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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
アリス イン ザ ピッチ ダークネス
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アリス イン ザ ピッチ ダークネス その二

 気がついたときアリスは窓が一つしかない部屋にいた。まるで独房のようにコンクリートで囲まれ、あるのはベッドだけだった。他には出入り口付近にはトイレがついている。水道からは鉄錆色の水が流れるばかりだ。


 ここまで冷静に状況を分析ができたのは、どれだけかぐっすりと眠ったからだろう。催眠ガスだろうかとアリスは考えた。いずれにしてもこれだけ眠ったのは久方ぶりであるようにも思えた。


 最後の記憶はあの少女である。あの不気味な二人のストーカーがアリスをここへと監禁したのは確かだろう。何をしようというのか。


 考えは混濁し、不安になり、叫びになって形を作る。辺りには沢山監視カメラが仕掛けられているはずだ。よく見れば体には何か傷のような痕が腕に残っている。これは電磁波をアリスの体の中に送り込み自由に動かす装置が埋め込まれたに違いない。怖くなってアリスはその傷をかきむしる。しかし深く埋め込まれているせいか、出るのは血液ばかりである。


「起きたのか……って、何をしている!」


 出入り口からは、あの茶髪の少女が入って来て、アリスを押さえつけた。どうやら電磁波受信装置が埋め込まれたのは確実なのだとアリスは確信した。叫びをあげて必死に離れようとするが動けない。少女とは思えないほどの力である。


「暴れるな! くそ……どうやらビンゴだったのかもしれぬ。こいつは、やはり……!」


 まるでアリスが何か重要人物であるように少女が呟くのが聴こえた。どうやら少女はアリスがアリスだと確信しないまま拉致したようだった。確信した今、降りかかる恐怖に怯えてアリスは精一杯の叫びをあげた。


「騒がしいな。って、こいつ腕から血が出ているではないか」


 後から入ったのは、コミック本を持った黒髪の少女である。アリスを殺しに来たに違いないと必死に暴れる。それも長くはもたない。体はダンスを踊れなくなるなったほどにもうくたくたなのである。


 クリスタル……クリスタル……!


 恐怖と疲労と痛みに思うのは、クリスタルが欲しいということだった。唯一彼女をストーカーの監視や電磁波や少女の腕力や全ての苦しみから解放させてくれる薬。そして彼女をもっとも苦しめる最強の毒物。


「手首を掻き毟って自決しようとしていやがった。どうやら俺達が何者か気がついたようだ。紛れもない、こいつは巨人に関係のあるものだ」

「ん……ゼロではないか。私様には単なる薬中にしか見えないが、逆に言えばそう思わせて自決させることもある……確かに、私様でも死んだ巨人をミズガルズに忍ばせるには同じことをするだろう」

「それに薬中なんてそうそういるものではない。仮に巨人がミズガルズで企んでいるのならば、薬中よりも多くいるはずだ」

「ともかく、こいつを調べればいいんだな、とりあえず軽く尋問でもしてみるか」


 くったりとして息を荒げているアリスに黒髪の少女の前にしゃがみこむと、アリスに向けて話しかけた。


「さて巨人よ。お前は、いつからこの国にいる?」


 『巨人』という単語の意味が分からずにアリスはただ恐怖する。少女の言っている巨人とは北欧神話の巨人やジャックと豆の木の巨人のことを言っているわけではないのだろう。そうなれば、何かもっと別の者だとアリスを認識しているに違いない。


「黙っていても仕方ないぞ。お前らの企みは姉が既にお見通しだからな。よく情報は売れたか? メディアや出版社にもお前の仲間がいるのだろ?」


 何を言っているか、アリスはやっと理解した。


 この少女は麻薬組織の殺し屋に違いない。きっとクリスタルの売人が捕まって、その嫌疑が『巨人』と呼ばれる人物の仕業だった。その『巨人』がアリスだと勘違いしているのだ。


「私は、『巨人』じゃない……『巨人』じゃない!」

「巨人じゃないのに否定するのか? 何故そのような否定をするのだ? 普通ならば、そのような返答はしないのではないか? ならば、お前は『巨人』を知っている。だから『巨人じゃない』と答えた。そうではないのか」

