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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
ネトゲは戦争に入りますか?
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ネトゲは戦争に入りますか?その二

 この部屋が全てになってから既に二年が経過していた。それより前のことは朧でほとんど記憶に無い。職場の彼らの顔を思い出すことが出来るが名までは思い出すことができない。

 全てが朧な日々だ。

 過去も未来も朧ならば、今はまったくの妄想的な世界が続いている。


 パソコンの前で西岡秀樹にしおかひできは今日もキーボードとマウスを必死に動かす。前にあるのはプログラマーの仕事を辞めてから始めたMMORPG『ヨトゥン・ヘイム』である。この海外製のゲームを始めてから寝る間や食事の時間も惜しんで狩りをしていた。その生活もまだ暫く続けることが出来るのだろう。実家なので衣食住には困らない。日々減っていく貯金でもあと数年は持つのだろう。


 画面の中にはアース族を選んだ秀樹のキャラがいる。その中でも戦士を選んだ彼は、既にレベルはカンストしていた。だからとてこのゲームが終わるわけではない。他の職業のキャラの育成をしなくてはならないし、無課金の秀樹にとっては金策も必要なのである。


 パソコンの前の行為は楽で、秀樹に十分な満足を与えていたのだと思う。別に金が入るわけでもないし生活が楽になるわけでもない。だがゲームは頑張れば頑張っただけの報酬を与えてくれるのである。何週間もかけて作ったプログラムが水泡になることも無ければバグによって酷く怒られることもない。納期も無いので自分のペースで思う存分続けることができる。画面に集中しているときは全てが忘れらるような気がした。それは皮肉にも仕事へ熱中する者と同じような精神状態であるように思えた。


 問題点と言えばソロプレイヤーなので狩場が限られているということだろう。モンスター自体が強く設定されているということもあるが、他のゲームと同じようなPv的な要素も実装されている。ヨトゥン・ヘイム付近の巨人やヴァン神族などの多種族に襲われる可能性があるのだ。なのでソロとして経験値効率の良いヘイムダッルの大橋と資金効率の良いイズンのリンゴ農園が主な狩場だった。


 今は武器を強化する為に『戦闘のルーン+7』の購入資金を貯めていた。今日も昼の11時からイズンのリンゴ農園で狩りをしている。夜の1時くらいまで続ければ明後日には買えることだろう。課金をしているものならばもっと上のルーンを高額で購入することができるのだろうが、無課金を続けなければ貯金がどうなるかなど想像に易い。


 リンゴ園に現れる蜂のモンスターを永遠と狩り続けて二時間くらいになるだろうか。そいつらが一定確立でドロップする神々のリンゴと低確率で落とすイズンのリンゴを集めながら、時々アイテムを預けにアースガルズの倉庫へと戻るのを繰り返していると、ほとんど見知った人しかいないこの場所に見知らぬキャラがいた。


 全身鎧と形状から戦士系の職業、性別は女であることが分かった。種族はヴァン神族であるのは名の横にあるロゴから分かる。名前は『ロキ@ヨルムンガンド』である。随分と安直であるようにも思えた。ゲームで覚えた神話の登場人物の名前を適当につけた中学生のようだ。


「あの、すいません」


 突然メッセージが飛んできた。個人チャットを初めとしたチャットシステムは備わっているのだが、まさか自分に来るとは思わなかった。


「はい」


 簡単に返したのは、Pvをするつもりが無かったからである。秀樹は戦闘を極力避けるようにしていたし、キャラの装備を見て勝てるとは到底思えなかったのである。相手は全身課金装備であるのに対して秀樹の装備は対狩り用の装備だった。


「初心者なんですが、お金集めはどうしたらいいんですか」

「初心者さんですか。いい装備だと思うんですけど、RMTリアルマネートレードですか」


 一般的には禁止される傾向のあるRMTはこのゲームでは特に問題が無い。アカウントを初めとしたレアアイテムの売買は普通に行って問題がない。


「いいえ。全部課金です」


『ロキ@ヨルムンガンド』はそう言って棒立ちしていた。


 最初秀樹は彼女の質問に答えず立ち去ろうかと思った。初心者の相手をするのは単純に時間の無駄であるし、既に重課金の一端を見せている者とは反りが合わないような気がしていたからだ。


