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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
アリス イン ザ ピッチ ダークネス
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アリス イン ザ ピッチ ダークネス その三

 悪夢にも種類があることをアリスは知っていた。怪物のような得体の知れないようなものに襲われるような悪夢や、良く分からない場所を歩き続けるような悪夢。自分が悪魔になり石を投げつけられるような悪夢も小さな頃見たことがある。


 だがアリスが一番怖い悪夢は、現実の悪夢に他ならない。


 夢の中で小さな少女であるアリスは、ピンク色のダンス用レオタードを着て踊る。脚をあげたり跳ねたりする。くるりと回って、ポーズを決める。


『うまい、うまいぞ、アリス。やはり才能があるよ。将来には世界を羽ばたくダンサーだ』


 朧な声がアリスの耳に響く。アリスは、その声に喜び微笑んで、踊る。


 アリスの父親はそれから暫くして交通事故で死亡した。だから幼いアリスは父親の言葉を思い踊った。愛する父親が言ったのだ。必ず世界を羽ばたくダンサーになれるのだと。


 物心ついた時には、既にその幻想は消えていた。世間はそんなに甘くない。同じような努力と目標を持った者は五万といる。その中のひと握りばかりが本当に世界を羽ばたく。他は飛ぶ前に落ちていくだ。


 自分に才能がないことをアリスは知らないわけではない。それでも続けられたのは父親の一言のせいだった。何度落ちても苦しくても彼女は続けなければならなかった。何故なら世界に羽ばたくダンサーにならなければならなかったからだ。


 時間は飛ぶ。混ざる。舞台の上でピンクのレオタードを着て、アリスは踊る。くるくると回る。会場には誰の姿もない。だがアリスは、ただ踊るのである。


 くすっ、という少女の声を聴いてアリスは止まる。


 気がつけば舞台の向こうから無数の笑い声が聞こえる。ゲラゲラと、くすくす、ふふふと、下品で、しかしみっともない彼女を馬鹿にする笑いが。


 アリスは頭を抱えて逃げようとするが、動かない。彼らは、未だに世界を羽ばたくダンサーになる夢を持ったアリスを容赦なく笑う。弱さに耐え切れず、クリスタルに手を出して、ただ歪な壊れた人形のような踊りを見せる彼女を、笑うのだ……




「あああああああああああああああ!」


 夢うつつに彼女は叫び狂う。絶対に今の自分にはクリスタルがいることが彼女にはわかっている。ばたばたと脚を暴れさせて、とにかく手と足を自由にして、クリスタルを手に入れて、ストーカーをどうにしかして……


「おい! 暴れるな! 早くしろ、悪神! さっさと呪いを解け!」


 しかし脳筋少女が残酷にもアリスを押さえつける。今ほど人を殺したいと思ったことがあるのだろうか。もしも拳銃があれば間違いなくこの茶髪の少女に打ち込んでいることだろう。


「待て待て……まず火をつけて……垂らす!」


 アリスの腕に暖かい感触がしたような気がした。構いなく暴れると、その暖かさはもっと広がっていく。


「おい! 効いてないぞ! どういうことだ、説明しろ!」

「説明の必要なんてねえだろうが! 少しは考えろ! 頭からっぽの脳筋が! 効かなかったんだよ! 他にあるか!」

「な……とにかく、他の方法を試せ! まだあるんだろうが!」

「他にはねえよ! 即効性があるのはなあ、これくらいだ!」

「な……! ど、どうするのだ、悪神! 責任を取れ!」

「とにかく押さえつけろ!」


 悪神と呼ばれる少女はアリスの脚を押さえつけた。しばらくアリスは暴れようとしたが、どうしても脚が動かない。


 突然電池が切れたようにアリスの四肢は動かなくなった。同時に思考もぴったりと止まってしまう。


「……どうやら収まったようだな」


 脳筋少女は離れる。


「ともかく、次の方法を考えるのだ」


 悪神も続く。

 アリスはもう動かない。

 そのまま、止まる。




「どうするつもりだ? 一時いっときでも早く巨人の情報を引き出さなければ……他に、呪いを解く方法はないのか?」


 焦るようにトールは部屋の中をいったり来たりしていた。彼女が落ち着かないのも無理はないのだろう。ラグナロクを恐れないアースガルズの神など居ない。その可能性の手がかりになる巨人には魔法か呪いがかかっていて情報が引き出せない。その呪いが解けないということが致命的な結果を招く可能性がある。


