こどく。
僕らは皆、こどくを抱えている。
ひとりぼっちで雑踏の中を進む時、待ち合わせをすっぽかされた時、友達と笑いあっている時でさえ、心のどこかでこどくは蠢いている。
こどくは人を不安で憂鬱な気分にさせる。だから大抵の人はこどくのことが大嫌いだ。僕も嫌いだ。
台所に沸いたゴキブリをぶち殺すように、こどくのことも殺してしまえばいいのかもしれない。
けれど、こどくはしぶとい。潰しても焼いても引きちぎっても、次々と新しいこどくが産声を上げる。
だから、僕はこどくを無視することにした。いちいち取り合うから煩わしいのであって、放っておけばなんのことはない。
そうやって、こどくは誰からも相手にされなくなるのだ。
叫べど喚けど、その声は外に漏れ出ることはなく、他でもない自分にすら届かない。
やがて声の枯れたこどくはみるみる弱っていき、姿を消した。
……もうこどくに苦しまなくても良いのだ。
そのはずなのに、どうしてか心にはぽっかりと穴が空いたようで。
慌ててそれを埋めようとするけれど、思い当たるどんな欠片も空白を埋めることはなくて。
スキマ風は、冷たく吹きすさぶばかり。
もっとこどくにかまってやれば良かった。こどくの言うことに耳を傾けてやれば良かった。
僕は今、とても寂しい。涙を流してしまうほど。なぜって、そりゃあ。
こどく、君がいないからだよ。