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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
呪術少女トール メギン
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呪術少女トール メギン その五

 古めかしく硬いパンを食べ終わったロキは、ひらひらとし服のブラギについて行くしかなかった。堂々とこのような姿で歩くブラギに一切の迷いが無い。いや、それ以前にブラギがロキを助けている時点でもはや生きている心地はしなかった。しかし……既にロキは蛇に睨まれた蛙のようなものだった。数ヶ月もの間放置した結果、放置していた蛇の卵がミズガルズを覆うほどの大蛇になったことを既にロキは気がついていたのである。




 アースガルズの町並みを歩くと、辺りは妙な空気が流れていた。町並みはまったく変わらない……だが、景色は異常なほどに明るくなっていた。




「やばいではないか……何故私様に対して白い眼が向けられないのだ……ってか、手を振ってるやつまでいるとは……この明るさはまるで1000年以上前の黄金期のようではないか……ってか、明るすぎて逆に不気味だろ……やべえ……やべえだろ……」


「あれぇ、悪神さん、どうされましたかぁ? お困りのことがあったらぁ、何でも言ってくださいねぇ?」


「マジでやめろ……とにかく、オーディンのところに行くのだ……もうこれはやばい……マジでやばい……」



 

 ヴァルハラの宮殿は変わらず黄金に輝いている。その輝きは変わらないが……何という事だ! ヴァルハラの巨大な門の警備兵がロキに満面の笑みを浮かべているではないか!


「巨人さんだ! 巨人さん★ ようこそヴァルハラに!」


「黙れ門番ごときが! 私様はアースガルズの神なのだ! ってか、マジで私様を巨人って言うのやめろ! いや、本当に笑顔で言うのやめろ!」


 ロキの罵倒に嫌悪感一つ示さず、門番のヴァルキリーはヴァルハラの門へ手を差し出して叫んだ。


「さあ、こちらに! きっと皆さん、巨人さんが来たと知ったら大喜びされるでしょう! 気分るんるんって感じですね!」


「うぜえ……ってか、マジかよ……こいつら杖も何も持ってねえぞ……マジでやばいって……」




 王座の間の光は変わらなかった。やはりオーディンが堂々と座り、玉座の下には右手をポケットに突っ込んだテュールが立っている。

 この玉座に脚を踏み入れる前にロキは酷く疲れていた。多くのヴァルキリーが辺りで雑多に掃除をしていたり、くるくると回り変な笑いをあげていたり、一部はブリッジをしながら辺りを動き回っている者までいたのである。180度首を曲げて笑顔を向ける者までいたのである。こうなると玉座の間でさえも光景は想像がつく。



「悪神よ! よく来たな! ヴァルハラはアースガルズに怨恨を持つお前を歓迎しよう★」



 何という事だ!

 テュールの一言は完全に止めを刺したのではないか!



「笑顔がマジで怖いではないか……こいつらの満面の笑みとか、巨人の呪いとか、そういうレベルじゃないだろ……」



「我が『義理』の妹よ、よく参った。ヴァルハラはお前を歓迎しよう」



 玉座のオーディンは足を組み頬杖しながらロキを見下ろしていた。その姿を見て、ロキは一瞬で事態を把握した。



「我が姉上様よ。貴様、やはり呪いにかかっていないのだろう。町並みを見た時点で察してはいたが……貴様に呪いがかかっていたらアースガルズに変化が現れるはずだが、私様が引きこもっている間に変化に気がつかなかったくらいだったからな……ってか、こんなにヤバイ状況なのにどうして何もメンタルが変わらないのだ」


「愚問ではないか。我が『義理』の妹よ。この状況に何の問題がある?」


「テュールとブラギがこの有様ではないか。それ以前に今巨人が攻めて来たら無抵抗に崩壊するしかあるまい」


「既に予言はされているのだ。この呪いによりラグナロクは近づかぬ……いや、呪いが覆っている間は決して起こらないのだろうと予言されておるのだ」


「な……し、しかし、巨人の呪いがアースガルズを支配しているのを最高神である貴様が放置するつもりなのか!」


「良いではないか。ラグナロクは遠のき、我が『義理』の妹は受け入れられるのだ。ならば問題は無かろう」


「だが権威とかプライドが姉上にもある筈だろ」


「ラグナロクからアースガルズを守護するが為にプライドなど無用だ。それこそが最高神としての責務であろう」



 堂々としたオーディンの姿は……おお、何と神々しいことか!

 まさにその姿は一つの目標を達する為に全てを切り捨てる、偉大なる最高神の姿ではないか!

 しかし、その一言でロキは理解した。



「……姉上よ。貴様の狙いは察したぞ……貴様はアースガルズなどどうでもいいのだ……しかし思い通りになると思わぬ方がいい。私様は、既に狙いが分かったのだから……絶対に泣かせてやる……」


「我が『義理』の妹よ。ならばこのオーディンの策略に抗うが良い」



 オーディンの瞳は、既に勝利を確信しているようだった。自分の考えが確信に変わるとますますロキの苛立ちは増した。




「そんなぁ難しい会話とかぁいいですからぁ。悪神さん、一緒にぃ詩を読みませんかぁ?」



 おお! 何と無謀な!

