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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
名状し難き冒涜的なアースガルズの神様
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名状し難き冒涜的なアースガルズの神様 その二

『ケイン=マルチネスの遺書


 何も知らないことが幸福だというのは、子供の頃の穢れの知らなさに似ている。

 しかし全てが遅い。何故私は、知るような選択を取ってしまったのか。全てが手遅れだ。もはや自分が救われる道は、何も知らない無へと戻るか、酒びたりになるしかないのだろう。

 世界は強大で禍々しく冒涜的な生物に溢れている。

 その恐ろしさに触れたとき、私達は自分達の存在がどれほどのものか理解してしまう。


 ああ、何故踏み入れてしまったのだというのだ!

 冒涜的な少女達を称える呪わしい穢れた歌が聴こえる!


 いあ! いあ! 


 ~ここからは意味不明な記号が並ぶ。ルーン文字のようにも見える~


 二度と毀れた純潔の聖杯は戻ることがない。二度と白く秩序的な世界に戻ることは出来ない!


 いあ! いあ! いあ! いあ! ……』



 

 この遺書を見たときの憤りをコール=ドゥは今でも思い出すことが出来る。それから暫くしてケイン=マルチネスはアルコール中毒に陥り、借金で酷い目にあっている。


 何故ケインがこうなったのかという調査を私立探偵のコールは引き受けた。それなりの追加報酬と悲痛な家族の表情を見たコールに他の選択肢は浮かばなかった。ありふれたアルコール中毒で精神科へ入院した者に警察は動いてくれなかったからだ。


 調査の結果、ケインはアルコール中毒になって戻って来る一ヶ月前にある少女に出会っていたことがわかった。東洋系の少女であること以外にはわからなかったが、しばらくしてあるカルト教団の教祖であることが判明した。北欧の失われた神々を信仰しているらしいということ意外には情報はないが、日々信者を増やしているということは確かだった。


 波を切るように飛ばす船の海風に吹かれながら、コールは先に待つ孤島のことを思う。船を操縦するのは、暗い顔をしたがっしりとした男である。昔はあの黒髪の少女が操縦していたらしいが教団の数が増えて以降この浅黒い男が運転をしているらしい。しかし男は乗り込む時にコールを睨みつけたきり口をきこうともせず、ただ黙っているばかりだった。


「しかしいいところですね。海も荒れていませんし、ただ青いばかりで」


 隣に立っているロビン=ヤンキーは言った。その名は当然ながらコールと同じ偽名である。本名はお互いに知らないのは、身を守る術の一つだった。


「バカンスを楽しむにはいいところだ。暮らすにはどうかはわからないがね」


 そう言ってコールは船の甲板にいる二人を見る。


 一人は東洋人のヒデオ=ノグチである。くぼんだ瞳は、なるほど研究者に見えないこともない。しかしコールと同業者である。


 もう一人は眼鏡をかけた地味なブロンド女だ。そばかすの目立つマドンナ=ブロフスキーはこう見えて積極性のある人物である。教団に向かうとき止めたのに強引に参加したのである。別の仕事でも一緒に行動したことはあるが、彼女の行動力には助けられることが多々あった。


 船は揺れながら進んでいく。すると、幾らかある無人島のうち、たった一つだけコンクリートの船着場がある島へと向かっていた。鬱蒼とした森林に囲まれた島だ。電気の一つ通っていないに違いない。


 船着場に下りると、その先には全身に黒いローブを着た小柄な若い男が立っていた。ローブの男は下ろされたスロープの横に立つと、お辞儀さえしないでコール達に語りかけた。


「みなさま。よくおいでになられました。我々の教祖様は、貴方達を受け入れました。ですが異教徒である貴方達を皆が歓迎しているわけではないことは了承していただきたい。さて、我らが教祖様は護身具を嫌われていることはご存知だと思います。お越しになった際には荷物チェックと検査をさせていただくことはご了承済みですね。ではこちらに」


 コールを先頭に荷物チェックが行われる。不思議なことに男は金属探知機を持っていた。しかも高度な機器で、教団の財力を示すには十分すぎるものだった。それからヒデオ、マドンナ、ロビンが続く。


 全員のチェックが終わると、男はコール達の案内をするために前に進んだ。船着場を離れてすぐ後ろでボートのエンジン音が聞こえた。退路が絶たれたということだろうか。これより明日の朝まで帰る手段はないのだろう。


