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4話続き&5話

 静まり返った教室で、それぞれ頭を掻いたり、ペンをクルクル回したりしながら数学のテストと睨み合う。僕はそんな様子を見回して、改めて奈緒に感謝した。

 客観的に見て結構難しいこのテスト。しかし、僕のペンは止まることなく、すらすらとテスト用紙の上を走った。

 大事だ、と教えてもらったところがほとんどテストに出ていたのだ。

 回答欄が全て埋まったテスト用紙を見て、軽く見直しをする。とはいっても間違いはとくに見当たらず、十五分ほど時間を残して僕は机に突っ伏した。

 顔を横に向けると、腕の隙間から机に突っ伏した塩崎さんが、その奥には奈緒が見える。

 奈緒は退屈そうに肘をつき、なにも書かれていない黒板を眺めていた。

 大学の勉強まで予習が済んでいると言っていた奈緒には、こんなテスト余裕だったんだろう。

 あんまり見ていてカンニングと間違われるのも嫌やなので、僕は目を閉じた。

 奈緒って、なに考えてるんだろう。



 すごく腹が立つ。

 それは、教壇から見下した目で教室を眺める教師せいではなく、このバカみたいに簡単な数学のテストのせいでもない。

 ……あいつのせいだ。

 なにも書かれていない黒板に、あいつが塩崎さんと話してるときの顔が写る。頬を赤くした、ニヤニヤ顔。女性恐怖症だかしらないが、私にはあんな顔しない。

 考えてたら、また胃がムカムカしてきた。

 だいたい塩崎さんも塩崎さんだ。あいつのこと好きでもないくせに好きなフリして。しかも私が夏木くんと付き合ってるとか嘘つくし。

 そんなに私が嫌いなの? というか、あいつもあんな清楚被ったキャラが好きなの? 引っ張ってくれる強気な女が好きなんじゃないの?

 体の中に溜まった行き場のない怒りが、ため息となって口から出る。

 もう婚約指輪も貰ってるんだから、告白でも、プロポーズでもしてくればいいのに。

 ……いや、全体告白させてやるんだ。

 私――近藤奈緒を怒らせたら凄いんだから。

 永久に私の手の中で踊らせてやるわ。



 チャイムが鳴り終えるとともに教室は一気に賑やかしくなる。これから掃除なのだが、皆そんなことお構いなしにお喋りを開始していた。

 そんな中、僕は椅子にもたれ掛かり、大きく伸びをした。

「なぁ、テストどうだった?」

 今たぶん、教室内で一番言われているであろう質問をしてきたのは、青白い顔をした高彦。

「かなり難しかったよな」

 と、高彦は苦笑いで続ける。

 テストが出来なかったんだ。そう口には出さずに、心の中で哀れみながら僕は言う。

「すごい簡単だった」

 正確に言えば『奈緒のおかげ』で簡単だった。

 それを知らない高彦は、信じられないという表情だ。

「……マジで?」

「マジで」

「お前、そんなに賢かったっけ?」

 高彦の焦り顔に、少しだけ優越感を味わう。

「まぁ、宿題は一人でやってよね」

 高彦はため息を一つ吐き、とぼとぼと自分の掃除場所へと消えていく。

 僕もそろそろ行こうかな、と思い席を立とうとする。すると、再び声をかけられた。

「テスト出来た?」

 塩崎さんだ。高彦が行ってしまったところに間の悪い。

「あ、まぁ、うん」

「そう、さっき勉強してた甲斐があったね」

 なんだか塩崎さんの様子が少しおかしかった。もじもじとして、いつものような意地悪もしてこない。

 僕は頭にハテナマークを浮かべながら、塩崎さんを見つめる。

 塩崎さんは一つ息を吐き、胸に手を添えながら絞り出すような声で言った。

「放課後、ちょっといいかな?」

「えっと……」

 今までに見たことない弱々しい塩崎さんは、ピンクに染まった頬をうつむかせ、恥じらうようにしている。僕は訝しみながらも、頷いた。

「ありがと。じゃあ、私掃除行くね」

 そう言い残し、塩崎さんは小走りで消えていく。

 正直、なにをされるのだろうかと不安だ。

 だけど、もしかして、とも思う。

 絶対にあり得ないことだが、考えてしまう。

 塩崎さんが……。

 ……僕に?

