名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その三
『コールの手帳
15:00
日射しは輝いているのに何もかもに薄暗く感じる。
案内された部屋も新しく塵一つ見つからないが、日当たりの悪さが不気味さを与えているのだろう。
どうやら赤道付近の島でバカンスというわけにもいかないらしい。
この島の住人と、それにあの教祖の裏が気になる。
少女達の像も何かが決定的にずれているようにも思える』
手帳をしまうとコールは改めて案内された部屋をみる。ベッドが四つと幾らかの新しい雑誌が並んだ本棚があり、他には4つのベッド以外には何もない。クローゼットさえない部屋はホテルのような外泊の雰囲気も無い。他には立て付けの悪い扉と天井に留まる蝿がいるくらいだ。
全員が同じ部屋に泊まるということは最初から了承済みだった。女性であるマドンナと同じ部屋であったが皆気にする様子も無い。最初からこの部屋に泊まるつもりなどないからだ。この部屋も皆が寝静まったあとには無人となるだろう。
「他には何か持って来てないのか」
ヒデオが訊ねたのが何であるかコールは分からず黙っていた。
「おもちゃの事かしら。あれだけよ、正真正銘ね」
ああ、そうかとマドンナの言葉に納得し、自分も丸腰であることを思い出す。
「我々の素性についてばれていると思っていいだろう。あまり隠す意味は無いようにも思えるくらいに」
ロビンの言葉にコールは首を振る。
「どこまで我々のことを知っているか判別できないうちは様子を見たほうがいいだろう」
自分で思っているほど相手が情報を持っていないことはよくあることだ。だからこそ態々情報を与える理由は無い。しかし隠すことの難しさを知らないわけではない。情報戦という意味では間違いなくコール達は負けているようだ。
「さて可愛らしい教祖様が呼びに来るまではもう少し時間がありそうだ」
ベッドにヒデオが腰を下ろすと皆も緊張を崩したようだった。それぞれが少しの間だけ休むことを選んだようだ。
落ち着かないコールは、とりあえず部屋の隅にある本棚でも調べることにした。小さな本棚から真新しい雑誌を一つ取り開く。だが途端にコールは妙な違和感をその雑誌に抱いた。
開いたページには、幼い子供が映っている。紅い髪の少女はよく街で見るようなストリートファッションをしていた。だが背景は妙に明るい森林だった。隣のページにも海を背景にした同じ少女が移っている。文字一つ書かれていない。次のページも同じ少女が遺跡のような場所で流れる風に物思いに更けている姿だった。
その少女は確かに雑誌になるほどに綺麗だっただろう。だがポルノに対する規制が激しくなっている。このような雑誌がこうも出回るのだろうか。また文字一つ書かれていないのはおかしいのは不気味だ。表紙には同じ少女が移っており、たった一言英語で『フレイア』と書かれていた。北欧神話に関することは一通り調べたが、このようなモデルや雑誌の話は聴いたことがない。
不気味に思い、他の雑誌を手に取ると、その表紙には『バルトル』と書かれていて、別の少女が映っている。中身は同じような内容である。だが違いといえば少年的な姿と雰囲気をしているということだ。
「……何か、聴こえない?」
突然マドンナが呟いた。全員が動きを止めて耳をすませる。部屋には風や夏虫の音さえ消えてこないほどに音が無い。彼女の気のせいではないか。
いや、静かな部屋に微かに声がする。
少女の声……少女の声だ。
歌……歌だろうか。いや、詩を読んでいるようにも聴こえる。
静かになると、段々と少女の歌が聞き取れるようになる。それはあの不気味な少女とは別の、もっと綺麗な声だ。
少女の歌にコールはただ耳を傾ける。
『……大なるオーディンの……
……母……フリ……の……
古代より繁栄する……ガルズは
4つの生贄により 地上へと蘇る
いあ! いあ! オーディン!
いあ! いあ! フリッグ!
4人の生贄の魂は黄金を生み繁栄をもたらす
金色に立つのは四人の偉大なる神々
ミョルニルを両の手に持つトールと
白銀の剣を左の手に持つテュールと
偉大なる黄金の文明を歌うブラギと
混沌と邪悪で冒涜的な悪神の
偉大なる旧支配者達は生贄の魂を糧に
天に栄えし古代のアースガルズより
地上へと舞い降りるだろう!
いあ! いあ! トール!
いあ! いあ! テュール!
いあ! いあ! ブラギ!
いあ! いあ! いあ! いあ!』
「みなさま、お待たせ致しました」
途端に歌声は消え、静かな部屋にどんよりとした少女の声が響いた。
はっとしてコールは入り口の方を見ると、そこにはあの黒いローブを着た少女が歓迎するような不気味な笑顔で立っていた。
「どうされましたか。まるで狐につままれたような顔をして」
「いや……少女の歌が聴こえたので。貴方くらいの年齢の方はどれほどおられるのですか」
冷静にロビンはロキへと訊ねる。だがロキは首を横に振った。
「いえ。この島に子供はおりません。仮に私を子供と定義したとしてもですがね」
「ではさっきの歌声は……」
「この島になど歌う者はおりませんよ。それよりも日が沈む前に信者の集落に案内いたしましょう。皆様も話を聞きたいとは思いますから」
そういうと少女はカチャリと鍵を開けて出入り口の扉を開けた。
「どうかされましたか。お疲れでしたら休まれても良いのですが」
「いや……大丈夫です。いきましょう」
コールの一言で皆が動き出す。全員がこれ以上ロキへ歌声について訊ねようとはしなかった。
このうちの何人かが気がついたのかコールは知らない。他の三人もコールが気づいていたのかを知らないだろう。
この部屋の扉は立て付けが悪い。軽く開いただけでも音が響く筈だ。そしてロキは鍵を開けて大きな音を立てた。
ならば少女はどうやって部屋に入ったというのだろうか。