「落ち着け……ラグナロクは、必ず防がねばならん……まだ私様は死ねぬのだ……VRはまだ発売していないのだぞ……いや、まだ最後まで見ていない漫画がどれだけあるというのだ……」


 同じようにロキもテーブルの上で唸る。この悪神もラグナロクは怖い。許されるならムスペル・ヘイムへと逃げ込んでスルトの脚にすがって命乞いをしたいほどだった。


「くそ……駄目だ! 駄目だ! もう駄目だ! ともかくもはや打つ手は無い! こうなれば先手必勝だ! 手始めにあの女を我がミョルニルで粉砕して星にしてやる! それから、他の巨人も残らず屠ってやる! そうだ……それが一番いいのだ……フフフ、フハハハ!」

「落ち着け。それでは情報を引き出せない。逆に事態を悪化させると考えることも出来んのか。胸の栄養も頭の栄養も全部筋肉にいってるのか、お前は」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。そうだ……お前は、巨人のスパイなのだな! だから、俺を止めようとして……フフフ、そうか……ならば、フフフフフフフフ!」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいい! ままままままままままててててて待て待て待て! わわわわわわわ私様の話を聞け! 呪いを解く方法は他にもあるのだ!」


 椅子から転げ落ちたロキは、腰をつけたままミョルニルを構えるトールから後ずさった。


「方法があるのにいわないのは……やはり、お前はスパイだな、フフフフフフ!」

「おおおおおおおちつつつつつつけけけけけけけけ! ただ、時間が掛かるから! そうだ、時間が掛かるから除外していただけだ! まず話を聞くのだ!」

「いいだろう、フフフフフフフフフ!」


 くるくると目を回しながらトールは頭をくらくらさせていた。既にラグナロクを防ぐ方法を考えることは出来ないだろう。今のトールの脳内はキャパシティをオーバーフローしているようだ。


「いいか。魔法や呪いを強引に解く方法というのは昔から二種類ある。一つは何か物理的なきっかけを与える。今回の蝋燭や解除の魔法とか、そういうのだ。もう一つは、掛けられた本人が自力で打ち勝つというのだ」

「わーからなーいなー。つまり、ぶちまければフフフフフフフ!」

「簡単だ! 簡単なのだ! あの女を完全にアースガルズ側へと引き込めばいいのだ! そして情報を言っても良いと強く思えるほどに念じさせるのだ! ならば解けないことはない! 確かに可能性はゼロに近い! だが、ゼロではないのだ!」

「あーなるほどー俺達側に引き込めばいってフフフフフフフ!」

「そういうことだ……後な……死に晒せっ!」


 突然ロキは脛辺りにつけていたデリンジャーを取り出すとトールに向けて二発打ち込んだ。それなりに大きく乾いた音がした。しかし何か起こるわけでもない。銃弾はアースガルズの神々には当たらないようになっているからだ。


 ズドンという音がロキのすぐ前で聞こえた。もしも正気であるならロキは粉々に粉砕されていたのかもしれない。だがロキから50センチは離れたところにミョルニルは振り下ろされていた。


「ふう……危なかったな。しかし、貴様も大胆なことをするものだ。だがおかげで正気に……ん?」


 口を半分あけてロキは既に気絶していた。床につけたジーンズは彼女の失禁により段々と黒く濡れていった。

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