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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
バーチャルリアリティゲームに入ったら普通出られませんよね
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バーチャルリアリティゲームに入ったら普通出られませんよね その七

 ヴァルハラに入るとすぐにテュール達は現実と構造が変わっていることに気がついた。現実よりも広い廊下が広がり、全てが黄金の白色に包まれていた。壁際に飾らされている筈の装飾品である武器や芸術品は見られない。代わりに、そこには黄金の石造が並んでいた。


「……なんだこれは?」


 テュールの呟きは、皆も同じことを考えたことだろう。

 通路の左右に並んでいるのは……なんという事だ! 全部ロキらしい石造ではないか! しかし、全て恰好が違っている。ポーズもしおらしかったり、雄々しかったりとバラバラだった、しかしそれでも全員が隈もなく、髪が調ったロキだと分かるほどに黄金でよく再現されているようだった。


「ひでえ……まるでヴァルハラに汚物のようなロキを撒いたようではないか……全て我が勝利の剣で壊し、ゲルズたんの石造に変えてしまいたいくらいだ……」


 本当に汚物を見ているかのようにフレイは呟いた。


「本当に酷い。まるでゲロのようなロキを辺りに撒いているようだ……ともかく全て壊すのが先決かもしれない。まるで、ゲロのようなロキの石造だらけだからな」


 同意するように、まるでゲロを見ているかのようにテュールは呟いた。


「貴様ら……だから貴様らなど私様は嫌いなのだ……ってかリアルにマサムネで切りかかりてえ……このゲームPK実装されているはずなのだから……」


 最高峰でロキはブツブツと呟いた。それでも妨害することが誓いによりできないことを知らない者は此処にいないだろう。


「これが母上の望んだ世界だというのか……まったく……これが、な!」


 ふん、と息を吐いてトールがミョルニルを振り下ろすと、影に隠れていたクレオパトラのような恰好をしたロキはその一撃でモザイク処理されてポリゴンとなって消えた。


「さっさと進みましょう。こんな場所も、こんな場所を造った者も、さっさと消してしまいたいのですから」


 淡々とフェンリルは言ったが、その口調からは嫌悪感が滲み出ていた。



 ヴァルハラはダンジョンめいた迷路になっていたが、それでも登り階段を見つけるのは容易かった。その黄金色の階段は天井をつらぬき、空の途中で切れていた。

 とりあえず登ったテュール達は、切れた先に立つとその先が本当に無いのかと手で触って確かめたら、空には天井へと続くガラスのように透明な階段が新たに現れた。

 その階段を、テュール達は登って行く。ガラスは既に赤い黄昏で染まっていた。

 先には、不自然に浮ぶ白い雲に繋がっていた。登るごとに段々とその雲に近づいていき、最後には神々しいほどに白い雲の中へとテュール達は入っていった。

 そして、最後には見慣れたヴァルハラの、玉座の間から天井と壁をとっぱらい、美しい柱と玉座だけにしたような、そのような空間に着いた。

 そしてその黄昏の玉座には、一人の少女が、待ちかねていたかのように、テュール達を軽蔑するような瞳で見下ろしていた。


「母上……!」

「オーディン様!」


 トールとテュールは揃って口を開いた。


「はて……ミズガルズの者とは幾らか関わりがあったが、お前達のようなミズガルズの息子など居たものか」


 小さく細い脚を組んだオーディンは、嘲笑するように言い放った。それはまるでまったくテュール達の知るオーディンではなかったが、アースガルズを総べる者として正しい姿であるようにも見えた。


「どうされたのですか、母上。俺……私が、トールであるということは貴方にも分かる筈です」

「トールよ。ならば、何故お前は今ミズガルズの恰好を喜々としているのだ。貴様は偲んでこのオーディンの前に立っているわけではあるまい。知恵勝負を挑むのならば、当然知恵だけを競う為なのだから、姿を潜ませるのは当然だろう。しかしこれでは、単にアースガルズの姿が嫌だから変えているようではないか。我が娘ならば、栄光なるアースガルズの神々たる姿をむしろ至上と誇るべきではないのか」

「母上のおっしゃることは分かりかねますが……つまり、アバターは元の姿であるべきということでしょうか」

「アバターなど別段責めているわけではない。ただアースガルズの神々としての我が娘を責めているのだ……」


「ふん……こんな問答を脳筋幼女が理解出来るものか。そんなつまらん前提さえ忘れてしまった貴様は、自らの作った世界に引き篭もり過ぎたのではないのか」


 更にオーディンの嘲笑を嘲笑するようなロキの声が響いた。途端にオーディンは辺りの者にも分かるほどの上機嫌な微笑を浮かべた。


「そうではない。我が『義理の』妹が元の姿のままでヴァルハラを訪れたことを褒めているのだ。残念だが、我が『義理の』妹に従う者もアースガルズと同じ姿だが、これも我が『義理の』妹の指示なのだろう」

