3話つづき&4話
そんな最終兵器を出されたら、正直手も足も出ない。僕と高彦は無言で教室に戻った。
教室に戻ると、塩崎さんは友達と教室の隅の方で話していた。僕は安心して席に座り、奈緒の方を見る。
右列の一番前の席で、一人静かに本を読んでいた。前に覗いたことがあるのだが、難しくて何がなんだかさっぱり分からないような本だった。たぶん今読んでるのも難しい本なんだろう。
……僕が彼女に告白するのか。
自然と、ため息が出た。
無理だね。
そう、家が近い幼なじみというだけで奇跡なんだ。一生分の運を使い果たしていると言っても過言じゃない。それ以上の、好いた好かれたの仲になるれるほどの運気はもう残っていないんだ。
とはいえ、高彦のことだ、告白はさせられるに違いない。面倒臭いことに、高彦は古きよき日本のお父さん方も驚くほどの頑固者なのだ。
告白か、と思う。
よく、仲間内の罰ゲームで『好きな人に告白』とかいう残酷かつメジャーなものがあったけど、僕に告白する権利はあるのだろうか?
だって、好きな人に自分の想いを伝えることが、告白。
はたして、僕は奈緒に、『好き』だという恋愛感情を持っているのだろうか?
好きというのは、一緒にいてドキドキしたり、いつも相手のことを想っていたり、ずっと傍にいたいという気持ちだと(古い少女漫画のようだけど)僕は考えている。
確かに、奈緒と一緒にいればドキドキする。だけどそのドキドキという気持ちは、恋というよりは、百億円のダイヤを持たされて歩いているような、ハラハラするような気持ちに似ている。
奈緒の傍には、正直に言えば、いたいと思う。だけどそれだって、奈緒が美人だから、かもしれない。美人じゃなかったら、そうは思わないのかな?
そんなかっこつけた、恥ずかしい自問自答を繰り返していると、ポケットで携帯が振動した。
見れば、奈緒からのメールだった。
『なに見てんの』
奈緒が眉間にしわをよせ、こちらを睨んでいる。僕は、真っ赤になった顔を隠すために、机に伏せた。
塩崎さんの妨害を受けつつも、なんとか授業は終わる。僕は奈緒の後方という定位置につき、教室を出た。
部員が二人しかいないし、正式許可さえされていない部活(?)に行くためだ。
部室(?)の位置の関係上、僕らは下校する生徒達の流れに逆らって廊下を進む。
「奈緒〜、はやいよ〜」
「あんたが遅いの」
ズバッと断言する美少女は、煌めく金髪を揺らし、僕の言葉など聞き入れる様子もなくさっさかと進む。
「どうせやることなんてとくにないんだから、ゆっくり行こうよ」
「やることなら、あるわよ」
「え、なに?」
「ローキックの練習」
「……ムエタイは危ないから止めて下さい」
「なに言ってるのよ、キックはローに始まりローに終わると言われるほど大切な技なのよ。練習しないわけないでしょうが!」
「ご、ごめん……って、なんで僕が怒られるのさ! それならムエタイ教室かなんかに行ってよ!」
「じゃあ肘」
「肘は死ぬって!」
けたけたと笑う奈緒。僕はやはり変わらず、奈緒の後ろを歩く。歩くのが遅いからとか理由ではなく、さっきから普段以上に彼女を意識してしまって、横に並べない。もうたぶん、顔はまともに見れなくなっていた。
告白。そのことが頭にあるだけで、奈緒がいままでよりもさらに輝いて見える、魔法の言葉だった。
「……なんか、今日のあんた変」
「えっ?」
声が、上擦った。
奈緒が金の髪を宙に舞わせ振り返る。思わず、バッと視線を下に落とした。
「ずっとこっち見てたときといい、夏木君のこと聞いてきたことといい、もしかして、二人だけになったら押し倒してきたりしないでしょうね」
最後にふふんと嘲笑のような笑いを加える。
茶化しているんだから……、言い返さなきゃ……。
「な、なに赤くなってるのよ!」
「……押し倒したりしないから」
「つっこみが遅いわよ!」スパァンと頭を叩かれた。「なんか、こっちまで恥ずかしくなるじゃないっ」
奈緒は荒ぐ口調で続ける。
「ホントに、なんか、変よ、あんた」
「ご、ごめん」
奈緒の歩調が速くなる。
「なんか、まるで」小さく、呟いた。「私のこと好きみたいじゃない」
そう言った気がして、見ると、奈緒の耳が赤くなっていたような気もした。
僕は変みたいだ。
◆◇
今日もいつもと変わらない。
朝起きるて、顔を洗って歯を磨いて、母さんの過激な恋愛思想を聞きながら朝ごはんを食べて、制服に着替えて、家を出る。
そして――奈緒と一緒に学校に行く。
「お、おはよう」
「おはよっ」
朝からキリリと引き締まった、綺麗な奈緒の声。
いつものように、奈緒がそのまま歩き出す。
僕も、奈緒の朝日のように輝く金髪を見ながら後ろを歩く。
……はずだった。
「なに俯いてるのよ」
今、なぜか奈緒が僕の隣を歩いている。
