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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
それでも理想に恋をする
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それでも理想に恋をする その十

 美しい自分の好きな少女へと顔を近づけながらトールの脳裏には不思議な困惑が渦巻いていた。

 前で震える少女の全てが欲しいという欲望が無いわけではなかった。しかし、同時に間違いなくロキであるのに、ロキではない少女だった。変な感覚だった。相手はあのロキの筈なのである。

 長く綺麗な整った髪も、可愛らしい頬も、美しい肌も全てが愛しいのに何がこんなにも不均一な感覚がするのか……

 おかしいことに考えるのが苦手なトールは、一人の少女に対して考えを必死に廻らせた。

 だがどうしても答えは出ない。

 だからトールは、ゆっくりと顔を近づけながら、自らの感覚に答えを任せた。




 夜には静寂が訪れた。

 それぞれの神々がトールの行動を眺めながら、様々な感情に襲われていた。

 

 綺麗になったロキの額に、トールはキスをしていた。少しだけ長いキスだったが、それからトールは口を離すと、小さくロキに言った。


「……もういいぞ、悪神よ」


「……いいのか?」


 瞳を開いたロキは、トールが元の位置まで離れると自分の額を手で拭いた。


「ああ、もう何か、全てがすっとした。わかったんだ、俺が恋をしていた物の正体が」


「綺麗な私様に恋をしていたのだろう」


「悪神に俺は恋なんてしていなかった」


「……は? な……お、おま、散々私様にここまでやらせておいて……」


「俺は、あのヴァルハラを歩いていた美しい少女に恋をしていたんだ。優雅に歩いて、そしてふらりと倒れた少女に」


「だから、それは私様じゃないか! 意味がわからんぞ!」


「あの少女は今の貴様じゃなかったということだ。あの少女は俺の理想だった。しかし、もうこの世には存在していないし決して再び現れることもないのだろう。少なくとも、悪神ではなかったのだ。だから……俺は、最後のキスで別れを告げたのだと思う」


「は? 脳筋幼女とあの私様は結ばれたのだろ?」


「いや、そもそもきっと俺の恋の相手とデートしたわけではなかった。貴様と茶番を演じただけだった」


「ま、まったく意味がわからんぞ」


「そうだろうな……どうやら俺は、理想に恋をしていたようだ……だが別れを告げた今でも、俺はあの時の少女への感情は、忘れまい。今でも、恋に燃えているのだからな……」


 ロキの顔にはハテナが沢山浮んでいることにトールは気がついていた。そこで初めてトールはこの悪神に勝ったと確信した。ロキはフィギュアやゲームやアニメなどが好きで、たまに嵌まっている。だからトールが浮かべる『存在しない、理想への恋』を理解してもいい筈なのだから。


「ま、まあ……これで解決したのだな! フン! 貴様のせいで一週間分のアニメが溜まってしまったではないか! 見る作業にどれだけ時間が掛かると思っている!」


「手間をかけさせたな……さて悪神よ、最後にこれで終わりとしよう」


「何だ? まだ私様が何かしないといけないのか?」


「この一日、俺達の行動はアースガルズの神々に見られている。今の会話も全部聴かれていて、俺がもっと別の者に恋をしていたことも分かったのだと思う。だが、そうなると俺は散々貴様に踊らされたことになるのだろう。貴様も無駄な演技も、演出も、そういうものに」


「な……ちょ、ちょっと待て! ミズガルズの恋愛では、ああいう感じにデートするのが最新なのだ! そ、そうではないか! 私様は、ほら、私様も必死だったのだ! 大体、もう恋の呪縛も解けたのだからいいではないか!」


「そうだな。しかし、貴様が俺達をくだらないことに巻き込んだのは間違いない……ならば、これで全部チャラだ」


「ちょ…………ふごあああああああああああああああ!!!!」


 更にロキが口を開こうとする前に、トールのアッパーがロキの顎にクリーンヒットし、そのままロキはまるで格闘ゲームであるかのように夜空へと吹き飛び、そして公園の地面に落ちて砂埃をあげた。


「さて、みんな帰るぞ。もう俺は大丈夫だ。心配かけたな」


「そうか……まあ悪神に恋なんてするわけないし、トール様をもて遊びやがって」


 まるで泥棒猫を罵倒するようにフレイは吐き捨てた。


「まあぁ、あんなのぉデートに入るかぁわかりませんからぁ」


 最初から分かっていたかのようにブラギも便乗した。


「ビルスキルニルの者達も心配していることだろう。さっさと帰って顔を見せてやれ」


 テュールの言葉にトールは頷いた。


「さて、帰るとしよう……さらばだ、俺が恋した、美しい人よ」




 後に残ったのは、地面に倒れたロキと、心配しつつも起き上がらないことをいいことに倒れたロキを愛でているオーディンと、おどおどとしているシギュンだけである。

 不快感に襲われながら、まったく恋のロマンチックなど消えてしまったロキは、星空に浮ぶハティに一切襲われていないマーニの綺麗な月を眺めながら、見えない何かに向かって叫んだ。


「シィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ〇ト!」

次回未定

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