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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
バーチャルリアリティゲームに入ったら普通出られませんよね
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バーチャルリアリティゲームに入ったら普通出られませんよね その一

 白い陽射しに包まれた黄金のアースガルズは何の変化もなく、いつか訪れる黄昏など忘れてしまったようだった。ヴァルハラを行き来するヴァルキリーは忙しそうに飾られた戦車や戦闘機を洗浄していたし、神々も普段通りそれぞれ思った通りに生活をしていた。

 だからこそ意味も分からない突然の呼び出しにロキは不機嫌だった。昨日は徹夜でゲームをしていたのに、何やら緊急事態だとたたき起こされたのである。しかも起こした本人のトールはまったく事情を知らなかったのだ。


「くそ……何のつもりだ……これで下らないことならばどうしてくれるか……ともかく狩場を荒らしてやる……」


 ブツブツと八つ当たりにネトゲの狩場妨害しようかと考えながらロキはヴァルハラを進んでいた。


「仕方ないだろう。俺にも伝わっていないことなのだから……それほどヤバいことなのかもしれないな」


 一方のトールが非常な危険に陥っているのではないかという不安をちらつかせているのはロキにさえわかった。そのトールの混乱する様に少しだけロキは気分が晴れていた。

 しかし、危機にしてもあまりにも正常すぎるようにロキは感じていた。

ヴァルハラはオーディンの感情や思考に大きく影響される。危機になれば何かしら影響は出る筈だ。しかし、壁に飾られた数々の黄金の品も綺麗な色を放っている。むしろ危機らしい危機が無いと全てが告げているようにしかロキには見えなかった。


 オーディンの寝室を横切り、更に廊下を進むと、今度は別の寝室が見えた。あのコスプレだらけの部屋に行くのは御免だが、客用に使われるような部屋に入る理由もロキにはわからない。


「脳筋幼女よ。本当にこの部屋なんだろうな」

「テュールからの連絡ではここの筈だが……確かに、玉座の間ではないのはおかしいな」

「どうせ聴き間違えたのだろう。さっさと開けて恥でも晒すがいい」


 トールは一度ロキを軽蔑するように睨みつけると、そのまま綺麗な彫りの模様が描かれたドアを押した。


 その部屋は高級ホテルのような家具の数々が飾られ、中央にはベッドが置かれていて、横には重い空気を放っているテュールが一人立っていた。


「……お待ちしておりました、トール様」


 トール以外は待っていなかったかのようにテュールは言った。フンとロキはいつも通り不機嫌に視線を逸らしたが、すぐにベッドの上に横たわる姿にロキは気がついた。


「……って、おい! 何故ここにこんなものがあるのだ!」


 そこには……何てことだ! オーディンが横たわっているではないか! だがオーディンの目の辺りには何から少女には大きすぎるような装置がついている。ミズガルズのアメコミの装備にありそうな目の装備に、これまでロキを覆っていた不機嫌は一気に吹き飛んだ。


「何故こんなところにVR系のゲーム機があるのだ! マジで、マジでVRではないか! ミズガルズでもまだ市場へとほとんど出回っていないだろ! 早くオーディンを起こせ! 私様に代わるのだ!」

「落ち着け悪神。少なくともお前にはこれを被ってもらうことになるのだからな」

「マジで! つまり皆でこれを遊ぶ為に私様を呼んだということか! ならば、早くしようではないか! フフン! これはSNSやツイッ〇ーで散々自慢してやろう」

「これが何か、お前は分かっていない。禍々しく呪われた装置のことなど」

「そうだろうな。現実など糞以下でゲームの理想郷こそが最強だと認識させるのだから……禍々しく呪われた装置に他ならないのだろうな!」


 テュールの大きなため息が部屋に響いた。だが一方のロキのテンションは更にあがっていた。まさか先行でVRゲームをアースガルズで遊べる日が来るとは!


