21、指揮者に負けないソリストたち
それはある大学の学祭での出来事だった。大学のオーケストラ部と合唱部がぜひ第九をやりたいというので、そこの学生に伝手のあった私がソロを歌うことになった。
しかし、オケと合唱は全員アマチュア、というか学生。プロは指揮者とソリスト4人だけ。
どうなることか・・・と思うけれど、訓練されたオケや合唱ならばそうそうマズイことにはならない。
ところが、指揮の先生が、学祭当日に都合がつかないという。
それで、指揮の先生のお弟子さんが代役ということになった。
振れるのか?
アマチュア指揮者が、アマチュアオーケストラを振れるのか?ソリスト全員に不安が走った。
前日リハでは、指揮の先生が振り、まあ、大学の学祭ならこのくらいできていれば良いでしょう。という感じで和気あいあいだった。
ところが、当日指揮の先生はおらず、ゲネプロで弟子が振ると・・・音楽にならない!
「せーの、ほい!」の「ほい!」が分からないんじゃ、出られない。
止まるオケ。
泳ぐ目線。
怖い~!
あんなに恐ろしいゲネプロは初めてだった。
ゲネプロが終わってから、私は学生に「指揮は気にしないで、いつも通り止まらず吹くんだ」と耳打ちしておいた。
そして本番。
勿論、弟子の指揮は急に上手くなることはなく、オケと合唱を翻弄する。そこにソリストが入るのはなんという緊張だろうか。
しかし、ここでうっかり指揮を見ると惑わされる。
見てはいけない。
とにかくオケを聞き、それに合わせて歌うソリストたち。
学祭の第九は大成功だった。
よくもまあ、誰も止まらずに吹けたものだと、いつもの指揮の先生は素晴らしいのだと実感したのだった。
ゲネプロ:ゲネラルプローベ(独)の略語。“通し稽古”という意味で、リハーサルと同じ意味ではあるが、クラシック界では、直前練習といった意味合いが多い。(リハーサルは普通の練習という意味で言われることが多い)
話し言葉では、ゲネプロ、またはゲーペーと言うことが多く、わざわざゲネラルプローベという人はいない。




