勉強少年の逃避行 その二
普段降りる街の駅を通り過ぎ、更に先にある別の大きな街で彼と少女は降りた。彼女は電子マネーを持っていたが、彼は片道の切符だけを買っていたので追加の乗車賃を払った。黄昏は既に過ぎて夜になっていた。彼はおかしく感じた。終わりの時間を茜色に見ていたはずなのに、気がつけば終わりの時間の真っ只中に立っていたのだから。
「君、家に帰らなくていいの」
そう尋ねてから彼女の名前を知らないことに彼は気がついた。しかし態々聴くのもセクハラのように思えてしまい、尋ねることはしなかった。
「問題ない。私様は十八歳以上だからな。何なら身分証明書でも見せてやろうか」
「仮に成長ホルモンの分泌異常だったとしても、小学生と大人を間違えたりはしない」
「私様を疑っているのか! ほら、見てみろ!」
ジーンズのポケットから少女は何かカードのようなものを取り出した。驚いたことに運転免許書であり、確かに写真には少女の顔が貼られている。名前の部分は少女の指で隠されていて見えなかったが本当に十八歳以上であるようだった。
「すいません。まさか年上だったなんて」
「ふん! 分かったら年上の命令は聞くものだな! さっさと辺りを警戒して進むのだ!」
そう言うと虚勢が何処かにいってしまったかのように少女は腰を屈めて辺りを見渡し始めた。しかし辺りを歩くサラリーマンは彼等の顔を見ようともしない。車も流れるばかりだった。
「ともかく、このまま歩き続けるわけにもいかないね。どこかで夕食でも食べましょうか。けど、あまり高いところは勘弁してください。学生であまりお金が無いんです」
「フン! どこか店に入って食べるなど、リア充でもやっていればいいのだ! それより小人や巨人に見つかる前にさっさとネカフェに隠れるぞ!」
「ネカフェって……」
「マ〇ボーならこの辺りにもあるだろうな! ともかく、何処でもいいからさっさと入るのだ……あそこにあるではないか」
確かに二四時間営業のネットカフェがビルの一階から数階にかけて経営されているようだった。
入り口の前に立つと彼は躊躇いつつ足を止めた。
「どうしたのだ。何故入らない」
「ネットカフェってテレビでしか見たことがないんです。初めて入るので少し緊張して……」
「は……貴様、別にメイドカフェやドロドロのスープの出るラーメン屋に一人で入るわけではないのだぞ。ってか、ミズガルズの都会の若者は基本的にネカフェで暮らしていると聞いているのだが」
「まさか。ネカフェ難民って言われる人はいるらしいのですが、友人には誰一人いません」
「まあいい。さっさと入るぞ! 身分証明書はあるな!」
「はあ……」
少女に流されるまま彼は暗いネカフェの受付へと脚を運んだ。