「どういうことだ、我が妹君よ。まさか緊急に俺達を呼んだ理由とは、これではあるまいな」

「そうです。トール様。しかし、少なくとも悪神の思っているものとは違います。そもそもこれはミズガルズのものではなく、小人が開発したアースガルズ式のシミュレーターなのですから」

「そもそもアースガルズ式とミズガルズ式の違いがわからないのだが」

「あくまで肉体の行動を読み取って画像や音声だけをシミュレートするのがミズガルズ式です。ですが、アースガルズ式では魔法を使用し、魂を直接サーバーに送り、そこでゲームをするのです。ほとんど現実と変わらない感覚を体験できるのです」

「……俺には非常にヤバイものに感じるのだが」

「実際は非常に安全な装置であるはずです。魂は肉体があるなら場所さえ分かれば帰ることができるのですから。しかし……実証が無いので、まだ試作段階なのです」

「それで何故試作段階のゲーム機を母上が装着している」

「この装置の開発を小人へと命じたのがオーディン様なのです。元々の目的はラグナロクに向けての軍事演習用にも想定されていたものなのですから。加えてオーディン様は深く開発に携わっているのです」

「どういうことだ」

「オーディン様の想像する世界をベースにソフトが作られているのです。我々だけでは知りえないようなヨトゥン・ヘイムやムスペル・ヘイムの地形もオーディン様はよく知っておられるのですから。実際テスト段階では世界の隅々まで大まかに再現されました。ログインしたならば現実と感覚は相違ないことでしょう」


「つまりオーディンの作り出した仮想空間か。きっと酷い世界なのだろうな! 確認してやるからさっさと装置をよこすのだ!」


 話半分にロキは聴いていたがもはや『VRゲームをプレイできる』という興奮と好奇心に抗うことが出来なくなっているようだった。


「話を聞く限りでは問題など無いように思えるのだが……妹君よ、何が問題なのだ」

「……完成してから、誰一人ログアウトしないのです」

「ログアウト?」

「つまり、ゲームから出て来ないのです」


「……は?」


 途端にロキのテンションはだだ下がった。それだけではなくこれから自分が陥る事態に気がついてしまった。


「一度小規模なテストは完了していますから、後は大規模なテストをするだけでした。なので2000年ほど前の世界をオーディン様に再現していただき、霧の巨人族に先行販売させ、問題なければアースガルズで実践する予定でした。なのに……これを使った巨人族も、オーディン様もログアウトせずに二週間も起き上がらないのです」

「ま、待て! ちょっと待て! テンプレは避けろと言われているだろ! ま、マジで! ってか、絶対やばいだろ! この機械、絶対やばいだろ!」

「機械は安全な筈だ。だが安全だと確証が得られない以上は無理に停止するわけにもいかない。最高神がこのまま起きないことでもあれば、それこそアースガルズはラグナロクを待たずに崩壊することとなるのだから」

「し、しかしそんな装置がある場所に私様を呼んでどうするつもりだ! 私様はミズガルズにあるようなVRゲームがやりたいのだ! こ、こんなありがちなデスゲームになりそうなゲームなど、リアルに遊びたいわけがないだろ!」

「だから別に貴様に遊ばせる為に呼んだわけではない。貴様にはゲーム内に入りオーディン様を倒してもらう」

「は?」

「このゲームはオーディン様のHPがゼロになったときに全員が強制ログアウトするように出来ている。仮にどんなロックをかけられていたとしてもだ。オーディン様の思考をアウトプットした世界なのだから、安全の為当然だ。しかしそもそも最高神であるオーディン様を倒すことの出来る者はアースガルズには存在していない。だから予言者の助言を受けた。そうしたら、とりあえずお前をゲーム内に送れば大丈夫だろうという予言が出たのだ」

「し、しかし……」

「これは決定だ。もしもの場合の決定権はオーディン様より私に与えられている。安心しろ、貴様と共に私もVRに入る。気は乗らないが、面子よりもオーディン様の方が大切だからな」

「き、貴様のメンツなど知らん! くそ! こんな面倒なことになってから私様に押し付けやがって!」


 くそ、くそ、とロキは毒ついた。それでもロキは逃げようとしなかったのは、VRゲームへの憧れが捨て切れなかったからだろう。しかも最新式で巨人の国以外には出回っていないようなものをアースの神々よりも早くプレイできるのである。おまけに目的がオーディンの想像する世界を壊す為にオーディンを倒すという、どこまでも魅力的なものでさえあった。