「私は『巨人』じゃない! 何もしていないしお前達を売ったりもしていない! 情報も売ってない! 全部ストーカーなんだ!」

「ならば誓えるのか? お前が『巨人』ではないと。仮に『巨人』ならば、お前の胸から上を私に差し出すと」

「誓いって何! 何よ!!! 知らない! 電磁波ストーカーよ! あああああああああああああああああああああ!!!!」


 またアリスは全身を使って暴れようとしたが、それも長くは続かない。茶髪の少女がしっかり押し付けているからである。既にアリスに出来ることは、自らの潔白をストーカーであり組織の殺し屋である少女達に訴えるばかりだった。


「悪神よ。どうするのだ? 埒が明かぬぞ」

「落ち着け、脳筋幼女。ともかく落ち着くまでベッドに縛り付けるぞ」

「しかし巨人ならば、このようなベッド、容易く壊してしまうのではないか」

「ならば好都合だ。それは巨人の証明なのだから」

「一理無いわけではないか。ならば従おうではないか」


 凄まじい力で軽々持ち上げられたアリスは、『脳筋少女』と呼ばれた少女にベッドへと放り投げられると、その両手をベッドへと縛り付けられた。




 巨人族の関係者らしい人物を見つけた状況。ここで一番困り果てていたのはロキに他ならないだろう。ミズガルズにまで赴いたのは単なる保険のようなものに過ぎない。だから一ヵ月後の預言までここで適当な巨人っぽい人物を捕まえて尋問でもしていればいい。大体そういうのは普通の人間なのである。


 しかし同時にロキは捕まえた少女が本当に巨人族の関係者ではないかという疑念に駆られていた。なるほど、確かにゼロでなければありえる話だ。そして本当に巨人であるとするなら、先に待つのは本物の神々の黄昏……ラグナロクである。


「ともかく……確定させなければなるまい。まずはそれからだ。あの女が本当に巨人族の関係者であるかをな……」

「だが、どうする? あれじゃ尋問どころじゃない。まるで暴れて叫んで、それからぐったりとするばかりだ……しかし、ここは埃っぽいな。まったく、食も進みはしない」


 トールは紙に包まれたフィッシュ&チップスを口に運んだ。不満そうな顔をしているのはこれが肉ではないからだろう。買出しに行ったロキに文句を垂れないのは、単純に贅沢を口にする時ではないからだろう。


「仮にあいつが薬中でないと仮定しよう。ならば、何故あのような暴れ方をするのか。脳筋少女には分かるまい」

「貴様には分かるというのか」

「魔法か呪いが第一の可能性だ。その二が薬物。一部では科学技術の発展により人を思い通りに動かすのも可能だと聴く。後は演技である。そのいずれかだといえようが、二番目と最後は考える必要は無い。薬物ならば時間が経てば抜けるだろう。演技ならば、あまりにも下手だ。すぐにぼろが出るのだろう」

「つまり、魔法か呪いがかけられているのだな。しかし、だとすればまず解く方法が必要になるのだが」

「フレイアに掛けられた魔法は蝋燭により解かれたという。だから既に用意してあるぞ」


 壁際に置かれた数々の食品や衣服などの物資に紛れて置かれた黒い袋を指差してロキは言った。


「準備がいいではないか」

「ハンマーを振り回すだけの脳筋とは違うのだ。今の時代の知識も無いわけではない。あの中には低温蝋燭というものが入っている。普通の蝋燭よりも低い温度で早く解け火傷も負いにくい。貴様なら普通の蝋燭を買ったのだろうな」

「俺ならともかくハンマー振り下ろしてやるがね……っと、また暴れだしたようだな」


 隣の部屋からは酷く不安定な悲鳴と、ガタガタという床を鳴らす音が聞こえた。もしもここが廃墟の地下室でなければ既に警察がロキ達のいる場所に押し入っていることだろう。


「ならば使おうではないか、この蝋燭を」


 ロキは黒い袋から彼女の腕よりも大きな蝋燭を取り出すと、ライターと共に部屋の出口へと向かった。

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