二次元の嫁暗殺計画 その三
「どどどどどどどどどど、どうすすうすす、どうすすすすすす、ああああああああ!」
落ち着かないように会議室をうろうろしながらフレイは慌てふためいている。彼女は勝利の剣が無ければスルトに成すすべなく殺される未来が待っている。誰よりも神々の黄昏を恐れているのはフレイなのかもしれない。
「どうしてこんなことになった? 悪神など、アースガルズの汚点であり生ゴミでありニヴル・ヘルの塵一つにも価値の劣る存在ではないか……それが、何故こうなったのだ?
左手で頭を掻きながらテュールは自分の考えを必死に整理しているようだった。だがどうしても悪神の失踪とラグナロクが結びつくビジョンは浮かばない。
「ともかく、母上にはフリッグ様が付き添っている。ヴァルキリーには誰にも面会させないようにとの通達を送っている。だが外に洩れるのも時間の問題だろう。今はバルトルが生放送のチャンネルを開設したことと、フレイアが引退するという噂を流して情報の矛先をずらしているが……」
冷静をトールは演じているが、頭がパンクしそうだった。まったくこのように仕切るような立場は得意ではない。ミョルニルを振り回す以外の解決法を考えたら頭が痛くなるのだ。
「けどぉ、どうしましょうかねぇ……やっぱりぃ、何か変わりになるものをぉですかねぇ?」
そう言いながらブラギはちらりと皆の顔色を伺っている。もしや脳裏には自分の詩以外に変わりになるものはないとでも思っているのかもしれない。
「無理だとは言わないが……しかし時間も無い。早急かつ可能性の高い作戦を取るべきだ」
軍事指揮でも取るようにテュールが言った。
「あれぇ、それってぇ、私の詩がぁ悪神にぃ劣るってことですかぁ?」
ニコリと微笑みながらブラギはテュールを見る。
「そ、そんなことは言っていない!」
責任を逃れようとするかのようにテュールは視線を逸らした。
「しししし、しかし、どどどど、どうす、どうするんだ、他に他に他に他に……」
フレイは脚を止める様子は無い。まるで脚を止めたら叫んでしまうようだった。
それから少しだけ沈黙が流れた。誰もが案を考えているに違いない。だが、誰も浮かばない。たった一つの案を除けば……
「……悪神を、アースガルズに戻す……他にはないのではないか」
トールの言葉に、また沈黙が続く。もしかしたら誰もが『冗談ではない』と叫びたかったのかもしれない。しかし、誰からも声は続かない。
「……くそ、最悪だ……最悪にも程度がある……悪神を、戻すだと……くそ、くそ……」
苦虫を噛みつぶしたような表情をテュールは浮かべた。他の神々もそれぞれの暗い表情を浮かべている。
「しかし、他に方法もあるまい……それとも悪神を追い出すのは、ラグナロクよりマシなことなのか」
また沈黙が続いた。皆ラグナロクは怖いから反対するつもりもないのだろう。だがロキが戻ることは、やっぱり誰もが嫌なのである。
「わかった。ともかくロキの場所を調べたら俺が行こう。ただ一応もう一人、ブラギを連れて行く。他の者達はともかく情報収集と騒ぎを広げないように徹するのだ。よし、皆の者よ……ロキのやつを、必ずやアースガルズに取り戻すぞ」
………………
…………おー
…………おー
………………
…………ちっ
まばらでばらばらな掛け声と、誰かの舌打ちにトールは気が重くなった。もしもラグナロクの可能性さえなければ、こんな仕事は絶対しないのだろうと。




