それでも理想に恋をする その一
何故こんなに美しい者を求めることが罪なのだろうか。
長く綺麗な整った髪に、可愛らしい頬に、美しい肌に。
彼女を見るとすぐ、全てがラグナロクを忘れたように、昔の黄金の色が濃かったアースガルズを思い出させるように、世界の輝きが強くなり、全てが金色を放つようになった。
もしもこの美しさを比喩するならば呪いに他ならないだろう。何故なら、勝利の剣を投げ出すような嘲笑に値する愚考でさえ、誰もが彼女の肌に手を触れる為なら喜んで冒すことになるのだから。
ああ! 今ならば理解できることだろう!
太古より様々な恋による悲劇が繰り返される理由を!
自室で目覚めたトールは、自分のパジャマがびっしょりと汗で濡れていることに気がついた。そして高揚と恐怖で酷い混乱に陥ったように感じた。
「は……馬鹿な……いや、だとしても……」
考えることが苦手であるのに、とりとめなく意味の無い回答が脳裏を駆け巡った。しかし、朧な記憶はただ明白な回答を与えない。だが夢には何か意味が存在する筈だ。もしや予言のようなものなのかもしれないし、過去の記憶なのかもしれない。確実にいえるのは、まったくトールは狼狽する以外の方法が無いということだった。
だとしてもトールは自分の胸が高鳴り、感情が何か燃え上がるのを感じていた。だが燃えたところでどうしようもないことを分かっているので、ただ少しだけの幸運を一日の始まりに覚えただけのことに過ぎないと己を静めた。
もしもあの美しい姿が風化するほどの、例えばたった一日の時間でもあれば話は違ったのだろう。また夢に何ら意味が無いと割り切れるほどトールが大人であれば違ったのかもしれない。
しかしイズンの林檎はトールの成長を止めてしまっていた。そして偶然を偶然と無感受に過ごすには、あまりにも少女はセンシティブだった。




