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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
名状し難き冒涜的なアースガルズの神様
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名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その七

『コールの手帳

 22:00

 音は最初からほとんど聞こえなかったが、どうやら集落の方も明かりが消えたようだ。

 街から離れた場所では夜中が早いということだろう

 しかし護身具らしいものはほとんどない

 彼らと争うような行動をすれば勝てる見込みは最初からないのだろうが、精神安定剤としての作用も望めないようだ』




 そもそも夜行性であるコールは日本製の缶コーヒーを飲んだので眠気のようなものはない。他のメンバーも同じだろう。


 既にそれぞれ屋敷の探索を行う準備を終えていた。想定外であったのは案外集落の明かりが消えるのが早かったということだろう。部屋の窓から覗ける場所に集落があったのが救いだった。


 なんとなくコールは耳を澄ましてみる。しかし、あの少女の歌声はまったく聴こえたりはしなかった。




 立て付けの悪い扉を開けると、うすくらい燈色の廊下と紅い絨毯がずっと続いていた。絨毯のおかげか、廊下はまったく足音を響かせない。


 まずコール達は自分達の部屋の隣にある部屋から調べることにした。鍵も掛かっておらず、中は何もない空洞だった。続く部屋も同じだろうと皆が察すると次は廊下の突き当たりから右に曲がり、そのすぐ左に見える部屋を調べることにした。


 ともかく中で物音がしないのだろうかと思いコールは壁に耳を当てたが、音はしない。誰もいないようだった。次に取っ手を回そうとしたが回らない。どうやら鍵がかかっているようだ。


「どこかに鍵があるはずだが……別を調べたほうがいいか」

「少し見せて」


 コールが離れると同時にマドンナは鍵穴へと近づき、ポケットから針金のようなものを取り出した。その光景をコールはしばらく眺めていたが、カチャリという金属音が廊下に響いた。


「これくらいの鍵なんて、開きっぱなしにしているようなものよ」


 ゆっくりとマドンナは扉を開けると、部屋の明かりはついているようだった。だが廊下よりも暗い部屋で陰が目立つ。


 不気味な部屋だ。4つの石造が並び、中央には聖書台が置かれている。だがその神聖な台に置かれているのは……おお、なんと冒涜的な! 黒く禍々しい本ではないか!


 コールは聖書台に近づく。その書物の表紙には何かが英語で書かれている。


「……エッダの異本、か」


 妙な予感が胸を襲い、コールはそれを手に取るのを躊躇った。だがもしや調査に関係するのかもしれないと思い、ついにその本を開いてしまった。




『エッダの異本

 ホルンの音が谷に響くその全てを知るのに代償を払わなければならない。

 空をアースガルズの金色なる暗闇で覆いつくせ。

 ミズガルズの者達が口にするのも躊躇われる偉大な者の恐怖にかられ、詩を狂い唄う。

 アースガルズ ふたんぐ

 アースガルズ ふたんぐ

 黄金の影に隠れた神々へ視線を向けた者に理解することはできない。

 何故ならばアースの神々を知るこということは罰に他ならないからだ。

 いあ いあ オーディン

 いあ いあ フリッグ……

 …………

 ………ル

 ………ル

 ……コール』




 自分が立ったまま意識を失っていたことにコールが気づいたのは何度か呼ばれてからだった。意識が戻ると酷い眩暈がコールを襲った。


「何が書いてあったんだ」


 コールの肩を持ち、何度も呼びかけていたロビンが訊ねた、頭を何度か振りコールは答える。


「自分で読んでくれ。気分が悪いんだ」

「そうはしたいのだがな。だから、コールに訊ねているんだ」

「……またオーディンとフリッグを称えるような文章だ。まったく、こんな不気味な文章ばかりだ」

「ということは、この前に並んでいるのは……やはり、あの4人の神なのか」


 思い出したようにコールは前に並んだ石造を見た。最初は単なる少女の石造のようにしか思っていなかったが……おお、なんてことだ! 彼女達の姿を見れば、ロビンの言うことも理解できる。


 一番右の少女はスパルタ時代の上級階層のような服で男装をしている。だがその服にはポケットがあり、そこに右手を入れているのがわかる。そしてその右腕の近くにはロングソードが刺さっているのがわかる。


 その隣の少女は現代風の服装で、まるでアメリカの荒野を歩いているような半ズボンとジージャンを着ている。だがその背中に何かハンマーのようなものが見えている。


 次の少女はまるで古代ローマの女性用の服を着ている。手には何か太い本を手にしているのがわかる。


 そして一番左の少女は、ローブを被っている。不気味に色の無い隈のある瞳とぼさぼさの髪は、コールには見覚えがあった。


「なるほど……テュール、トール、ブラギ、ロキというわけか」

「なにやらここで崇拝していたようにも思える。本当にあのお子様は自分をロキだと思っているそうだ」

「静かに。誰か来るぞ」


 ヒデオの声に緊張が襲う。とにかく隠れなくてはならないだろう。


「あそこに隠れましょう」


 部屋の置くには物置のような小部屋が見えた扉は無いが明かりもない。隠れるにはいささか不安があるがそこしか無いだろう。


 そこはこの部屋の壁沿いに作られたスペースだった。もしも奥にさえいえば見つかることは無いだろう。一番奥からマドンナ、ヒデオ、ロビン、そして手前にコールという順に隠れた。


 気配が扉を開ける音をコールは聞いた。それから何か金属のようなものを引きずる音が聞こえる。その音は、丁度あの聖書台の前辺りで止まった。


 このまま隠れているのが一番安全なのだろう。だが、コールは自らの好奇心を抑えることができずに音を立てずに壁に隠れながら音の方を覗いた……


 そこにいたのは、まるで並んだ像のうち一つが動き出したかのような、トールにそっくりな少女だった。ロキくらいの年齢だろうか。しかし彼女を見たとき、自分の心臓の音が凄まじい速度でなり始めたのにコールは気がついた。少女を見ると眩暈がコールを襲った。


 少女は手にはハンマーを握っていて、先を床に引きずっていた。そして俯いていて、立ち止まっていた。目は見えないが、茶色の髪が暗闇に混ざり不気味だった。


 そして少女はふらつきながらハンマーを持ち上げると、一気に振り下ろした。

 一つの石造が陶器を割ったような音を立てて崩れ去った。それは、ロキの像だった。


 振り終えた少女は、ゲブリと音を立てて嘔吐した。崩れた像を吐瀉物が汚していく。コールは眩暈で意識が飛びそうになった。もはや自分が恐怖しているのかもわからなかった。


 最後に少女は一言、はっきりとした口調で呟いた。コールはその一言を聞き逃さなかった。

 途端に少女は右足をあげて床へと乱雑に脚を振り下ろした。

 途端に凄まじい音が響き、屋敷全体がドンと揺れた。衝撃でコールは転げてしまいそうになった。


 なんてことだ! 少女は足音一つ立てないほどの頑丈な屋敷全体を揺らすほどの怪力を見せたのだ!


 そしてまるでトールのような少女は、ふらふらとしながら踵を返し、部屋から出ていった。

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