世界一安全な乗り物だから 一年後 その三
「ギアダウン」
機長のジェームス=マリオは慎重に速度を落とし、マニュアル通りの着陸準備に入ります。トラブルの原因がわからないので、速度を落とした途端に墜落する可能性もあります。
「計器正常。問題は無さそうです」
副操縦士のエゴン=マリオットが報告します。一見、全てが順調であるように感じられます。
高度は段々下がっていきます。そしてついに吹雪で視界がゼロの状態で、滑走路へとタイヤをつけます。
途端に、再びあの衝撃が襲います。視界はゼロですが、今度は右に大きく傾いたのが計器と感覚で判断します。
「駄目だ! 着陸中止!」
そう叫ぶと機長はブレーキを解除し速度を上げました。スリップする可能性もありましたが結果としてその判断は正しいものでした。もしもこのまま減速していたとするなら、右翼が積雪に触れて、機体が体勢を崩し大惨事となったことでしょう。機長の判断はまさにベストでした。
この時のことをジェームス=マリオはこう語ります。
「あの時、着陸直後で速度が十分にありました。あともう少し遅ければ、考える間も無く大惨事になったのかもしれません。我々は運が良かったのです。不可解な事故に出会ったこと以外にはね」
運良く、また旅客機は猛吹雪の空に飛びます。それは危険を回避したのと同時に墜落の危険が未だに続いているということを示しています。また振り出しに戻ったのです。
事故と戦っていたのは旅客機のクルーだけではありません。乗客であるミナミ=タチハラも必死にこの恐怖と戦っていました。
この離陸についてミナミ=タチハラはこう語ります。
「あの衝撃の時、自分は死ぬんだと思いました。どのような形であれ、死ぬのだと……瞬間に、思ったんです。まだ描きたい漫画を描いていなかったのにって。どうしてこんな事になる前に自分の正直な漫画を形にしなかったんだって。可笑しな話なのかもしれませんが、体が浮き上がる感覚がしたとき、今連載している漫画のキャラクターや物語が凄まじいスピードで浮んで来たんです。だから私は、思うんです。あの時、私は死んだのだと。だって、生まれ変わるには一度死ななければならないのですから。それに生きなければなりません。だから……あの時、素晴らしい判断で私達の命を救ってくださった、機長を初めとした方々にはどれだけ感謝すればいいのかわかりません……」




