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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
ニーベルンゲンの指輪物語
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ニーベルンゲンの指輪物語 その三

 翌日は何事も無く始まる。研究室を開けるのもいつもの時間だ。

 神々が立ち去った後、二村佳苗ふたむらかなえは一度家に帰り仮眠を取ると、シャワーを浴びて研究室へと出て来た。朝の研究室は妙に静かである。同年代の人々が今の時間より前に満員電車に揺られているなど、もはや創作のようにさえ思える。

 

 自分のオフィスに積んでいる論文の幾らかを整理して部屋の隅に置いた。ニーベルンゲンの指輪を海岸で手に入れてから永遠と書き留めたものだ。知らない筈の物理方程式や化学反応式までが頭に浮かび、様々な問題を解決してくれる。この指輪はそれほど強烈なものだった。


 ある程度整理が終わると、今度は実験室に向かい実験にかけていたフラスコの反応を止める。中には失敗するとわかっている反応が進んでいる。だがこれは教授の研究だった。あまりに非効率的な方法に冷ややかな視線をフラスコへと送っていた。


 TLC板で化合物が無茶苦茶であることを確認するとすぐに、研究室の学生が現れ佳苗へ挨拶をする。佳苗も返すと学生は乾燥機にかけてある実験器具を取り出し始めた。

 そうしてしばらくすると、他の学生も集まり出し、それぞれの実験を始めた。その光景を眺めると、更に感情が冷たくなるのを佳苗は感じた。この実験のうち幾らかは失敗するに違いない。そして自分は必ず成功するルートを知っているのである。


「おはよう、二村君」


 研究室に佳苗の上司である亀下郡司かめもとぐんじ教授が入って来た。


「おはようございます、亀下先生」

「どうかね、実験の方は?」

「今のところは想定通りです。サボっている学生も幾らかいることも含めてですけど」

「いかんな、最近の学生は悪い癖がついている。彼らにもちゃんと来るように連絡しておいてくれ」

「わかりました……」


 そうは返事をしたが、佳苗は乗る気ではなかった。サボっている学生を研究室へ呼び出し実験をさせる方法は幾らでも脳裏に浮かぶ。だが、そんなやる気の無い学生に実験をさせるのは面倒だった。自分が一から教えなくてはならず、その分様々なことが遅れるに違いないからだ。しかも大体は過去の先輩の卒業論文をコピーして卒業していくのである。


「後、講義に関して学生から苦情が来ているよ。君の講義は難しすぎるとね」

「すいません。どうも匙加減が利かなくて。あれくらいなら基礎だから調べてくれると思ったんですけど」

「それでもだね、教科書に載っていない人名反応はダメだよ。全部とは言わないが、なるべくカリキュラムから外れることは避けてくれないとね。じゃあ講義に行って来るから後は頼んだよ」

「はあ……わかりました」


 講義の準備に教授室へと入っていったその背中を佳苗は見送ったが、それから酷い嫌悪感が湧き上がるようだった。

 最近まで亀下教授に対して劣等感のようなものを佳苗は抱いていた。それは、亀下教授が有名な有機合成の研究者で、海外でも名の知れた人物だったからである。そのうえ指導もうまく、人望もある人だった。


 だが指輪を手に入れてからは、自分が亀下教授よりも有機化学に精通してしまったことに佳苗は気がついてしまった。

 そうなると、教授の選択する実験があまりに非効率的で愚かなものに思えてしまう。

 教授が反応自体を知らないから選択しているものもあれば、知っているのにあえて見掛けだけ効率をいいものを選んでいたりするのだ。


 心の中だけで佳苗は舌打ちした。


 それから絶対に研究室に来ないだろうと思いながら、無難な研究室への召集メールをサボっている学生に送った。

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