適当なことを言ってどうなる。調査を妨害しようというのか」
「じゃあ質問を変えよう。どこでその言語を学んだんだ」
「言語……俺はアメリカ人だ。他は聞きかじった程度の中国語くらいしか知らない。何故、そんなことを訊くんだ」
「俺には聴こえなかった。さっきのが英語には。皆も同じだった筈だ……そうだ、あの少女の詩も、あの本の内容も、英語ではなかった」
コールは、質問の意味がわからなかった。まったく酷い冗談のようにも思えた。
だがよく思い出してみれば、コールは何かがおかしいことに気がついた。酷く何か自分が勘違いしているような感覚だ。
思い出したようにコールはあの禍々しく冒涜的な聖書台へと近づく。そしてそこに書かれている文字を眺める。
そこには確かに『エッダの異本』と書かれている。開いた先には記憶どおりの眩暈がする深遠に塗れたような文章が続いているのがわかる。
一端を理解した恐怖にコールは叫び声をあげそうになるのを我慢するのに必死だった。振り返ったときの三人の無言が真実であることを物語っていた。
コールが理解して読んだ文章は、英語ではなく、見たこともないルーンのような文字だったのだ。
『コールの手帳
何故自分が少女達の言語を理解したのか分からない
自分も知らない昔にあの言語を習得していたというのか
しかし小さい頃からアメリカを離れたこともないしあのような文字に触れた記憶もない
だが確実にあの文字を理解している
俺は……一体何者なのだ?』




