世界一安全な乗り物だから その五
脱出用の滑り台と猛吹雪により怪我人や凍傷者は出たが、全員の無事であったようだ。ニュースで朗報だと流れる中、ロキは不機嫌に空港のロビーでいらいらと足を鳴らし辺りを見渡していた。最初より大分落ち着いたとはいえ、確かにロキはニヴル・ヘルに落ちかけたのた。こうなればもう怒りしか浮かばない。
「何が世界一安全な乗り物だ……私様がどうしてこんな目に合わなければならないのだ……空飛ぶ棺桶が……」
散々文句を垂れるのもロキは飽きていたが、P〇V〇TAを起動する集中力など生まれない。言い様の無い怒りが沸きあがるばかりだ。辺りで生存を喜び抱き合う家族も嬉しそうに奇跡だと報道する記者も無関心に行き行き交う乗客もロキは全部が憎かった。全員あのオーディンの名を取った呪われた旅客機に乗せてニヴル・ヘルに直行させてやりたいほどだ。
ロキがぶつぶつと文句を言っていると、タイミング悪く体調の悪そうなトールが自分の体を抱きロキの方に向かって来た。携帯で待ち合わせ場所をロキが強引に決めたのだというのに何時間も待たされたのだ。しかしここで何か騒ぎを起こせばミズガルズの警察に捕まり死刑になる可能性がある。ぐっと我慢しなければならない。
「遅いではないか! 私様がどれだけ待ったと思っているのだ! 大体飛行機で行こうと提案したのは脳筋幼女ではないか! 何故こんな目に私様が遭わなくてはならないのだ!」
「よくわからないが……まあ、戻ることになったな。これなら俺のトリプルタングが修理……ふぇ……」
「ふぇ?」
「ぶぇっっっっっっくしゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅん!」
何ということだ!
トールの凄まじいくしゃみはロビーを一度大きく揺らしたではないか!
辺りにいるミズガルズの人間はその音と衝撃で混乱しロキ達を見たが、誰もトールが原因だと気がついていないようだ……衝撃でロキがひっくりかえったのだというのに!“
吹き飛ばされて椅子から転がったロキは起き上がると、鼻を啜るトールを見て、察した。
「おい、脳筋幼女。貴様の腰についてるのは何だ」
「何だって……悪神も知っているだろ……しかし、暖かくしているはずなのだが、何故こんなに治るのが遅いんだ……」
「そんなに早く風邪が治るわけがないではないか! そうではない! 何故メギンギョルズを腰につけているのかと訊いているのだ!」
「当たり前だろ。我がベルトなのだから……大体、ベルトが無ければジーンズが落ちるだろ」
「落ちるだろではない! つまり貴様、あの揺れは貴様のくしゃみのせいなのだな!」
「ゆれ……ああ、確かに俺のくしゃみで何度か傾いたが大したことではないだろ。ヨルムンガンドを釣った時の小船の方が傾いていたくらいだしな」
「巨人のオンボロ船と最新旅客機を比べるのではない! 貴様のくしゃみのせいではないか! ああ……貴様とは二度と飛行機には乗らないからな……いや、もう私様はオーディンの名など取った飛行機には乗らぬ……もういい、私様は勝手に行くから貴様も勝手にするがいい……」
「ならば別の便を取るか……貴様はエコノミーだったな……」
風邪で朦朧としているだろうトールを放ってロキは立ち上がると疲労を全身に感じながらさっさと歩き出した。東の方のジャパンやら日本やらと言われる国行きのチケットは過去に貰っている飛行機の回数券(オーディン航空用)を金券ショップに売りさばけば十分に向えることだろう。問題は無いが、だからと言って怒りを解消できたわけでもない。
このオーディン航空の事件は様々な呼び方をされていた。『オーディンの腕、最高神の試練、トールのくしゃみ』……
しかし事件について未解決のまま調査団が解散し未解決のオカルト事件と定義されたのは事件から五年後のことだった。
次回やりたいのは大体決まってます