「貴様が考えるような高等性など、私様には関係がないわ。ただただ、ネトゲでは女キャラが基本だからそうしているだけだ。ネカマは基本だとも知らぬとは、せいぜい貴様の知識などその程度なのだ」

「このオーディンを無知だと証することが出来るのは、まさに我が『義理の』妹だけだろう。だからこそ、ロキ、貴様こそが我が『義理の』妹に相応しいと思っているのだ。そして、この世界で、我が玉座の横に立つべき資格がある者はお前しか居ないのだ」

「冗談ではない。貴様の玉座など、呪われた汚物のようなものだ。このせいでフレイが悲劇に落ちたことを貴様も忘れたわけではあるまい」


「ちょっと待て。玉座に座らなければゲルズたんに会えなかったのだから、むしろ玉座に座って満足しているんだが」


「黙れ! 話がややこしくなるだろうが! 貴様はそのせいで無抵抗に殺される運命が待っているのだろうが!」

「大丈夫だろう。ほら、我が手には勝利の剣が握られているのだから」

「……だから、その勝利の剣はこの世界のデータ以外の何者でもないから……ああ、もういい、こいつは放置だ! 何なのだ……この馬鹿共は……」


「そうだ。私以外の者は我が『義理の』妹の隣には相応しくはないのだ。その奴隷じみた妻も、狂犬も貴様の隣に立つことはないだろう。さあ、ロキよ。我が隣に来い。ここにはお前を批判する神々など居ないのだ……」

「冗談ではない。ゲーム機も漫画もアニメもネットもWiFiもラノベもコミケも無いような、こんな原始時代の世界など、仮に支配できたところで何も面白くもないわ。だからさっさと貴様を倒し、私様はさっさと外に戻るのだ……それに、私様は貴様と共に戦うくらいなら、レベル一に戻って世界が崩壊するまで部屋に引き篭もっていたほうがマシだ。オーディンの施しを受けるのは、オーディンを泣かせる時だと決めているのだからな」


 そう言うと、ロキは迷わずにマサムネをオーディンへと向けた。


「おい、悪神よ。我が母上に剣先を向けるなど、失敬ではないのか」

「ともかく悪神を切るべきか。我らが最高神に剣先を向けたのだから」

「とりあえず悪神を切ろう。何故かゲルズたんを侮辱されたような気がするから」


「おい! 貴様ら! 話の内容についていけないからって、とりあえずオーディン側に付くのはやめろ!」


「ロキ様の言う通りだと思います。引き篭もりましょう」


「黙れシギュン! 貴様もまったく理解してないのに同意するな! 貴様など、黙って盾になっていればいいのだ!」


「それにしてもお母様も随分ロールプレイをされていますね。普通、剣なんて向けないのではないですか」


「だからやめろ! 駄犬が! 話がちゃんと収まりそうだっただろうが!」


「……我が『義理の』妹よ。無理矢理手に入れようなど思ってはおらぬ。しかし、みすみすこの世界を渡すわけにはいかぬ。せっかく、本物の我が『義理の』妹が訪れた世界を……この世界は未完成だったが、我が『義理の』妹が訪れたことで完成したのだからな」


 オーディンは見慣れた槍……グングニールを手にしたまま立ち上がり、一度刃の先を床に打つと、黄金の床に打たれて綺麗な金属音が一度響いた。

 途端に何も無い空の壁から、まるでワープして出て来たかのように、十体の姿が現れた。


「……どうして私様なのだ?」


 その十体は、アースガルズのヴァルキリーの武装をしたロキだった。それぞれ隈もなく、黒い髪も整っていたが、明らかにロキだった。


「この世界を創造して、世界の隅々まで造りあげることは出来た。緑の草木や街や岩場などは完成させることは可能だった。故に、次の段階……つまり、我が思い浮かべる最高のロキとは何かという創作を、本来の目的通りに行ったのだ。しかし、どれだけ考えたところで、どうしても成功することはなかった。この『ロキたんヴァルキリーバージョン』もその創作の過程で生まれたものだ。レベル99のロキたんの模倣物は、既に見たことだろうし、現実の剣義において屠ったことだろう。このヴァルキリーバージョンも同じようなAIだが、果たして異常なほど高速で単純な一撃は、洗練された剣義で防ぐことは出来るものなのか……さて、ヴァルキリーバージョンよ、ロキたん以外の愚か者達を狙うが良い。さあ、ロキよ。この最高神を殺しに来たのだろう。何者にも邪魔をさせぬ。さあ、かかって来るが良い」


 オーディンが合図すると共に『ロキたんヴァルキリーバージョン』はテュール達へと襲い掛かった。

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