それでも理想に恋をする その七
アースガルズの街中にある一つの喫茶店へとロキとトールは向かった。その最中二人は特に会話をしていなかった。だがそれでも不思議と緊張したトールの表情は確かに今の状況に恋愛様の何かを感じているのだというのはよくわかった。
全ての席が空席であるその小人が経営する喫茶店に入ると、そのままロキは明るい窓際の席へと脚を進めた。
「この席にしましょう! 陽射しも入って、暖かいから」
「いいのか? 今は夏季だぞ?」
「いいんです。だって、明るい方が私様をしっかりみえるでしょ? ……じゃなかった、トールさんを良く見えるから……」
「少し遅かったな。だがロキに従おう」
そういうとロキとトールは席に座った。
と、同時に後をつけてきた多くの神々もそれぞれの席にドスンと座った。そして全員が全員、様々な感情を抱きながら二人の席を見ていた。
「ふふ♪ おかしいですよね、トールさん♪ 今の私様、やくざの跡継に手を出そうとして睨まれているような、ちょっとハラハラした気分です♪」
「そ、そうか……まあ、こいつらが何かしてくるようなら、俺が守ってやるからな」
「ありがとうございます。さ、紅茶を二つ頼みましょう」
そう言い終わると同時にさっとテーブルに二つのティーカップが置かれた。何という小人のサービスの良さ! 他のテーブルにもメッ〇ールやドク〇ーペッパーらしい液体の入ったグラスが置かれていった。きっと小人は明日の朝、ソールの太陽の馬車を拝むことなく、ニヴル・ヘルに流されていることだろう。
長い髪に少し手を当て、ロキはゆっくりと上品に紅茶を飲んだ。そのような飲み方を知らないトールは、一気に紅茶を喉へと流し込み、ごくりという音を何度も立てた。
「緊張されているのですね。大丈夫です、回りには私様の敵しかいませんから」
「あ、ああ、そうだな……それで、これから何をすればいいんだ?」
「当然お話です。トール様の趣味である格闘技の話とか興味があります」
「そうか……さ、散々時代遅れの銃も使わない戦術でそんな動画を見るくらいなら格闘ゲームやってる方がマシと言い切っていたんじゃないのか……」
「それは、今の私様じゃありません。普段の私様がそう思っているだけなのです」
「ややこしいな……まあいい。じゃあとりあえず変わったところで合気道の話からしようか。そもそも合気道とは……」
「こうしてトールはロキと長い間楽しく格闘技の話題に花を添えた」
「……は?」
「知らないのですか? ミズガルズの最新の恋愛では、こうやって話をカットして先に進むのです。だから、もうトールさんは長い間格闘技の話をしたのです」
「い、意味が分からんぞ! まだ成り立ちや原理について一言も言ってないだろ!」
「仕方がないではないか! 興味ない……いや、まあ、ほら……み、みんな見ているだから、もっとロマンチックな話題をしなければならないだろ!」
「おい、素に戻ってるぞ、悪神」
「いいえ! 今の私様は、さっきの格闘技に興味ない私様ではありません♪」
「だからややこしいだろ! まあいい……ともかく、これからどうするんだ?」
「当然ですが、イベントを一つ済ませたら今度は店から出たシーンから始まるのです。まかせてください、最新のミズガルズのデートもばっちりなんですから」
「わかった……ロキに任せよう」
またロキは手をテーブルの上に差し出した。その手を躊躇いながらトールが掴むと、そのまま二人は立ち上がり、出口へと向かっていった。
その二人が立ち去るよりも前に、まるで尾行する探偵のようなタイミングで喫茶店を満席にしていた神々は立ち上がると二人の後を追い始めた。




