世界一安全な乗り物だから その三
「まままじじじじじででででどどどどどどどどうするのだだだだだだだだだだだだ……こ、このままではラグナロクを迎える前にニヴル・ヘルに送られるではないか……どうするのだ……思いつかないではないか……い、嫌だ! 私様はまだやらねばならないことが沢山あるのだ! 何故こんなところで死ななければならないのだ!」
座席でシートベルトをつけながら、気がつけばロキは震えながら叫び声をあげていた。同時に外はニヴル・ヘルじみた灰色の暗闇が覆った。雪雲の中へと入ったのだろう。それはまるで、このままニヴル・ヘルにまで下りていくみたいであった。
「嫌だ! 何故こんな飛行機に乗ってしまったのだ! 糞! 脳筋幼女がバイクを壊さなければもっとまともな移動方法を取れたのだ! 何故飛行機など乗ってしまったのだ! 絶対死ぬではないか! 何故、乗ってしまったのだ!」
「大丈夫……飛行機は落ちないよ」
突然、隣のミズガルズの女はロキへと優しく話しかけた。しかしその言葉もロキには亡者が墓場から口にしているように思えた。いや、むしろ死ぬことが分かっている人間が現実から目を背けているようにしか見えなかった。
「落ちるに決まっているではないか! 飛行機のエラーは死亡率100%であると私様が知らないと思っているのか!」
「大丈夫。飛行機は世界で一番安全な乗り物だから。問題が起きても墜落する可能性はすごく低いんだよ」
「フン! そんなことあるわけあるまい! それとも空を飛びながら修理でもしているというのか!」
「故障したままでも安全に飛べんだよ。鳥がエンジンに巻き込まれて止まって火を噴いても安全に河へ着陸した例だってあるんだから」
「……顔を引きつられていたのでは、説得力が無いではないか。ただ不安を煽るような叫びをあげて欲しくないのなら、そう言えば良かろう」
ロキの隣に座った彼女の顔は真っ青だった。言葉も続けることはなかったし、否定することも無かった。しかし彼女はロキをじっと見ていた。顔を真っ青にしながらじっと見ていたのである。
「……フン! せいぜい自分の悲運を呪うが良い! 絶対に私様は生き残ってやる。生き残って貴様の無様な意地を笑ってやろう……どうせキリスト教なのだから貴様はヴァルハラに踏み入れることもあるまい」
「そう。私なんかよりも若いんだし、生きないとね。ずっと可能性あるから……」
「私様は十八歳以上なのだから、貴様よりは年上だ」
「じゃあ生き残る方法を考えようね、お姉さん」
もう一度ロキは鼻を鳴らし、それからブツブツと策略を練り始めた。
既に飛行機はゆっくりと降下し、視界ゼロのまま着陸しようとしていた。
タイヤが滑走路につく感触をトールはファーストクラスの部屋に設置されている着陸用の椅子に座りながら感じていた。
「さて、これからどうする? 別に新しく便を取り直してもいいが……しかし、それよりも……着陸で埃が舞ったのか、酷く鼻が……くしゅううううううううううううううううううううううううん!!!」
何も考えずトールは自身が飛び上がりそうになるほどのくしゃみをした。




