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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
世界一安全な乗り物だから
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世界一安全な乗り物だから 一年後 その一

 オーディン航空。302便。世界中を飛んでいる型であるDNPA―1000型旅客機。この巨大な飛行機で起きた事件は航空機史上最大の謎だと言われています。


「まるでトラクターが衝突したようでした」


 航空機事故専門家のウィル=ビッチはこう語ります。突如ファーストクラスの廊下で何が起きたのでしょうか? 

 この番組では事件の流れを時系列的に見ながら事故の全貌を視聴者の皆様と共に推理していきます。


『ミステリークラッシュファイル ファイル10 ファーストクラスのトラクター』


 ~この番組は現実に起きた事件の証言を元に構成されています~



 ロンドンの空港、猛吹雪の中でオーディン航空302便は東方へと旅立とうとしていました。猛吹雪を飛び立てば日本直通の12時間30分間に及ぶ空の旅が待っています。


「皆様、ご乗車ありがとうございます。機長のジェームス=マリオです。快適な空の旅をお楽しみください」


 操縦席に座り機長のジェームス=マリオは普段どおりの挨拶をしました。その時の状況を本人にお聞きしてみましょう。


「あの日、視界はゼロでもう少し風速が強ければ離陸が延期になるのかもしれないというほどの吹雪でした。しかしこんな吹雪はしょっちゅうだったので問題は翼に積雪しないかということでした。除雪作業を念入りにするよう頼みました。除雪班は素晴らしい仕事をしていたと思います」


 その日、ジェームスは普段通り離陸しました。このような猛吹雪でも飛行機は安全に飛び立つことができます。飛行機は吹雪の中を飛び、雲の上にまで上昇します。太陽の光が機体を照らすようになります。


「巡航高度。オートパイロット。どうやら安全に飛び立てたようですね。吹雪はもう御免ですよ」


 巡航高度からしばらくは副操縦士のエゴン=マリオットが操縦を引き継ぎます。日本までの飛行はオートパイロットがほとんど自動で行ってくれます。


「こちらオーディン航空302便。巡航高度に到達しました。誘導感謝します」


 ジェームスはロンドン空港の管制塔に通信します。これまでの流れはいつもとまったく変わりません。

 それからしばらくは普段通りの飛行が続きます。



 しかし突然、ドン、という大きな音と共に機体は大きく左に傾きます。


「何だ! どうした?」


 とっさのことにジェームスは慌ててエゴンに尋ねます。一度傾いた機体は再びオートパイロットのシステムにより並行へと戻ります。


「オートパイロット正常。巡航高度維持。油圧機能正常。エンジン正常。火災なし。今のは、一体……」


 マリオットは装置が正常に起動していることを確認すると、再び期待は大きく傾きます。そして再びオートパイロットにより並行へと戻ります。


「何かまずいことが起きているようだが……全部正常なんだな?」


「はい。計器上はですが……引き返しますか?」


 ここで機長は重大な決断を強いられます。基本的に何かあった場合にも飛行を続けられるならば、目的地へと向かう飛行した方が安全である場合が多いでしょう。この場合では順路沿いにある空港まで飛ぶことになります。しかし離陸から20分も経っていないのでロンドン空港の方が近く万が一の事態にはなりにくいのかもしれません。猛吹雪という悪条件を覗けばですが。


「何か触れたのか?」


「いえ、機長。それに操作にしては下げ幅が大きすぎるようにも思えます」


 確かに衝撃はまるで上空から神々の手によって押さえつけられたようでした。何か機体にトラブルがあるのは明白です。


「もう少し様子を見よう。旋回による負担でどうなるか分からない」


 そうジェームスが言った矢先、三度目の傾きが訪れます。今度は一度目よりも大きく傾きます。そしてまたオートパイロットにより段々と戻ります。


「いや……撤回だ。ロンドン空港に戻ろう。右より旋回。管制塔に連絡を」


 ジェームスの指示で直ちに副操縦士のエゴンはロンドン空港の管制塔に連絡します。


「ロンドン空港。こちらオーディン航空302便。メーデー。メーデー。機体トラブルで酷く機体が傾くことがあるようだ。引き返したい」


『こちらロンドン空港。了解。どの滑走路を希望されますか?』


「一番大きな滑走路を使いたい」


『了解。二番の滑走路に誘導します』


 緊急事態宣言メーデーを宣言した時点でどの航空機よりも優先されます。この近辺の空路全てはオーディン航空302便の物となります。


「右旋回。操縦は私がやろう」


 オートパイロットを切る前に、機長は非常に落ち着いた口調で機内アナウンスをします。


「御搭乗の皆様。機長のジェームス=マリオです。当機は機械トラブルの為ロンドン空港へと引き返します。お客様には大変申し訳ございませんが、このまま着席されてお待ちください」



 このアナウンスを聞いていた漫画家のミナミ=タチハラはこう語ります。


「あの時、私は一人旅の帰りでした。色々と考えをまとめる為にイギリスへ旅行に行っていたのです。その帰路であの飛行機に乗りました。あの時の三回の大きな傾きは覚えています。それから機長のアナウンスがありました。英語だったのであまりわかりませんでしたが、非常に落ち着いているのはわかりました。それから旋回し始めて、気がついたんです。この飛行機に、何か起きたんだって」

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