呪術少女トール メギン その二
「ちょ、おま……何故脳筋幼女がここにいるのだ! ってか何故それを身に着けているのだ! それは私様のものではないか! そのようなもの、貴様の好みではないはずではないだろ! 早く脱ぐのだ!」
混乱しながらもロキは事態を把握しようとしていた。ともかく呪われた衣装を剥がさなければならないだろう。しかし、トールは首を傾けた。その瞳はどこかハイライトが消えているようにも見える。
「悪神よ、何故マジカル★呪術★モードを脱がなくてはならないのだ。カースド★ロッドは俺を呼んだんだ。大体カースド★ロッドはお前の者じゃないだろ。しかし珍しいな、貴様が他人をそこまで欲するなど」
「おい! 会話がおかしいぞ! 完全に呪われているではないか! 大体カースドロッドって貴様も呪われているのだと理解してるのだろ!」
「悪神よ、何を言っているのだ? カースド★ロッドはただ名がそうであるというだけではないか。カースドというだけで呪われていると思うのは軽率ではないのか」
何ということだ!
完全にトールは正気を失っているではないか!
ロキはトールの思考が完璧に支配されているのだと確信した。脳の全てが敵を粉砕することばかりの脳筋幼女が理屈を述べたからである。
「マジか……確かに説明書には巨人族の呪いがかかっているからアース神族は絶対に使わないようにと書かれていたが……くそ! これでは態々ムスペル・ヘイムの小人に作らせた意味がないではないか! ってか逆効果だろ!」
「何言っているんだ? それより悪神よ、早く行くぞ」
「い、行くって、どこに行くのだ?」
「決まっているだろ。さっきから俺を呼ぶ声がしているだろ? さっさと助けに行くぞ」
「何も聴こえないではないか! おい! やばいだろ! それよりも解除方法をだな」
「そんな暇があると思ってるのか。貴様、マジカルトールちゃんが困っている声を無視できるわけがないだろ」
「何がマジカルトールちゃんだ! さっさと正気に戻れ! ってか早く脱げ……ひいいいいいいいいい!」
突然ロキの前を巨大な槌が振り下ろされた。同時に床に置かれていた漫画は粉々に粉砕され……床さえ吹き飛んだではないか!
あまりの恐怖にロキは麦茶を服にぶちまけた。そしてカキ氷で補給した水分でジーンズを黒く濡らした。
「貴様……困っている声を無視しろというのは、カースド★ロッドを侮辱するようなものだ。俺を侮辱することは俺が許さん」
「お、おい! ききききききききさささささささままままままま! な、ななななななな……ってか、お前脳筋幼女じゃないだろ! カースドロッドだろ!」
「悪神の言っていることはわからないが……とにかく。早く行くぞ」
振り下ろしたミョルニルをいつも通り背中に背負い込むとトールは先を急ぐように歩き出した。
制限速度を何百もオーバーしているバイク。それを運転するトールに張り付きながらロキは酷く狼狽していた。呪いのアイテムを所持していることはともかく、呪いにトールを巻き込んだのだとアースガルズの神々に知られれば神々がロキに何を要求するのか想像もつかなかった。こうなれば早く呪いを解くしかない。しかし呪いを解く魔法などロキが使えるわけもない。
そんなことを考えているうちにヒラヒラでピンク色の魔法少女の恰好をしたトールのバイクはアースガルズに相応しくないほどの暗い場所へと到着した。鬱蒼とした暗い雲と何か寒気のするような感覚は、ここがヨトゥン・ヘイム近郊だという証拠だろう。
「お、おい、脳筋幼女よ……ここに何があるというのだ?」
「何を言っているのだ。聴こえだろ。俺達を呼ぶ声が。近づくにつれて叫び声と泣き声が大きくなっているではないか」
「聴こえんだろ! そんなもの! いや、マジで! こ、こうなれば巨人に今の脳筋幼女を屠らせて……」
「あそこだ!」
隠蔽を企むロキの思考を潰すようにトールが指差した先には……何という事だ! 不気味な草木が生えた草むらの先に一本の錆びた剣が刺さっているではないか! そして地面は不自然に盛り上がっているのではないか!
「ちょ……おい! あれはやばいだろ! 何故私様の家からこんな場所に呼ぶ声がしたのだ!」
「行くぞ!」
ロキを無視してトールはその剣のところにと歩いていった。その後をロキも追いかける。
『うう……助けて……助けて……』
すると……何ということだ! ロキにでさえはっきりと呪わしい声が聴こえるではないか!
