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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
ニーベルンゲンの指輪物語
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ニーベルンゲンの指輪物語 その十二

 潮風は既に冷たく、真昼だというのに茜色が混ざろうとしているように思えた。

 まるで幾億の人が列を成しているように海上で反射する光は、輝いては消えていった。


 誰もいない砂浜で波を眺めながら佳苗は自分のことを考える。全知全能はただ知識を与え予言を可能にするだけだ。だから佳苗が求めるような回答を何一つ示さないし、佳苗も示さそうとも思わない。当然だろう。佳苗の望む物は正解でも真実でもない。自分の力で切り開く思考に他ならない。解答冊子を見ながら解く問題で得られる満足など、たかが知れている。

 だから佳苗は今回の件だって亀下の思考を予言することはなかった。


 佳苗は自分の右指で黄金の指輪が光るのを見た。この指輪は悲劇を呼ぶことは知っていたし、自分の黄昏を早めるのを分かっていた。だが、悲劇の本質を佳苗は分かってはいなかった。


 思えば、佳苗はただ、自分が正しいと他人に分かって欲しかった。知性を優先してきた自分こそが正しいのだと。

 だが、何故皆が自らを凡人だと認め、知的ではない日々を過ごしているのだと理解しなかったのだろう。

 亀下教授も、自分のことを天才だとは少しも思っていないに違いない。だからこそ、天才を否定しても協調を取ったのだ。他の学生もそうだ。だから佳苗の正しいと思うことは、決して彼らには理解されない。凡人として戦うには、皆で集まって知恵や労力を集めて戦うしかないからである。彼らにしてみれば、一人で戦うことなど、愚かなことに他ならない。


 確かにこの大学が全てではない。亀下教授の推薦で他の研究機関に行けば、佳苗と同じような人が沢山いる場所で佳苗は受け入れられることだろう。予言でもそうわかっていたし、その場合佳苗の黄昏は更に先延ばしになるに違いない。

 だが佳苗はそれが選べない。

 佳苗は気がついていた。

 ただ自分が何気ない日々を過ごすような人々に自分のことを理解して欲しかっただけなのだと。そして彼らは絶対に佳苗の考えを受け入れることはないのだと。

 彼らにしてみれば、佳苗の考え自体が非常に間違ったものなのだ。




 佳苗は高校時代に一度だけ恋をしたことがある。

 そこ時のクラスメイトの男性に好かれるように自分を磨き、勉強も頑張ったのだと思う。

 だが彼に告白した時、たった一言が返って来ただけだった。


「ごめん。俺頭悪いから、勉強できてもよくわからない」


 瞬間、佳苗にある恋などの感情はまったく消え去ってしまった。

 それからは全ての恋愛を感情を否定するように、永遠と勉強をして、大学に入り、大学でも同じように勉強と研究を繰り返した。

 大学では好きな科目だからと有機化学を専攻した。それから永遠と実験を続け、留学を一年し、日本の大学に採用された。


 思えば、あの高校時代の告白こそが悲劇の始まりだった。

 そもそも学問にのめり込んだのも、このような黄昏に脚を踏み入れたのも、その告白の失敗が始まりだったからである。いや、もしや学問の素晴らしさを誰かに理解してもらいたかったのは、その男子に自分のことを理解してもらいたかったからなのかもしれない。その願望に指輪は付け込んだ。だから、悲劇は指輪が起こしたものではない。佳苗の選択肢や弱さにより、佳苗が作り出したに過ぎない。


 黄金の指輪を佳苗は太陽に翳した。

 そして、大分長い間忘れていたような微笑を佳苗は浮かべた。


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