二人の追憶 ~ソナタの場合(前編)
意識が吸い込まれて最初に見た光景。それは…
(赤い…熱い…でも、それだけじゃない。体の芯から引き千切られる様な…)
視界には手。幼子とわかる手が限界以上に延ばされ、言葉にならない音を叫ぶ。
それを、レイは内側から観察していた。
先ほどとは変わって、当事者の視点であった。
だからこそ、音声の言わんとしている意味が分かる。
―お母さん、
そう、叫んでいるのだ。この幼子は。
自身も全身にかなりの火傷を負っているにも関わらず、涙にゆがんだ視界の先へ伸ばし続けられる手。
だが遠ざかり続け、“届かない手”
やがて救急車に運び込まれ扉に視界が遮られると、幼子の意識は悲しみと共に深く闇に吸い込まれていった。
※※※
次に視界が開けると、
(…病院?)
白い天井、白いカーテン、白いベッド。
左目の端に点滴が映る。
先ほどの火事の後だろうか。
だが、それは違うとすぐに分かった。
右手の白い、ギプス。
それと脚もつられている。
不思議に思っていると、脳裏にある光景が浮かんできた。
―道路の真ん中で取り残されて震える仔犬
―伸ばした手が、ガードレールを乗り越えて急速に近づき、救い上げて対岸の歩道に投げ飛ばす。
―次の瞬間、目端に映るダンプカーと悲鳴、そして急ブレーキの音…
(…よく、生きていたわね…)
おそらく、だが。
この少年は幼い日に母親を失った後悔が胸の中に今も渦巻いており、
目の前のものを助けずにいられない使命感…というよりは焦燥感に常に苛まれているのだろう。
彼の意識の中に入ることで、それが実感を持って伝わってくる。
と、病室の中を区切るカーテンが遠慮がちに開けられた。
「ソナタ、今、良いか?」
中年男性の低い声、連れて妙齢の女性と、
「ソナタ君、はじめまして…」
どこかおどおどとした様子の少女。
―彼の義姉となる、少女。
父親が新しい家族になるのだからと色々と話をするが、
「・・・」
ソナタは無言だった。
その様子に「受け入れられていないのではないか?」という不安に揺れる少女の瞳。
だけれど、彼の意識は内側に居るとよく分かった。
その目線は白い病室と対称的に綺麗な黒髪と綺麗な瞳に釘付けになっていたから。
※※※
それからも少年ソナタは度々”目の前の命を救うため”と称して無茶を繰り返し、
度々入院し、いつもその傍らには少女があった。
真っ白な病室と対称的な、きれいな黒。
変わらない日々の中で、ソナタの中に芽生えたほのかな想いが大きくなっていった。
そんなある日、事件が起きた。
ソナタ14歳の夏。
いつもの様にリビングのソファでくつろいでいるソナタ。
と、その横に桜の香りと共に、
「義姉さん!」
ぽすん、と彼の姉が座った。
風呂上りらしい彼女は上気した肌を晒して薄着の彼女。
肌の火照りが移ったようにソナタの皮膚も染まっていく。
「涼しいね~」
冷房の効いた部屋でタンクトップをパタパタと。
成長期の少年は、目線をくぎ付けにされていた・・・。
そして、その夜。
少年は覚えたての”ある事”をして一人、自分を慰めてしまった。
と同時に、猛烈な自己嫌悪感が彼を包んだ。
―大事なものを汚したような、そんな気がしたのだ。
その日を境に、少年は彼の姉に反発的な口を利く様になってしまった。
部屋には姉の正反対の本やその他を集め出し、無理やりにそちらへ意識を向けて。
一転して疎遠な日々。
再び変わったのは、同じゲームをまったく偶然に始めてから。
ギルドのマスターとサブマスターとして最初弱小だったギルドを
ソナタの廃人プレイと姉のクレバーな作戦によって瞬く間にトップに押し上げると、
次第に二人の間に奇妙な連帯感が生まれた。
異世界に共に転移してからも様々な苦難に直面した。
乗り越えて、乗り越えて…更に心の壁は無くなっていった。
…その果ての、別れ。
そして、受け継いだ想い。
再び暗転していく景色の中で、それが大きく心に残っていた…。