「ソロならここで狩るのが一番効率はいいと思います。パーティならもっといい場所もありますけどね」

「ここが一番なんですね。他にも聴いていいですか」

「はい」

「このチャットってどうなおせばいいんですか」


 最初何を言っているのか秀樹には分からなかったが、個人チャットを範囲チャットに変えたいのだと理解すると範囲チャットで答えた。


「コントロールキーを押せば切り替わります」

「なるほど。ありがとうございます」


 範囲チャットで彼女は答えると、やはりまだ棒立ちしたままだった。


「まだ何かありますか」


 狩りに戻りたくて秀樹は尋ねると、少しして彼女のチャットが表示された。


「このゲームがよくわからないので、また分からないことがあったら聴いてもいいですか」

「いいですよ」


 初心者に優しくすればこのゲームに定着する可能性があがる。初心者の世話が面倒だとしても秀樹は初心者の育成が後々自分へと帰って来ることを知らないわけではなかった。


「ありがとうございます。フレンドの登録、いいですか」

「ちょっと待って」


 秀樹はフレンドの申請を彼女に送った。するとすぐにフレンドが受諾された旨が秀樹へと帰って来た。


「ではまたお願いしますね」


 そういうと少女は手を振るエモーションをして去っていった。




 こういう出会いは大体の場合一日で終わるものなのだと秀樹は知らないわけではない。MMORPGの良いところは簡単に人と出会えるのと同時にそこまで深い付き合いにならないことである。故に彼女との出会いは風に吹かれる紙を眺めるようなものなのである。


 だから翌日にチャットが来たとき、秀樹は酷く驚いた。「こんにちは」という文面から来たチャットに少し躊躇いながらチャットを返した。もしも街中に居たとしたならば、もしかしたらAFK(退席中)を装ったのかもしれないが既にイズンのリンゴ農園で蜂狩りを始めてしまっていた。フレンドの場所はわかるようになっているのだから、当然向こうも秀樹が居ることをわかっているのだろう。


「実は狩り方とかよくわからないので、どうしたらいいのか……それで教えてもらおうかと思いまして……」

「なるほど。スキルは何型?」

「スキルって何ですか」

「ちょっと待って。スキル取ってないんですか」

「ずっと攻撃してましたけど……」


 間違いなく通常攻撃のことだろう。効率良く狩りをするにはパッシブスキルを初めとしたものを取ったほうがいい。それにしてもスキルを知らないということはやはりRMTをしたのを隠しているのかもしれないと秀樹は思った。彼の知る限り無課金では彼女の装備していた低級巨人の鎧を装備するレベルまで上げるのに必死に狩りで一ヶ月くらい掛かったからである。


「横にスキルってタグがあるでしょ? そこでスキルを取れるから」

「どれを取ったほうがいいでしょうか」

「使いたい武器次第かな。剣を持ってるし、片手剣と片手剣のスキルを取ればいいと思う」

「強いのはどれですか」

「ムーンスラッシュ系統かなあ。派生も早いしパワー消費も小さい。対人でも狩りでも強いスキルだね。スラッシュって書いてあるのを取っていけばいいよ。後はHP増加と防御増加、それにペインコントロールも全部フルで取るのが一般的かな。全部他のスキルに回す完全回避型ってのもあるけど、ネタでしかないからね」


 一度書き出すと秀樹の脳裏には、彼女に伝えたい言葉が沢山湧き出てくるようだった。スキルの取り方だけじゃない。使うタイミングや適した武器、装備、それに適切な狩場なども話した。他にも話したいことは山ほどあったが、初心者には難しいのだろうと思い一旦切ることにした。


