名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その四
『コールの手帳
15:30
どうも子供教祖といい、あの歌といい、雑誌といい、何もかもがうさんくさい
この教団は何かを隠しているのは確かだ。
しかし我々に知られたくないことはなんだというのか
とにかく忘れないうちにあの歌をこのメモ帳へと書き込んでおく
この集団を知る何かの手がかりになるのかもしれない』
ロキの後に続いたコール達は集落と呼ばれる広場……行くときに通ったあのキャンプ地へと案内された。そこにいる者はロキへの敬意の眼差しと共に敵意に満ちた瞳を惜しむことなく向けた。
一つのテントに入ると、暗い空間で一番奥には不気味な等身大の石造が二つ並び、二つが丁度のっかるくらいの祭壇に乗っている。真っ白な像は見かけよりも軽いようで木製の祭壇に乗せられ、前には花や食器、それに中央には濃い緑色の本が飾られている。その裁断の横には、ローブを被った若い男が立っていた。男は一瞬だけ表情を緩めたようにも見えたが、しかしコール達を見るとやはり敵意に満ちたような顔をした。
「彼はグレイと呼ばれている。顔が宇宙人のようにも見えるからだ。しかし我らが神聖オーディン教で残っている者としては一番長いだろう。私様は一度屋敷へと戻りますが、ご自由に皆へ話を聞くといいでしょう。グレイ、後は任せたぞ。自由に答えてよいが、危害は加えないようにしろ。当然、信仰を穢されるのならその限りではないが」
「承りました、教祖様。少なくとも夕食頃には客人を屋敷へと戻しましょう」
にやりと笑った男は、確かにグレイのように見える。ローブを被っているので全体は見えないが、その瞳はぎょろりとしていて顔色が青白い。もしも何か不治の病に犯されているといわれたら疑う者は少ないだろう。
踵を返しロキが去ると、グレイからはまったくの笑顔が消え去り沈黙が生まれた。
「こんにちは、ミスターグレイ。グレイさんとお呼びしても?」
ロビンが訊ねると顔色一つ変えずにグレイは答える。
「自由にお呼びになって結構。適正な距離は保って欲しいものですがね」
「ではグレイさん、貴方はいつからこの宗教に?」
「二ヶ月前です。貴方達は何故こんな辺鄙な所へ来られたのですか」
「取材ですよ。我々は記者でロキさんに許可を取り取材をさせていただくことになったのです」
「それが答えですよ、余所者。核心的な質問は無意味と知れ」
コール達は、グレイを凝視した。男は冷たい瞳でロビンを見ていた。確実にグレイは、ロビンの正体を知っている。そう直感的にコールは思った。
「なるほど。では貴方達の宗教は隠していることを探っているとでも思っているのですか」
「答えるつもりはない。隠し事などどの宗教でもあることだ」
やはり何かやましいことがあるのだろう。だが、それは一人の男をアルコールに狂わせるほどのものなのだろうか。
「私からも質問をいいでしょうか。貴方達はどのような信念でここに集まっているのですか。まさかテロを企てているというわけでもないでしょう」
踏み込むようにヒデオは言った。するとグレイは馬鹿にするようにヒデオへ向けて一度鼻を鳴らした。
「テロなど、人が人を相手にする行為に過ぎない。我々はただアースガルズの降臨と、その見返りとしてのミズガルズの繁栄を望んでいるに過ぎない」
「アースガルズ……グレイさん、この歌はご存知ですか」
駄目元でコールは自分のメモ帳に書き込んだ、あの少女の歌を見せた。
「ほう……」
途端にまるで慈しむようにグレイは目を細めた。
「知っているのですね」
「父なるオーディンと母なるフリッグを称える歌だな。そして偉大なる神々が4人を称える歌だ。これは、教祖様より聞いたのだな?」
「いいえ。別の少女が歌っていたものを書き留めたのです」
「ここに来る前に、だろうな」
「先ほどですよ」
途端にグレイの表情が一瞬無くなった。しかし次には喜びに満ちたように口を大きくにやけさせた。
「おお……それは、きっとブラギ様の歌だ……なるほど、神々は喜ばれているのだ。訪問者が島へと訪れたことに」
「ブラギ……詩の神のことでしょうか」
「時よりブラギ様はアースガルズより現れる。そして偉大なるテュールも、偉大なるトールも! 我らがミズガルズへ富をお与えになり、生贄を求めに参るのだ!」
「生贄、ですか」
マドンナの言葉に更にグレイは機嫌をよくしたようだ。しかし言葉を続けなかったので、コールは口を開いた。
「北欧神話では生贄により神の怒りを静める記述が幾らかある。バイキングも同じように怒りを静めていたらしい。しかし、態々魂を求めに来るものなのですか」
「偉大なるロキ様の導きならば、生贄を求めに参るのも納得できることよ」
「ロキ……あの、教祖様のことですか」
「教祖? 違うな……かのお方こそ、オーディンの姉妹にして偉大なる神の一人なのだ! ああ、偉大なるロキ様! いあ! いあ!」
突然大声をあげて狂ったようにグレイは歓喜の叫びをあげた。そのあまりにも冒涜的な狂喜にあっけをとられながら、コールは思考を巡らせた。
なるほど、少なくともこの男は子供教祖が本物の悪神ロキだと信じているようだ。同時に、ならばオーディンやフリッグの姿が女の子である理由も納得ができる。この男は口が軽いようだ。しかし、それにしても何故ロキを本物の神であると断言できるだろうか。あの教祖はただの飾りではないということなのだろうか。
「ああ、神よ! 偉大なる旧世界の支配者よ! 生贄は揃いました! ついには我らの前に4人揃いましては、再びアースガルズの輝きを我らへとお与えください! いあ! いあ! オーディン! いあ! いあ! フリッグ!」
あまりに狂気的な笑いにコール達は顔を見合わせた。そしてこれ以上の情報は手に入らないのだろうと思うとテントから出ることにした。別れの言葉でさえグレイは返そうともせず、離れたテントからは外からもはっきりと声が聞こえた。
いあ! いあ! トール! いあ! いあ! テュール! いあ! いあ ブラギ! …… いあ! いあ! ロキ!