 からりとした林を進んでいくと、突然前が開けた。そこはまるでキャンプ場のようにいくらものテントが張ってあった。その中には、どれも人の影がある。誰もが黒いローブを被り、ダビデの六芒星らしいものが見える。いや、ルーン文字らしい記号もテントには刻まれているようだ。更には、幾らかのテントの間からは真っ白な少女らしい石造が覗いていた。


 そこにいる彼らも不気味だ。くぼんだ瞳で、黒いローブの影からコール達を覗いているのが見える。何故宗教一つにしてもここまで人種が違うものなのか。彼らのような人種が集まるのか、この環境が彼らのようにしてしまうのかわからなかった。


 テント群をつっきってまた森に入る。それからしばらくすると、今度は大きな屋敷が見えた。不思議なほどに大きな屋敷は木製の洋館だった。こんな辺鄙な場所に立てられていたのである。どうやらゴールドラッシュ時に金持ちが道楽で作ったものらしい。しかし、それにしてはあまりにも真新しく見える。


 怪しさを頷かせるように扉の横に最新式のインターホンがあることがわかった。だが入ると、中は非常に広い空間だった。まるで昔にやったゾンビゲームの最初はこんな場所だった。そしてその真ん中に、黒いローブを肩までかけた少女が居た。


「教祖様。客人をお連れ致しました」


 30代をとうの昔に越したような男は少女に頭を下げる。その反応に満足したように少女は小さな手を男のほうに向けた。


「もう良い。下がれ」


 そういうと男は頭を下げて来た道を戻り始めた。扉が閉まった途端、更に薄暗さが増した。


 少女は10代になったばかりにも見える。なるほど、長くぼさぼさの黒髪で淀んだ黒い瞳をしている。東洋系の子供には違いない。


「ようこそおいでになられました。私様は神聖オーディン教の教祖、名をロキと申します」

「ロキ……皮肉にも聞こえますね。北欧神話ではロキがオーディンを信仰するということはありえないのでは」


 ジャブを入れるようにコールが訊ねる。しかしロキと名乗った少女は小馬鹿にするように口元をゆがめただけだった。


「オーディンとは義理の『姉妹』だった。ならば私様ほど相応しい人物はいないのですよ」


 この返答が用意されたものなのかまだ判別することはできない。十分に想定できる範囲の質問だからだ。用意できないような質問をするべきだとコールは思ったが、その前に少女が歩き出す。


「さて、教団の者達はどうもヴァルハラを求めるあまりに血の気が多いのですが、私様は教祖として貴方がたを歓迎します。しかし、いけませんな……我々は、寛大ですが、火薬とかそういうものは好きではないので」


 少女はそういうとマドンナの前に立った。そして手をあげて皆を制するようにすると、ゆっくりと彼女のスカートの中へと手を入れた。マドンナは動かなかった。それからロキはゆっくり手を引くと、その手には小型のデリンジャーが握られていた。そして続くゆっくりとした動作で彼女の手を持ち荷物を取り上げると、そこに入っている太目の万年筆を一本取った。


「ですので、これらは預からせていただきます。組み立て式でもダメですから……しかし、非金属製の拳銃って本当にあるんですね……」

「そうですか。金属の拳銃じゃなければいいと思っていましたわ」


 けろりとマドンナは言った。誰もがポーカーフェイスを保っていた。だが内心コールは酷く緊張していた。一度検査までしているのである。態々教祖の前に拳銃を運ぶことを許すわけもない。ならば、どうやってこの少女はデリンジャーだけではなく組み立て式の拳銃の存在まで知ることが出来たというのか。


「さて、これで皆様を案内することができます。神聖オーディン教は帰るまでの皆様の安全は保障したく思っております。ただし、私様が許可しました通りの範囲までですがね……何、やましいことは何一つないのですが、神聖な場所というものもありますから……」


 少女はテクリと歩くと、前に続く階段の左右にある石造の片方の横に立った。それは少女よりも小さな石造で、随分と古い格好をしていて手には槍がもたれている。しかしその瞳は細かく描かれておらずに暗くみえる。


「では、まず我々の神を紹介致しましょう。この島の至るところにあるとは思いますが……彼女こそが私様の義理の姉であり、我々の全てを知る全能の神、父なるオーディンの石造です。そしてもう片方にあるのは、母なる全能の神、フリッグの石造です」


 なるほどとコールは心で頷いた。確かにロキが『義理の姉妹』だと言った理由がここにあった。


 その石造は、どちらもロキくらいの少女だったのだ。

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