世界一安全な乗り物だから 一年後 その四
「計器に異常は?」
機長のジェームス=マリオは念入りに計器へと目を通します。原因の特定と同時に衝撃により機体が破損している可能性がありました。旅客機はある程度の衝撃に耐えうることが出来ますが、あのような衝撃に耐えうるのかというテストはされていないのです。
「全エンジン正常。油圧系統正常。特に操縦も問題無さそうですが、視界がゼロなので肉眼で確認は出来ません」
副操縦士のエゴン=マリオットが様々な計器を見ながら報告します。しかし一見正常そうにみえる計器が正しい数値を示しているとは限りません。高度や傾きを推測するにも猛吹雪により視界での確認は不可能でしょう。
「もう一度着陸する。計器に注意。管制塔にも連絡を」
ジェームスの指示で副操縦士は管制塔とコンタクトを取ります。すぐさま再び着陸の許可が下ります。
段々と地面に降下し再び着陸態勢に入ります。慎重に着陸態勢に入り、車輪を地面につけブレーキをかけます。順調に減速しましたが、再びあの衝撃に襲われれば、今度こそ大惨事となるでしょう。ただ祈りながら速度を落とす以外に成すすべはありません。
「最高神よ……オーディンよ……!」
減速する機体でジェームスはそう呟きます。
機体は無事に止まりました。火災警報も何も反応はありません。機内にいた誰もが胸を撫で下ろします。
「緊急時脱出マニュアルチェック」
そう機長が指示を出すと同時に、機内へのアナウンスをします」
「皆様。機長のジェームス=マリオです。ただいま当機は停止いたしました。乗務員の指示に従い、機体より脱出をお願いします」
そうアナウンスをし終わるとジェームスは緊急時の脱出マニュアル通りの手順を実行します。
すると全身がふわりと浮く感触が襲いました。どうやらあの原因不明の衝撃が再び起きたようです。二人は急いでチェックを進めます。そして全項目のチェックを終えると、急いで脱出を開始します。
こうして乗員乗客合計185名の生命は機長の冷静な判断により守られたのです。
現在、ミナミ=タチハラは漫画家として日本で活動をしています。この時の体験が人生を変えたのだとタチハラは言います。
「あの時、何度も自分が死んだら、と考えました。隣の少女が叫びをあげていなければ、叫んでいたのかもしれません。しかし、死ぬことを思ったら残したい物があったのにと思えたんです。あの経験のおかげで私は自分の漫画を本気で描こうと思えるようになったのです」
事故の後すぐに国際運輸安全委員会の調査員が到着し、事故機の調査を開始しました。しかし驚くことに機体には衝撃による破損は見られたものの、異常と言えるような部分は存在しなかったのです。
調査に関わったウィル=ビッチは事故について語ります。
「オーディン航空の事故は私が関わった未解決事故の中でもあまりに不可解だったといえるのでしょう。様々な計器のデータや録音データ、実際の飛行記録や証言を元に事故の様子を分析しましたが、分かったことが機体自体に物理的な衝撃が加えられたということでした。まるでトラクターが衝突したようでした。しかし爆発の後もありません。また衝撃があった場所はファーストクラスの一室と廊下であり、そこにいた乗客の少女は何事も無く降りているのです。完全に原因の究明は暗礁に乗り上げました」
現在もこの事故の原因は分かりません。しかし事故を経験したジェームス=マリオはこの事故を起こしたのは北欧の神々の、最高神オーディンではないかと考えています。何かしらの神々がきまぐれで我々の前に現れてあの事故を起こしたのではないかというのです。
現にこの事故で二つのことを学んだとジェームス=マリオは言います。
一つはどのような事故でも起こりえるのだということです。それに対して機長はいつでも冷静でなくてはならない。落ち着いて行動し、最善手を取り、乗客の命を守らなくてはならないのです。
もう一つは自分の命を預ける機体の安全性です。爆発が無かったとはいえ、凄まじい衝撃にDD―1000型旅客機は耐えたのです。この耐久力と信頼性が旅客機こそ世界一安全な乗り物なのだと確信するのに十分過ぎるほどでした。
もしかしたら機長達の仕事に絶対的な誇りを生む為、気まぐれな北欧の神々が試練を与えたのかもしれません。




