名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その六
『コールの手帳
19:30
この手帳はロキとの会話が終わって暫くしてから書いている。
どうやら本当に毒などは含まれていなかったらしい
しかし話を進めれば進めるほど怪しい教団だということばかりだ
いずれにしてもロキという少女が不気味でならない』
「さて、皆様には自由に食事をしていただきますが……しかし、どうやら料理よりも私様との会話を楽しみにされているようで……まったく、真面目な方々だ」
そう言うロキこそあのサイコロステーキ以外を口にしていないのをコールは知らないわけではない。どうやら言葉遣いや仕草から既に自分がこの少女の裏にはどの人物もいないのだろうという確信も固まっていた。このロキという少女は4倍も年を取った大人達に敬われ、そして従えているのである。
「そうですね。我々も取材に訪れたわけですから。素晴らしい食事は大変嬉しいのですけどね。それで、いつ頃から信者を集め始めたのですか」
ロビンの質問は当たり障りが無いように気をつけているようだ。
「三ヶ月ほど前からです。最初はもっと少なかったのですが、今では大分宗教らしくなりました。信者は未だに少ないのですがね」
「人の少なさを嘆くには信者が敵対的であるように感じましたが」
「彼らも気が立っているだけです。外部に厳しいことは認めましょう」
「アースガルズの復活について彼らは言っていましたが、何か予言のようなものをされているのですか」
「予言とは違います。もはや事実なのです」
「事実、ですか。どういう意味ですか」
「神々の復活とミズガルズの繁栄です。現にミズガルズに立つ私様の前にはこんな豪華や料理が並んでいる。これこそがオーディン信仰の事実なのです」
ロキの言葉がどのようなことを意味しているのか判別することがコールはまだできないが、確かに何か資金を生み出す仕組みのようなものがあるのは確かなようだ。
「では神々4人がとは、どういうことですか」
「ご存知ですか、我々の詩を」
「生贄とか4人の神というのですか」
「そうです。4人の神がアースガルズより降り立ち、それぞれが人々に富を与えるのです」
「生贄も捧げるのですか」
「まさか。それとも捧げた方が好都合なのでしょうか。記事にするにはもってこいなのでしょうけど」
4人の生贄というのにコールは懐疑的だった。多すぎるのだ。仮にこの宗教に関わった人間がそれほど消えているのなら耳に入ってくるはずだし警察もそこまで無能ではない。
「私からも質問いいかしら」
マドンナは小さく手をあげた。皆がマドンナを見たのが肯定の合図のようなものになったのだろう。
「この屋敷は非常に綺麗で好みです。料理だっておいしい。こんな素晴らしい場所を支える方々にお礼を言いたいのに、貴方と教徒以外に人影は見えません。どうか料理人をされた方にだけでも挨拶をさせていただきたいのですが」
「残念ながらこの屋敷には私様以外にはおりません。掃除をさせた小人も料理人の小人も既に屋敷にはおりませんので」
「『小人』、ですか。貴方よりも小さい方々なのですか」
「『小人』ですよ。小さいに決まっている」
どうも回答が朧だ。これも何かを隠しているということなのだろうかとコールは考えた。
「私からも。親御さんは貴方の現状をどう思われていますか」
まるで誰にも構わずにヒデオは質問した。
「ミズガルズには居ない。そう答えさせてもらおう」
「宗教を開く前にはどこに」
「アースガルズの深い森で退屈を潰していた。これで満足かな」
「結構です」
ヒデオが話を切るとすぐコールも質問をする。
「貴方が本物のロキであるとグレイさんは言っていたのですが、どういうことですか」
いきなり広間の空気が変わったことをコールは感じた。ロキは満足げに微笑むと、はっきりと言った。
「そのままの意味だ。私様こそ、本物の悪神ロキなのだから」
「つまり……教祖でありながら、自分を信仰させているのですか」
「私様が本物のロキであると知る者は少ない。だからこそ、私様は教祖のロキなのだ」
なんとも馬鹿げた回答だとコールは思った。この理性的にも見える少女も間違いなく狂っている。背徳的で冒涜的な信仰の教祖に相応しい狂気を宿しているに違いない。
「さて……話はこれくらいにして、私様はそろそろ休ませてもらおう。まだしなければならないことがあるのでね。皆様は引き続き食事を楽しまれるか部屋に戻られてもいいでしょう。では、失礼します」
ロキは椅子から降りると、何の変哲も無くコールの後ろを通り過ぎ出入り口から出ていった。残されたコールは何かどうしても落ち着かず前にある林檎のジュースを一気に飲み干した。