ふんわりと香る甘い匂い。絵画から抜け出してきたような美しい横顔。さらさらと揺れる金の髪。
それを今、僕は隣にして歩いている。
「き、今日は歩くの遅いんだね!」
声量がコントロール出来ず、やたら大きな声が出てしまった。
「昨日言ってたでしょ、歩くのがはやいって。私は優しいのよ」
「そうだ、ね」
本当は、死人に鞭状態だけど。
「でしょ。なんなら、て、手も繋ぐ?」
「そ、そんなっ!」
「なに慌ててんのよ、冗談に決まってるでしょ」
奈緒が、顔を熱くした僕を見てけらけら笑う。
今日の奈緒は、塩崎さんより辛い。学校、すごい行きたくなくなった。
「そういえば、今日、六時間目に数学の小テストあるわね」
「えっ」
「あ、忘れてた?」
「う、うん」
勉強、まったくしてなかった。僕は勉強しないでもいい点数とれるような、どっかの天才さんとは違い、勉強してそこそこの点数をとるような人間なのに。
しかも、数学の小テストは点数が悪いと、たっぷり宿題を出される。
……帰ろうかな。ホントに。
「なんなら、私が教えて上げようか? 六時間目だから、時間はあるし。一人でやるよりは、天才の教えを受けたほうがいいと思うわよ」
「……」
天才型の人は教えるのがあまり上手くないと思うかもしれないけど、奈緒は違う。
教えるのも天才的で、お金を払わないといけないんじゃないかと思うほど上手い。学校の先生達よりも親切、丁寧でわかりやすい。
だけど……。
悩んでいると、奈緒の顔が視界に割り込んだ。
「もしかして、私に気を使ってるの?」
やっぱり、かわいい。恥ずかしいけど、目が離せなくなった。
「いや、そんな……」湯だった頭に、山積みの宿題が過ぎる。「でも、やっぱり、その、お願いします」
「よろしい」
奈緒が強い笑みを浮かべた。
僕はその笑いの裏側を想像しながら、恐る恐る聞く。
「……お礼はなにをすれば?」
「どっちでもいいわよそんなの」
まさかのお言葉。
今日は以外に、ツイているかもしれない。
お昼ご飯を食べ終わって、僕はノートを手にしてすぐに奈緒の席へと向かう。
席を立つとき、塩崎さんの妨害があったものの、そこは宿題をやりたくない一心でなんとか切り抜けた。以外にやれば出来るもんだ。
「奈緒、その、お願いします」
またなにやら難しげな本を畳み、奈緒が顔を上げた。
「どこがわからないの?」
「えっと、ここの問題が……」
「……本当に、メール見た?」
呆れた顔で奈緒が言った。
一時間目の放課、奈緒は『天才の教えるテスト対策』という題名で僕にメールを送ってきた。内容は題名の通り、テスト対策。教科書の何ページ目の何行が大切とか、そこの補足説明とか、かなり詳しく丁寧に書いてくれていた。僕はそれを参考に、今までせこせこ勉強していたのだが、
「何回やっても答が合わなくて」
奈緒がノートを手にとり、問題と僕の解答を見る。
「……ここ式の途中で数値変わってるし、ここは足し算間違えてるわよ」
見てみると、本当だった。全く気付かなかった。
「あ、あははは」
苦し紛れで笑う僕を、目を細めて見る奈緒は言う。
「で、他にわからないところは?」
「あ、ここの問題も――」
「勉強なら私が教えて上げたのに」
「え?」肩越しに、塩崎さんが見えた。「うわぁっ!」
「なによ、失礼ね」
「ご、ごめん」
塩崎さんが腕を組み、ぷぅっと頬を膨らませた。
「いやよ、絶対許さないんだからね。許して欲しかったら、私に勉強教えさせて。私、退屈で死にそうだったんだから。遊びたいんだから」
「で、でも」
奈緒にヘルプを送る。
しかし、奈緒はこっちを見る気配さえなく、ただノートに視線を落としていた。
個人的には、塩崎さんの悪意漂う理由が恐くてしょうがないので、奈緒に教えてもらったほうがいいんだけど……、
「奈緒ちゃんだって、忙しいよね? 面倒臭いよね?」
塩崎さんは強引にことを推し進めようとする。
そんなとき、ちょんちょんと横腹をつつかれた。
「ここはね」そう言うと、奈緒に制服の裾を掴んまれて引き寄せられる。「まず展開して計算してから、Xでくくって因数分解するのよ」
「え、あ、うん」
さらに奈緒は、僕の後ろにいる塩崎さんへと視線を向ける。
「私も暇で死にそうだったから、これで遊びたいんだけど」
……なんか声が恐いです。
「えー、たまには譲ってよー」
「いいじゃない、あなたは席が隣なんだし」
つまらなそうに塩崎さんが口を尖らせる。
「ずるいなぁ、いつも奈緒ちゃんばっかり」
奈緒が微笑む。
「私もあなたが羨ましいわ」
塩崎さんがちぇっと舌を鳴らして、友達の所に行く。僕はほっと胸を撫で下ろした。ただでさえ緊張するのに、奈緒と塩崎さんがギスギスした空気を作るものだからさらに居づらくなるからだ。
「他は、大丈夫?」
奈緒は何事もなかったかのように、再開する。
僕は苦笑いした。