表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/95

0話:とある男の回想録 ☆彡

冬の夕暮れ時、窓の外では気の早い宵の闇が下りつつあった。

だというのに電気も点けない薄暗い部屋の中で、唯一煌々と照らされたPC画面の発する青白い光が、

一人の青年の顔を浮かび上がらせていた。


シャープな稜線の顎から伸びた均整の取れた面差し、やや切れ長の瞳は画面を映す。

テレビの画面上でも見かけない程の美青年、だが、それに頓着の無い様子は、乱雑に寝ぐせのついた髪と、

3日間着替えていないチェックのシャツの皺に表現されていた。


「ふふふ……あと2時間で……」


彼が寝食を忘れ没頭しているとある「ゲーム」。

当初携帯ゲームであったソレは最近PCにも対応し、利用者もそこそこに増えてきた。

これに気を良くしたのか、運営会社は新たな機能のサービスを開始した。


――オークション


所謂、交換所機能(ユーザー同士がトレードする機能)ではなく、

運営が特別なアイテムを出品し、それをユーザーがオークション形式で競っていくものだ。


様々な物品が出品されている。


「他の商品は、と。どれどれ、≪羽の生えた靴≫か」


例えば、今、青年の目に留まった≪羽の生えた靴≫。


これはネットゲームユーザーの悩みの種の一つである「行動値」を期間限定で無限化するものだ。


一般に、ネットゲームには行動値というものが存在する。

これはクエストを進める(「進む」等のボタンをクリックする)のに要求されるポイントで

自然回復するものだが、その速度はユーザーのプレイ速度よりもはるかに遅く、

結果、ユーザーはよりゲームを多く楽しむ為に課金して回復アイテムを購入したり、

ぐっと堪えてその時間を待つか、あるいはアイテムを交換所で売却する等して、

溜め込んだりするのだが、いずれにしても制約は多い。


例えば、そんな制約からプレイヤーを解放してくれる魔法の靴が出品されている。

1か月間無制限という破格の性能に、飛びつくものは多い。


「マ石30個か。結構上がったな」


ちなみに、オークションは日本円ではなく≪スペル魔石≫、通称≪マ石≫で取引される。

1個100円。偶にセールで30円~50円で販売されている。


先に述べた「行動値」を回復する回復アイテムが、このゲーム、「スペル・マスター」では

このスペル魔石なのだが、同時に、多くのゲームと同様に通貨の代替機能も担っている。

なお、何故≪魔石≫ではなく≪マ石≫と呼ばれるか、については(無論、運営はスペル魔石と正式名称で表記している)、このゲームのプレイヤー達が”そういう連中だから”、であるとしか言い様がない。


「……っと、よそ見してる暇はないな、大陸、大陸、っと」


だが、青年の目標はコレでは無い。

なんとなればもののついでに買ってしまうだけの資金力はあるが、そうであるからこそ

彼には不要(すでにマ石が溢れかえっており、行動値の回復アイテムに困窮する状況に無い)であるし、

他のプレイヤーの楽しみを略奪するような暴挙をする男ではない。


そんな彼――プレイヤー≪ポコチーニ902≫が狙っている商品。


それが、

「希望の新大陸、≪ホープランド≫、か。自由にカスタマイズ可能な新大陸……」

なのだ。


「まず、大陸の名前は当然、●ープランドに改名だな。東端の小島はエロ●ンガ島、いや、最終ダンジョンの塔にしてもいいかもしれない、それから、地名も……」

――彼は、このゲームを下ネタ塗れに汚染した、


「それから、NGワードを仕込んで大陸内は不意に言葉が下ネタに変換される様にして……」

――その諸悪の根源であり、


「後は地域固有アイテム、地域固有魔法……夢が広がるね……」

――ご乱行は現在進行形で拡大しており留まることを知らず、


「そうそう。新作はまた、みんなに《伝授》しないとな」

――しかし、同時に、大枚をはたいて入手した魔術(ただし下ネタ塗れ)を無償で皆に≪伝授≫することから、一部の者に師とも仰がれる、面倒見の良いトッププレイヤーでもあった。


既に価格はマ石2000個にまで跳ね上がっている。

「ふふ、まだ喰い下がってくる、か!」

新たな入札者はマ石2015個を提示。

しかし、彼は無情にもワンクリックでそれを跳ね除ける。


――現在の価格、マ石3000個


約30万円分。

急激な上げ幅に廃課金者ポコチーニの本気を見たプレイヤー達は潮を引くように入札から手を引いていった。


「ん?」

が、一人、エントリーが残っていた。


――≪ニコポーチ209≫


まるで彼の名前をいじくったかの様な不気味なプレイヤー名。


――はて、どこかで恨みでも買ったのかしらん。


青年、ポコチーニは首を傾げた。


と、その時であった。

携帯電話が久方ぶりに虫の羽音の様な振動を彼に伝えた。


着信を見ると、「母」とだけ表示されている。


彼の母、すなわち現東京都知事であり、先に「健全な青少年育成にかかわる新条例」の制定に尽力した、

≪藤堂 孝子≫である。

久方ぶりの電話だ。


青年はため息を一つ。

その後に、重たい動作で電話を取った。

「……はい」

行規ゆきのり、近所のオーソレイユまで来てくれるかしら?」

「は?」

「レストラン、ああ、それと分かってるでしょうけど」

「ドレスコードだろ? その位は分かってるけど、取り込み中なので、少し待てないかな?」

「駄目。今日は”大事な話”があるもの」


”今日は”ではなくて、”今回も”、だ。

久方ぶりに電話があると、必ず”大事な話”とやらで彼の都合も関係なしに呼び出す。

大抵は、見合いの話だ。


「迎えの車を寄越しているから30分以内で支度して頂戴」


それだけを言うと、通話は勝手に切れた。


再度の溜息。

彼はPC画面に目を落とした。


――マ石3015個、≪ニコポーチ209≫


まだ、喰らい下がっているユーザーの姿がPC画面に映し出されている。


「……念のため」


彼は長い指を繰り、エンターキーを押すと、振り返らずに自室を後にする。


――マ石10000個、≪ポコチーニ902≫


主の居なくなった薄暗い部屋で、取り残されたディスプレイが途方もない入札額を映し続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