バーチャルリアリティゲームに入ったら普通出られませんよね その五
名も無き都市。
そう呼ばれる国の都市は、2000年前には確実に存在していたが、結局2000年前なので誰も名前を覚えておらず、名も無きとかつければ何となく神秘そうだという巨人の思考の元名付けられた都市だった。
都市というには幾らかの家が沢山並んでいるだけの村のようだったが、黄昏の下をミズガルズの男達が沢山歩き回っているのは、ここに一番プレイヤーが集まっているせいだろう。何処かしらから人を呼び込む声が響き、更に何か値引きをする怒声が響いていた……
「って、おい! こいつら馴染んでいるではないか! まったくクリアーとかするつもりないだろ! くそ……何だかんだで私様が一番真面目にやっているではないか……大体、宿など取る必要など無かったというのに……」
「仕方ないだろう。道中で疲れたのだから。まあ大丈夫だ。我らの手には勝利の剣があるのだからな!」
「黙れ! 貴様のせいだろうが! ……ああ、もういい……チート資金があるのなら、一番いい宿に泊まれるだろ……さっさと一番いい宿を探すのだ!」
「いい宿というのはありません。全て一律の値段です。外装は違いますが、内装は全部同じです」
何ということだ!
フェンリルの残酷な発言は更にロキのメンタルを残酷にもバキバキに折ったではないか!
「くそ! 何が脅威の再現度だ! 細かいところで手を抜きやがって! ワープとかないのか! この調子でアースガルズにまで着くにはどれだけ時間が掛かるというのだ! 私様はさっさとオーディンを倒して家でゲームがしたいのだ! くそ……何故こいつらの脳味噌のレベルは1なのだ!」
「ありますよ」
「………は? 何を言っているのだ、駄犬よ」
「さっきワープ用のNPCを通り過ぎました。ニヴル・ヘルにも居た筈です。少し値が張りますが、オーディンが根城にしているアースガルズまでの直通があったはずです」
「…………」
「…………俺は、ゲームのことはわからんからな」
「…………まあ、ほら……勝利の剣の性能も試せたし……そ、それに知りようもなかったしな」
「…………確かに、現実と同じように動けることを調べることが出来たから、有意義な時間だった筈だ」
黄昏の時刻は少しだけその色を濃くしていた。その黄昏が侵食するように、ロキは酷く黄昏れた。
「さあ行くぞ……母上を救う為に!」
「おい! 脳筋幼女! 貴様は着いてきただけだろ! 仕切るのではない! ああ……くそ……何故私様は誓ってしまったのだ……いい加減に私様も折れるぞ……」
「君……それ、ロキかい?」
「は? 私様を『それ』呼ばわりとは! 貴様……!」
ロキがその声の方を見ると、そこには身長の高い、だが妙にひょろりと痩せた男が立っていた。しかし痩せて手も細いのに、フルプレートを装備していた。まるで飾り用の台の芯となる棒に鎧を立てかけたような見かけだったが、軽々と手足を動かしているのは、ここがバーチャルである証拠でもあった。
「やっぱりロキだ。へえ、ロキってテイム出来ないと思っていたよ」
「何者だ貴様。巨人族であるのは確かなようだが……」
「あれ、プレイヤーなのか? ってことは、ロキの姿にアバター変えられるのか! どうやんの、どうやんの!」
「おっさん顔で子供みたいにはしゃぐな! マジで、何というか気持ち悪いぞ! 大体私様は……んぐっ」
突然ロキの口は後ろからフェンリルに押さえられた。それからフェンリルはロキの耳元に顔を近づけて、呟いた。
「巨人族にアースガルズの神だとばれたらどうなるかくらいわかんだろうが……食い殺すぞ……リアルで」
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
何と効率的且つ非道な脅しなのだ!
フェンリルがリアルに襲って来るという恐怖だけではない!
あまりに現実と体感が告示しているせいで、ロキはフェンリルの脅しがリアルに怖くなってしまったではないか!
そして……おお、何という再現率だ。丁度いい色でジーンズが黒く染まっていくのではないか。
「どうしたの。ああ、トイレか。そういや、狩りいってからまだ漏らしてないし、漏らしておこうかな」
「お、おい。き、貴様! 何自然に漏らそうとしているのだ! 普通にトイレに行って用を足して来るのだ!」
「トイレ行く時間が持ったえないし、別にゲームの中だし、君も足してただろ」
「わ、私様は……こ、これはエモーションの一種なのだ! べ、別に漏らしてなどいない!」
「まあいいや。それで、そのアバターって、どこで手に入る?」
「……ミズガルズにあるバイキングの難破船イベントを攻略したら追加される。場所は忘れてしまったが」
「そう、じゃあ、難破船か」
「場所は忘れてしまったから、どこかは教えられないのは諦めるのだ。忘れてしまったから」
「自分で探すよ、ありがとう」
大きなミズガルズの男性の姿をした巨人はのっそりと振り返ると、そのまま人込みの中へと歩き出してしまった。
「何だったのだ……ってか、何であいつ私様の姿を知っていたのだ? よくわからぬが……」
「おい、悪神。早く行くぞ。我々には時間が無い。たとえ勝利の剣をもっていたとしてもな……それとも、行動を遅らせることで我々を邪魔するつもりなのか?」
「どの口が言うのだ! 大体私様は妨害しないと誓っているのだ! ああ……もういい、さっさと行くぞ、アースガルズへ!」