「お、おい! やばいだろ! ミズガルズの人間の女の声ような……巨人の声ではないか!」
「貴様か。このマジカルトールちゃんを呼んだのは」
『うう……助けて……助けて……助けて……マジカルトールちゃん……』
「おい、脳筋幼女。絶対こいつ確信犯ではないか。何かに利用されることが目に見えているぞ」
「悪神よ、何を言っている。まずは何で困っているのか話を聞くのが道理ではないか」
「貴様が私様に道理を説くとは、完全に呪われているだろ……もういい、幽霊よ、さっさと話すが良い」
『助けて……助けて、選ばれた魔法少女、マジカルトールちゃん……』
「おい! 巨人の幽霊! 私様を無視するな! 脳筋幼女よりは明らかに話がわかるだろ! こいつの脳には力しかないのだぞ!」
「どうした? このカースド★ロッ……俺、マジカルトールちゃんに言って見ろ」
「やっぱり貴様、カースドロッドだろ!」
ロキの言葉を無視して墓標の声は語りだした。
『お聞きください。数千年前、巨人族が一番衰退していた頃、私はここで一人のヴァルキリーと一騎打ちをしたのです……些細な力比べでした。そこで首を跳ねられた私は、そのヴァルキリーに剣の腕を讃えられ、ここに弔われたのです。あの対決は、生涯を終えるのに相応しい戦いでした』
「ならば別に私様達を呼ぶ意味は無いのではないか。さっさと墓に戻るがいい」
『しかし、それから何百年と経った頃、偶然通りかかったアース族の神が私の墓を見つけました。それから私は幾らか彼女と話しました。そのときに彼女は言ったのです。何故こんな墓石に閉じこもっているのか、何故死者の国に行かないのか、と。どうやら私の死後に出来た国らしいのですが、行くにも墓がある以上そこに私は縛られているので離れることもできません。そこで私はその神に申し出たのです。どうかこの剣を抜き墓を壊し、私の魂を開放してください、と』
「しかし、墓石が残っているのではないか。さっさと私様は……」
『しかし、私が頼むとアースの神は私を鼻で笑いました。そして背中を見せると、馬鹿にするように私の墓を見下ろしながら言ったのです。このオーディン、この墓の由来を知らぬわけではない。貴様は自らの欲求の為に誉れ高い墓石を踏み潰そうとしたのだ。そんな下賎な巨人は永久に穴倉にいるがよい、と……それで私は、酷くアース神族を呪いました……ラグナロクを迎えてしまえ、というように……』
「おい、脳筋幼女。完全にオーディンのせいではないか。思いきりオーディンの自業自得だろ、これ」
「つまり、幽霊よ……マジカルトールちゃんは、貴様を解放すればいいのだな?」
『お願いします! 早くこの禍々しい墓標から開放されて死者の国に行きたいのです!』
「いいだろう……マジカル★マジカル★メギンギョルズ! 呪われた死者の魂よ、新たな地獄に落ちていけぇ★」
いきなりトールは背中からミョルニルを取り出すと、一撃を刺さった古びた剣へと叩き込んだ。はっきりとロキはその剣に刻まれたルーン……魂を永遠と縛りつけ、永劫の苦しみを与える拘束の呪文を見た。何という事だ! 最初からヴァルキリーでさえ彼女の魂を永久に苦しめる気だったのではないか!
叩き折られた剣が草むらのどこかに消えると、墓石から何千年も積み重ねた怨念が沸き上がるように黒いもやがゆっくりと立ち込めた。そして中からは首の辺りに一筋の後のついた、青白い顔をした無表情の巨人族がゆっくりと現れた。
「ありがとう、マジカルトールちゃん。これで死者の国にいけます。ああ……やっと来るべき黄昏の為にアースの神々を呪うことが出来るのですね……では、さよなら! アース神族に死の鉄槌を! オーディンにフェンリルを!」
「オーディンにフェンリルを! バイバイ、魂ちゃん!」
まるで自然にトールはそう言うと、足を引きずり首が変な方向に回転している巨人族の幽霊は、階段を下りるようにブリッジしながらニヴル・ヘルに繋がる川の方へといびつに動き出した。
その呪わしく醜い姿を背に、トールは指のV字を額に当ててウインクすると、誰も居ない方を見ながら叫んだ。
「ミッション完了! これでアース神族の敵が一人増えたね、やったぁ!」
そう言うと、彼女の頭上に『WIN』という黄金の文字が現れた。
「完全にオーディンに対する反逆行為ではないか……私様ならいいが、トールにそのようなことをさせたと神々に知られたらやばいだろ……いや、マジで……」
一連を見ていたロキは、頭痛と恐怖を覚えながら、ブツブツと呟いた。