「ありがとうございます。そんなに丁寧に。だけど、まだよくわからないので一緒に狩りにいってもいいですか?」

「どうぞ。だけど二人なら場所変えた方がいいし職業も戦士二人よりは司祭か知識者の方がいいんだよなあ……じゃあアースガルズのヴァルハラ宮殿前って分かる? わからなければ案内係に聞けば大丈夫なんだけど、その入り口で待っててくれたら別キャラで行くよ」

「分かりました。お願いしますね」


 急いで秀樹はログアウトすると別のアカウントのキャラを起動させた。興味本位で作ったが、一人での効率が悪すぎて育成を諦めた司祭である。通常の司祭らしく回復系統と支援系統のルーンを取得しているが、攻撃手段がアンデッドへの回復魔法くらいしかない。だから育成自体は失敗したようなものだが、職業は幾らか用意しておくものだなと秀樹は育てていた自分に感謝した。


 ヴァルハラ宮殿の前に立っている彼女は、昨日と同じ装備だった。パーティ申請を出すとすぐに彼女はそれを受諾した。それから秀樹は取引画面を出して十万ガルズの資金を渡した。秀樹が半日分程度の狩りで得られる平均収入といったところだった。


「宮殿のワープに2キロかかるから渡しておくよ。レベルは70くらい?」

「丁度70です。買ったのを装備する最低レベルまではあげました」

「じゃあ霧の洞窟でいいか。手前から二番目のNPCノンプレイキャラに話しかけて霧の洞窟を選んでね」



 

 霧の洞窟には小型の巨人がいるが経験値効率が良く、中盤のレベル上げにはよく使われる場所だった。但しソロプレイヤーというのが前提である。パーティならばもっと効率の良い狩場というのはあるはずだ。しかし秀樹はここ以上の狩場を知らなかった。だから当然ここを勧めることに偽りは無い。


 だがレベル上げに連れて来た後に秀樹は彼女がすぐに飽きてしまうのではないかと心配になった。何故な70であってもレベルを1上げるのに必死に狩って2日ほどかかるからである。そのスパンに慣れるには初期レベルから順にあげて行き、段々とレベルの上がる時間が延びる過程が必要なのだろう。それをすっとばした初心者が続けられるのか自信はなかった。


 だからこそスキルの使い方や効果などを教えながら狩りを続けていくとすぐレベルが上がった彼女を見て秀樹は安心した。どうやらもうほとんどあがる寸前だったのだろう。安堵と共に大げさなバンザイエフェクトを秀樹は出した。


「おーおめー!」

「ありです」

「次のレベルまでは少し時間が掛かるかもしれないけど、頑張ってね」


 そう秀樹は返してしばらくして説明することも無くなり、黙々と狩りをするモードへと入った。しかしそれも長く続くものではないことを秀樹は知っていた。秀樹は善意によって無償で彼女を支援している。だがそんな状況は長くは続かない。『戦闘のルーン+7』のための時間が削られていることが秀樹に焦燥と苛立ちを与えた。見知らぬ彼女を教える数時間の分だけルーンは遠のくのである。


 レベルアップから一時間ほどが立とうとしていた。彼女の武器も狩り方も効率的だとはいえない。そろそろタイムアップだろうと秀樹は切り出すことにした。


「一時間立つし、そろそろ戻ろうか」


 秀樹はそう言って立ち止まると、帰還の祈りを捧げようとスキル選択画面を開

く。戦闘に必要ないのだからショートカットには入れていないのだ。


「ちょっと待ってください。あと数匹ですから」

「数匹?」

「数匹です」


 何が数匹なのか秀樹にはわからなかったが、一つ合点がいった。つまり経験値が切りのいい数字になるということなのだろう。なるほど、ならば付き合っても悪くは無い。


「早く終わらせましょう」


 そう言って再び歩き出すと、巨人はすぐに三匹ほど現れた。変わらず彼女を支援しながらも被弾ダメージを倍増させる呪詛を巨人にかけていく。それに合わせるように彼女は範囲攻撃『ブレードダンス』を使った。


 途端に彼女の頭上に、レベルアップの表示が出た。


 最初その表示は見間違えだと思った。いや、普通に考えれば見間違えなのだろう。しかしレベルアップに似たエフェクトはこの狩場には存在しない。ならば何か別のバグだろうかとも思った。