 その場で立ち尽くしていると、友達に背中を叩かれてハッと我に帰る。

 掃除場所に向かいながらも僕の頭はそのことで一杯だった。


◆◇


 告白。

 その言葉で思いつく記憶といえば、高彦が告白されたのを冷やかしに見に行ったこと。それと、その高彦から言いつけられた、奈緒への告白。……なんだか少し悲しくなる。

 だけど、その悲しさは今日で終わるかもしれない。

 塩崎さんのあの態度。漫画やドラマでああいう態度をとった女性はたいがい、する。

 塩崎さんみたいなモテる人が、僕なんかには有り得ないと思うけど、どうしてもそう考えてしまう。

 どうしようもなく、胸がドキドキしていた。

 そう、僕は女子と話したりするのは苦手だけど、女性に興味がない訳ではないのだ。人並みに女性への興味はあるし、付き合ってみたいとも思う。

 だから、さっきの恥じらう塩崎さんを見たときドキッとした。

 塩崎さん、可愛かったなぁ、と思い出す。奈緒だったらああいう表情で言い寄って来た場合はほぼ罠だけど、塩崎さんは奈緒のような手の込んだイジメはして来たことがない。大概、直接攻撃だ。

 考えていると、余計に『もしかして』の気持ちが大きくなっていた。

 あくまでも、『もしかして』なのだが……。

 でも、もし本当にされたなら嬉しいなぁ、とも思う。

 そんな幸せな妄想をしていると、再び、声をかけられた。

「おい、いつまで掃除やってるんだよ?」

「えっ? あぁ、ごめん」

 さっき背中を叩かれた友達だ。

 彼は呆れたように息を吐く。

「なんか今日、ぼっとしすぎじゃない? なんかいいことでもあったのか?」 

「いいことがありそうな予感がするんだ」

 彼はふーんと呟き、言う。

「そう思ってるときは、以外に悪いことがあるんだよ」

 結構痛い所を突かれ、僕は苦笑いした。

 そうだね。ただの妄想なんだし、あんまり浮かれるのもよくない。有頂天からたたき落とされるかもしれないんだから。

 ……そういえば、前にもこんな経験してたじゃないか。

 ふと嫌な思い出が蘇った。

 記憶の隅に押し込めていた記憶。

 小学生の時に、初めて告白されたときのこと。

 その時の映像が一瞬頭に流れて、胸が苦しくなった。

「お、おい?」

 彼が心配そうにこちらを見ている。

 すぐさま記憶を押し込め、平然を装う。

「な、なんでもない……」

 奈緒や小学校の同級生達には爆笑されるけど、僕にとってはトラウマになっているほど嫌な思い出。

「なんか顔色わるいぞ?」

「大丈夫」

 そう言いながら必死に昨日読んだ漫画のことを思い出し、嫌な思い出から意識をずらす。

 変なことを思い出してしまった。せっかく幸せな気分に浸っていたのに台なしだ。

「とりあえず、教室に戻ろうぜ」

 僕は頷き、一気に下がったテンションのまま、教室へと戻った。



 帰る前の、いつも長めの先生の話が続く。

 その間も、チラチラ隣の塩崎さんからの視線を感じていた。

 さっきまでの自分なら、これ間違いなく告白だ、とか喜べたけど、今はその視線が恐くなってきた。

 絶対なにか企んでるよ、とか思う。

 塩崎さんに着いて行ったら恐い男の人とかが待ち伏せしていて、お金とか巻き上げられるんじゃないだろうか。ボコボコにされるんじゃないだろうか。

 最悪な未来が頭に浮かぶ。

 なにせ女性は恐い。

 見た目、仲良くしてる女子達だって影では互いに悪口を言い合ってるし、優等生で真面目っぽい子がイジメをしていたりもする。塩崎さんだってそうかもしれない。

 だから考えてしまう。もし告白してきたとしてもあの子のように……と。

 帰りたい、と思った。

 なにか適当な理由を付けて帰ってしまおう。

 そうだ、奈緒に言われて部活に行かなくちゃいけないとか言い訳しよう。奈緒に土下座すれば、口裏合わせてくれるかもしれない。

 そんなことを考えていると、先生の話が終わったようだ。

 塩崎さんが隣に立っていた。

「あ、あのさ……」

 もじもじと可愛らしい塩崎さん。普段なら、あぁもう可愛いなぁ、とか思うだろうけど、今は思えない。

 いつもながら床を見ながら、慌てて距離を取る。

「あああ、あの、ちょっと待って!」

「ん?」

「その、奈緒に……」

 言いかけて、塩崎さんに遮られる。

「大丈夫。もう言ってあるから」

「えっ?」

 出鼻をくじかれ僕は戸惑った。塩崎さんはそんなのお構い無しに続ける。

「さっきね、言っておいたの。告白したいから、借りるねって」

 塩崎さんの瞳が、猛禽類のような鋭い光を放った、気がした。

 これは……、告白という極上の餌を使った罠だ。僕は思わずたじろぐ。

「人気の少ない場所……。そうね、前使ってた美術室とかがいいな」

 塩崎さんに袖の端を掴まれた。

「えええ、えっと……」

 床の方を向いていた視線を僅かに上げる。

「安心して、今までみたいにからかってるわけじゃないから」

 黒髪が淋しげに揺れ、ピンクに染まった頬にかかる。子犬のような潤んだ瞳が、逃げ出そうとする僕の足を引き止める。

「あ、う……」

 そんな時、しどろもどろするのが僕の精一杯だった。


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