「くそ……くそ……内部の情報は、何か無いのか!」

「2000年ほど前の設定ということ以外には最初職業を決めることが出来る、そもそも演習にも使われるほどなのだからプレイヤーの反射神経などは適用される……が、身体能力までは再現しきれないだろう。だがおかげで貴様でも軽々剣を振るうこともできるだろうし、私は失った片手を取り戻して戦えることだろう」

「……他に、誰が入るだ」

「まだ決めてはいないが、貴様は絶対に入ってもらう。また二人も指揮官を失うわけにはいかないからフリッグ様は駄目だし、今ライブツアーを行っているバルトルとフレイアも駄目だ。他も制約はあるが、大勢ならば却下だ。オーディン様がこのような状態だと知られれば……いや、オーディン様が原因だと露呈すれば、巨人が即座に攻めて来てもおかしくはないのだから」


 ギリギリとロキはテュールを睨みつけた。それから一度鼻を鳴らし、少し考えると、何か思いついたかのように言った。


「2000年前ということは、まあコアファンタジーのようなものだろう。コアファンタジーではパーティは6人がバランスいいものだと相場が決まっているのだ。ならば、受けてやる代わりに一つ条件を聞いてもらおう」

「悪神の条件など飲むと思っているのか。アースガルズの神々ならば、無償でやるべきだ」

「別に終わった後にP〇VRを買えとかそんなことを言うつもりはない。しかし、どうせ貴様が選ぶメンツなどネトゲの初心者ばかりだろう。ならば、六人パーティのうち二人は私様が選ばせてもらう。選んだ者に対して貴様には拒否権を与えない……どうだ」

「……信用できるやつを選ぶとは思えない」

「私様が信用できるメンツが欲しいのだ。大体私様だって命が掛かっているのだから当然ではないか。それに貴様やオーディンを巻き込んで自爆するくらいならば岩場縛られた方がマシだろう。貴様らなど、まったく価値などないのだからな!」

「むしろ貴様自体私には信用できないが……まあいい。ならば誓ってもらおう。この件に関して妨害することはしないのだと」

「誓おうではないか。後、もう一つ条件だ。貴様の選ぶもう一人は、トールにやってもらおう」

「……俺か」


 話を半分くらまでしか聞いていなかったかのようにトールはびくりとはねた。


「トール様、悪神はそのように申しておりますが」

「いや、ゲームとか苦手だから……我が妹よ、外のことは俺に任せるという意味で呼んだのだろう」

「いえ。トール様の耳にも挟んでおこうと思ったのです。幸い外には異常もありませんから、ヴァルキリーにさえこの件は内密にしていますから」

「い、いや……でもな……」

「怖気づいたか脳筋幼女! ならば貴様など、外から指でも加えて見えていればいいのだ! そして戻ったら貴様を臆病者だと散々煽ってやろうではないか! ああ、もういいぞ、か〇わ幼女よ! こいつはハブるぞ! 他に二人見つけるのだ!」

「……いいだろう、悪神よ。俺も入ってやる……しかし貴様、この一件が終わったらどうなるか、覚悟しておけよ」

「臆病者の幼女の脅しなど怖くもないわ! ともかくその機械を一つよこせ! スタート地点は全員同じ街なのだろうな」


 テュールは一度頷いた。


「その筈だ。あまり気持ちの良い場所ではないが。隅にある箱を一つ持っていけ。初期動作だけ電源が必要だが、以降はそもそもサーバーに魂が送られるから必要ない」

「一人は先に入らせておく。私様は何処でログインすればいいのだ」

「ヴァルハラに戻って来い。装置や入った後の世話もする必要はあるだろう。エイルにも頼みそういった配慮はさせてもらうつもりだ」

「フン……せいぜいあと一人、まともそうな者を選ぶのだな!」


 そう言うとロキは思い立ったように隅にあるダンボールを一つ取ると、早歩きで部屋から出ていった。




「……奴はこういう置き土産を残していくから頼みたくないのですけどね……」


 自分達だけで解決出来たらよかったものを、何故予言は悪神を氏名したのだと恨み言を吐きつつも、再び両手で戦えることに少しだけテュールは高揚を覚えていた。

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