オンラインカードゲームは『基本』無料 その五
ここまでは全てスリュムの想定通りの展開だ。
ロキは本気で勝ちに来ている。
だからデッキを変えることも出来るのに北欧のラグナロクデッキだけを使っている。
決勝に勝ち残ったロキとスリュムのアバターは、広場の中央で見合っていた。そしてスリュムはこれまで集めたフレイアと、ロキの出す多量のフレイアに見合うほどのカードを追加で賭けていく。当然帰ってくるものなのだから躊躇わない。もはや負ける理由は見つからないのである。
試合の設定も完璧だ。
チャットは完全に隔離してある。外の声も届かないし中の声も届かない。そしてデッキ変更も可能だ。だからどのようなデッキを使おうが卑怯ではない。
アンティルールでのお互いの同意が終わると、カードゲームのフィールドが画面に映る。
こうなればもう勝負はついたようなものだ。
『マリガンする』
チャットでロキは宣言したことでますますスリュムの勝利は確定的になる。
初期手札が悪い時に引き直す『マリガン』が『ロード オブ アースエイジ』では認められている。しかしマリガンは回数制限が無い代わりに『戻した手札の枚数-1枚』しか引くことが出来ない。つまりマリガンを行えば行うほど初期手札が減り、そのアドバンテージの差が致命的になることも多く、ほとんどするものはいない。
一度ロキが引き直し、コイントスで先攻を決めた。先攻は、スリュムである。
先攻が取れたことも大きい。北欧デッキはラグナロクを経由しないといけないので若干展開に時間が掛かるからである。
しかし、いずれにしてもスリュムは展開の時間を与えるつもりはない。
スリュムの初手は……何てことだ! 『破滅を呼ぶ総統の演説』ではないか!
その効果により『親衛隊の召集』を発動させると、手札やデッキから多量のドイツ軍がフィールドに現れたではないか!
これを見た観客も、全員がスリュムの勝利を確信したことだろう。
第二次世界大戦のドイツをイメージしたデッキである『ゲルマン民族の進撃デッキ』は一ターンに大量展開し、そのまま制圧を維持するというデッキだった。だが弱点も多く『三国志デッキ』に対して先攻を取られれば為す術も無く負けることも多い。しかしラグナロク関連のデッキには抜群の相性を持っている。次のターンには一斉攻撃が開始され、一瞬でヴァルハラは壊滅することだろう。
それだけではない。
展開により消耗されたスリュムの手札、その最後に残った一枚は『焦土作戦』である。アースガルズ関連のサポートを行うカードは土地カードであることが多いが、『焦土作戦』はそれを完全に無効にする。ラグナロクを待つ前にアースガルズは焦土と化すのである。
『ゲルマン民族の進撃デッキ』によりロキのデッキに対し、完全なメタを張り、封殺して圧勝する。
これこそがスリュムの作戦だ。
そして次のターンが本番だ。
何も出来ずに負けを待つロキをチャットで全力を出し煽るのである。
これまでフレイアを一方的に奪われて来たファンクラブの恨みを代弁するように、徹底的に煽るのだ。その煽りは外に漏れることはないだろう。チャットの保存システムも切ってあるから動画も証拠にはならない。なっても同情する者もいないし、BANも無いだろう。
ロキのターンになる。
そのターンをスリュムは眺める……
一枚のカードが場に出る。
カード名は、『混沌を呼ぶ魔術書 ネクロノミコン』
スリュムの表情が固まる。思考も止まる。北欧デッキには絶対入らないカードの筈だ。
次に出るのは、デッキから現れたカード。『混沌を冷笑するナイアーラトテップ』……
何が起きているのかスリュムは分からなかった。
いや、どうしたら信じることができるのだろうか?
『混沌を呼ぶ魔術書 ネクロノミコン』は条件を無視してクトゥルフ関連カードを召還する。しかし、召還されたカードには『たたずみ』が付与される。『たたずみ』を持ったカードは攻撃できない代わりに、破壊しない限りロキにダメージを与えることも出来ない。
『混沌を冷笑するナイアーラトテップ』は物理攻撃の完全無効を持っているが、魔法や奇跡関連のカードで簡単に倒すことができる。
問題は……北欧デッキのメタに特化したスリュムのデッキには、物理攻撃関連以外のカードが一枚も入っていないのだ!
《どうだ? メタにメタを張られた気分は?》
チャットにロキの言葉が流れる。そしてロキの言葉が淡々とチャット欄に流れていく。
《お前が私様のデッキ対策にゲルマンデッキを使うことは分かっていた。貴様は参加者の私様の研究を進めたように、私様も参加者全員の研究は済んでいる。だから招待状が届いた前後から貴様が突然ゲルマンデッキを使い始めていることから、使って来るのは想定は出来た……一番フレイアカードを持っているのは私様だからな。デッキ内容もまったく変わっていないのも想定内だ。ここまでは別のデッキを使っていたのだから、絶対使ってくると確信していた。ならば、ルール通りデッキを変えてやったぞ》
何てことだ!
悪神ロキは、完全にスリュムの作戦を読み切っていたではないか!
ロキのターンが終わり、スリュムのターンになる。ドローしたカードは『総統の決断』だ。全てのナチカードの攻撃回数を増やすものだ。これだけの展開をしていれば、このターンにロキを倒せた筈だ。
しかし、意味が無い。
『混沌を冷笑するナイアーラトテップ』を倒さなければ物理攻撃は効果が無い。
まるでトールの暴れる舞踏会を天井から眺めるように、ロキの煽りチャットがスリュムの前に現れる。
《どうだ??? どんな気分だ???? ねえねえ、どんな気持ち???? 散々私様の対策して、決勝戦まで来たのに最後の最後でメタられてどんな気持ち??? ほらほら、どうするのだ??? ねえねえ??? ゲルマンデッキにも呪術系のカード結構あるよな??? ねえねえ、入ってるの??? ねえねえ??? 普通のデッキなら大分お前に有利な展開だよな??? たたずみ旧神なんて、糞弱いからな??? ねえねえ???》
何もせずターンエンドして、ロキもターンエンドし、またターンエンドを宣言すると、スリュムは画面の前で奇声をあげ、半泣きで『卑怯者』と罵るチャットや、思いつく限りの罵詈雑言をチャットでロキに送りつけた。
だがロキは満足そうにあざ笑い、煽り返すだけだ。
当たり前だ。
これは口喧嘩を競う競技ではなく、与えられたカードでの戦略を争うカードゲームなのだから。
数ターンが経つと、ロキのフィールドに『闇に囁く白痴の神 アザトース』が現れ、展開を続けていたスリュムの軍は全て発狂しニヴル・ヘルに送られると、そのままロキの攻撃が入り、発狂するスリュムの画面には『Lose』の文字が表示された。