「レベル上がったので大丈夫です」


 だが彼女の言葉は、決して見間違えではないことを示していた。


「あの、さっきもレベル上がらなかった?」

「あがりましたね。なので今は72です」

「何であがるの? だって、効率そこまで良くないはずなんだけど」

「経験値ブーストあればこれくらいじゃないですか」


 ああ、なるほどと秀樹に納得が溢れる。確かに経験値を倍にするアイテムがあればその速度は可能だ。


 だが、それはそれでおかしいと気がつくのに時間はかからない。このゲームでは課金によって経験値を定数倍にするアイテムが存在するが大分値が張るのである。


「何倍のを買ったんですか?」

「50倍です」


 は? と思った。50倍にまで経験値効率を上げる場合、一時間で十万単位の課金が必要になる。現実的ではないのだが、それでも少女はまるで自慢する様子もふざけている様子も見られない。


「あの、効果時間は?」

「丁度使ったばかりなので55分くらい残ってますけど、大丈夫ですよ」


 衝撃は二度存在する。つまり十万単位のアイテムを彼女は何のためらいもなく無駄にしようとしていたのである。


「いや、続けよう。切れるまでは付き合うから」

「でも、悪いですよ」

「大丈夫、別に予定とかもないし、一時間くらいならね」


 そうは言いながらも、事実を知った秀樹は酷い緊張でマウスを汗で濡らした。彼女は、この『ロキ@ヨルムンガンド』は、初心者でありながら、昔の秀樹の一ヶ月分ほどの給料の課金をこの出会いの間に消耗していたのである。




 残りの一時間は酷く緊張したが、それでもやり終えると、ドロップ品も含めて全部ロキへと渡して秀樹は別れた。ロキが再び霧の洞窟へと向かったのを眺めると、どっと疲れが出たように秀樹はコーヒーを取りに行った。


 熱いコーヒーを片手にwikiを見て課金アイテムの値段を調べると、鎧だけでも5千円することが分かった。そして経験値を50倍にするアイテムは、一つ一時間で15万だ。二次関数的に増えるので低い倍率ならばもっと安いことを考えると、まさに金で時間を買ったようなものにも思える。


「たった二時間で、昔の給料越えるのか……」


 口にすると更に秀樹の虚しさが増すようだった。だがその虚しさもすぐに消えた。課金も他人事であり、また過去の、しかもゲームとは関係のない現実のことだからだろう。今と未来の自分に関係の無いものは中々残らないのである。


 一通り関心して課金アイテムの一覧を眺め終わると、元の作業に戻ることにした。戻るとすぐ画面の左側に点滅するアイコンがあることに秀樹は気がついた。見慣れない箱状のアイコンが最初何かわからなかったがまったく知らないわけではない。宅配があったということなのだと思い出した時は不思議な高揚感を覚えた。宅配など初心者の際にしたクエストの時以来だからである。だが誰かが送って来たのだという疑問の後に残るのは、一種の恐怖である。いったい誰が自分へと送ったというのだ。


 送り主に心当たりが幾らか無いわけではなかったが、案の定ロキからの贈り物だった。メッセージには『今日のお礼です』と書かれていた。もしや本人は粗品のつもりだったのかもしれない。


 だが粗品というものは、人によってばらつきがある。そしてプレゼントとは時に酷く残酷であることがある。


 秀樹はプレゼントを見待ちがえたのか、それとも送り間違えたのかとも思った。しかしそれは5つあった。一つなら間違えてということもあるのかもしれない。だが数値の入力と送り主の選択という二つの要素がある以上5回も間違えるとは思いにくい。だからこそ秀樹は喜んでいいのか悪いのか、素直に受け取るべきなのかが分からなかった。それほどに秀樹の手に余るものだった。


 それは『戦闘のルーン+10』だった。単純な+7の上位互換である。秀樹のこの数日の目標は消えていた。そして同時に一つ10万もする課金アイテムの数に秀人が恐怖を覚えないわけではなかった。

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