 二人の神が睨みあっている最中に魔法少女姿のブラギがロキへと抱きついたではないか!



「な、ちょ、離れるのだ! 気持ち悪いではないか!」


「おい、ブラギよ。悪神は私と剣の稽古をするのだ。詩はその後にしろ」



 更にテュールまでがロキに抱きついたではないか! 

 おお……何とおぞましい……

 まさにそれはラグナロクじみた光景であろう……偉大なるアースガルズの神々が悪神に抱きつくとは!



「お、おい! 私様はもう買出しをして帰るのだ! 勝手に貴様らは一人で訓練でもややっているがいい! って、オーディン、足が震えているではないか」



 絶望的な光景は続く。まるで呪われたアースガルズを象徴するように、オーディンの組んだ足の先が震えているではないか!



「我が『義理』の妹よ。森へ帰るが良い。アースガルズはお前を受け入れておる。食料は後ほどヴァルキリーに運ばせよう。一部のヴァルキリーやエインヘリアルは自我を保っておるのだから」


「……何故帰らそうとしているのだ。私様が詩を書き訓練をするのが姉上に何か問題が……」


「まずは我が娘達よ。ロキより離れよ。それぞれ役割を果すのだ。アースガガルズには救わねばならぬ魂がまだ多くいるのだろう」


「ふん……なるほど。私様とこいつらが仲良くしているのが気に入らないのだろう。ならば、私様がこいつらと仲良くすれば姉上はどうするのだろうな」



 千年もの間、これほど恐ろしい状況が存在したことはあるのだろうか?

 ヴァルハラの玉座に腰をかけたオーディンが、悪神たるロキに弱みを見破られたのである。狡猾なるロキがオーディンの心を乱せば、アースガルズには暗い暗雲が立ち込め、ミズガルズでは世界的な恐慌が起こることだろう。もはや世界の命運は、最高神の知略に託されていた。



「ならば我が『義理』の妹よ。我が娘達と共に行くがよい。そうして……仲良く詩を書き……剣の訓練をするがよい……しかし、それは……本当の娘達ではなく……だったら、義理の姉とするべきであろう……詩も剣も我が娘達よりもうまいし……」



 しかし段々とオーディンの声が小さくなっているではないか! 更に小さな足が酷く震えているではないか! 今頃ミズガルズの海はこの揺れの影響でミズガルズの大蛇が暴れるよりも大きな波が立っていることだろう。



「何だ??? どうしたのだ??? 姉上様??? もっとはっきり言うべきではないのか??? あーどうしよーたまには下らねえ厨ニみないた詩を考えるのもよいのだろうなーそれにネトゲみたいに剣を振るうのもいいであろうなー」



 更に追い討ちをかけるようにロキが煽ったではないか! まるで弾むような声は勝利を確信した瞬間のそれであった。



「ならぁ、私と一緒に詩を書きましょうかぁねぇ!」


「共に訓練をしてくれるのか! 悪神、共に汗を流そう!」


「え? いや……私様は……ってか、マジで気持ち悪いではないか……お前ら、絶対カースド★ロッドだろ……キャラ崩壊しすぎだろ……」



 しかし……おお、二人の神々に抱きつかれたロキの声も小さくなっていったではないか!



「そんなことないですよぉね、いつでもカースド★ロッ……マジカル★ブラギちゃんはぁ巨人さんにはぁやさしんですよぉ」


「そんなことはないそんなことはないないないないないないカースド★ロッドはいつもこの調子だ」


「まあどちらでも良いのだ……良いのだが……ってか、何で私様はこんな奴らと遊ばなくてはならないのだ! 勝手に詩でも書いているがいい! そもそも剣など銃の時代に訓練したところでVRゲームくらいにしか役に立たないであろう! ファァァァァァァァ〇ク! 何故私様がこいつらと仲良くしなければならないのだ!」



 耐え切れなくなったのであろう。ついにロキは二人の神々を振り払うと走って玉座の間よりも出て行った。

 それと共に……おお、オーディンの震えも消えたではないか。



「あー悪神さんがぁいっちゃいましたねぇ」


「仕方が無い。ブラギよ。それよりも聞こえるのだろう。私達を呼ぶ声が」


「そーですねぇ。そろそろ助けにぃいってあげますかぁ」


「アース神族に死の鉄槌を! オーディンにフェンリルを! ではオーディン様、行って参ります」



 こう一言テュールはオーディンに告げると、ブラギと共に玉座の間を後にした。




 沢山のヴァルキリー達の声援を背に、ロキは森に逃げた。既にロキを追う姿は無い。だがこの瞬間も呪いは強大になるのだろう。



「くそ、だからアースガルズの神は嫌いなのだ……オーディンの考えていることなど見えているのだ……しかし……」



 近くの木にもたれながらロキは考えた。

 嫌なほどオーディンの考えがロキには検討がついていた。オーディンの策に抗う方法は幾らでもあった。だが抗うのは難しい。きっとオーディンは計算にいれていたのだろう。さっきの攻防こそが最後のチャンスであったのだとロキには分かっていたのである。

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