バーチャルリアリティゲームに入ったら普通出られませんよね その九
オーディンの一撃は大地を揺るがし、凄まじい衝撃波を生んだ。
その一撃を受けきったロキは、マサムネを切り返す。しかしオーディンはその一撃をバックステップで避けた。もしもロキの一撃が当たっていたのなら早々に決着がついたのだろう。
すかさず、オーディンは使い慣れた槍でロキの平たい胸の辺りに向けて突いた。しかしくるりとロキは横に避ける。きっと避けなければ、ロキの胸には大きな穴が開き、モザイク処理の後にポリゴンとなったに違いない。
「ふん……この手のアクションゲームをやり込んだ私様の攻撃を避けるとは、腕が鈍っているわけではないようだな」
「楽しいぞ。我が『義理の』妹よ。もしもこれが、ニヴル・ヘルに送るような決闘ならば、必ずや我がグングニールの一撃は鈍ったことだろう。しかし、この世界ではむしろ我が『義理の』妹を手に入れる為に全力を出すことが出来る……これほど血肉が踊ったのはアースガルズでの戦乱以来だ」
「この程度が本気だとは笑わせる。まだ私様は本気を出していないのだ。当然出方を伺わなくてはならないし……アースの神ならば平然と負けそうになった瞬間に辺りのヴァルキリーを襲わせることくらいはするのだろうからな!」
「誓っても良い。この勝負において、そのようなことはしないのだと」
「誓わないということは、貴様はすることも念頭に置いているということだな」
「そうだ、と答えようではないか。さあ……次の手は何なのだ?」
「策略など今の貴様には不要だ……このような雑魚になどな!」
そうロキが叫ぶと、また二人はお互いの能力の限界を出し切るような戦闘へと戻っていった。
「………………」
フェンリルは二人の戦いを眺めていた。ラグナロクにおいて彼女はオーディンと死闘を繰り広げることになるからである。その結果は決まっているが、問題は過程だった。どれだけ過程を楽にすることが出来るのかということだった。なので二人の攻防を観察することでオーディンの癖などを分析できればと思っていた。別に今回の遠征で
しかし、そのフェンリルの当は的を完全に外れていた。
「うおりゃあああああああああああああ!」
ロキの攻撃は明らかにマサムネの重さに振り回されていた。腰も引けていたし、まさに幼女が重い鉄パイプで攻撃しようとしているような感じだった。
「ふんぬっ!」
そしてオーディンは……何てことだ! ロキよりも大分手前のところで槍先は止まっていたし、突く速度も遅く十分に避けられるほどではないか! これもまるで掃除中に重いモップを振り回す幼女のようではないか!
「危ないではないか……絶対にぶっ〇してやる……」
「我が『義理の』妹よ。楽しいぞ……アドレナリンを感じるぞ!」
この二人の対決の微妙さを、ロキとオーディンは気がついていないようだった。一応フェンリルはトール達を見たが、三人は光の速度と同等のような速さの一撃を受けきったり避けたりしていた。ミズガルズの人間が見たら武神とは何たるかというものの答えを得ることになるだろう。
「……ファ〇ク」
狂犬は呟き、割と本気で切れたくなった。
思えばオーディンは知性と魔法とグングニールの性能によりアース神族の最高神として君臨しているのである。別に普段は自動追尾で相手が倒せるのだから戦闘技術はそこまで必要はないのである。そしてオーディンはひたすらに知識ばかりを追い求めていた。だからこのように、グングニールが使えなくなると、酷いことになるのも納得行くのである。
しかし、だからこそフェンリルは切れそうだった。
この酷い最高神により自分はラグナロクまで岩場で暮らさなくてはならなく、挙句殺しあった後にすぐ殺される未来が待っているからである。それは、自分の最後の相手がそのような弱く倒してもそこまで満足感の得られる相手ではないという証拠でもあった。
二人の神々の低レベルな戦いはしばらく続いた。
お互いの武器はお互いから結構離れた場所で宙を切り、お互い不釣合いな武器によって振り回されていた。
しかし本人達の満足そうな表情は、むしろギリギリを戦う戦士のようでもあった。ロキとオーディンは今の戦いに満足し、高揚しているのである。その戦いを見守るのは、フェンリルだけだろう。その事実が更にフェンリルには腹立たしい。この黄昏の空間で、三人の神々は戦いを愉しみ、一人の女神は恍惚として既に戦闘どころではないのだから、ただ一人つまらないことで捕まっているフェンリルだけが眉間に皺を寄せていた。しかし押さえつけられているので動くこともままならないのである。
こんな状況なので、とりあえず戦闘はロキとオーディンの視点で伝えるべきだろう。




