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二人の追憶 ~レイの場合(後編)

課長に声をかけられ、向かった先は近所の喫茶店だった。

昭和を思わせる装いの店内を進むと、課長は受付に何事か話し、鍵を受け取ったようだった。


「行くぞ」

「?」

正直この店は通りすぎる町の風景という認識で中に入った事のないレイは、よくわからないままその後についていく。


店舗の奥で2度角を曲がり、課長が突き当たりの部屋のドアを開ける。

すると、中はミーティングルームになっていた。


「喫茶店に、こんな場所があるなんて知りませんでした」

「そうか?ここチェーン店だけど、どこもあるよ…まあ、いいや。適当な所に、かけて」

「はあ」

おっかなびっくりな様子でドアから一番手近な所に座るレイ。

「じゃあ…」

課長も反対側に座り…


―トゥルルルル!


「と、そーだった…ああ、もしもし、アイスコーヒーと、あと…都城はアサイージュースでいいか?」


どうやら飲み物を注文しないといけないらしい、喫茶店だけに。

問いにレイは頷いた。

だけれど、その関心は別の所。


―何故、ピンポイントでワタクシのマイブームを?


「そうか、…じゃあ、それで」

と、電話を切り席に戻る課長。

彼が再び腰を下ろしたタイミングでレイは思わず口を開いた。

「何故…ワタクシの嗜好を?」

「それは…」

そこで、いきなり表情が曇った。


「香子から、教えてもらったんだよ」

―先輩から?いや、それよりも…

「か、香子?」

「ああ。俺達は…婚約していた」

その瞬間、鈍器で殴られたように目眩を覚えた。


―ヤツの弱み…て、まさか“惚れた弱み”だとでも!?


してやったり、という顔の先輩が脳裏に浮かぶ。人の婚期を周回遅れにしておきながら…。

言いたい事が山ほど湧いてくるレイ。


だが、そんな様子に構わず課長は続ける。

「いつもあいつと話をすると都城、君のことを話していた。嬉しそうに」


“嬉しそうに”

そのフレーズは、湧いてくる“言いたい事”を溶かし、そのまま心に暖かく染み込んだ。


「だから、君の事は結構知ってしまっている…不快に思ったらすまんな。今後なるべく忘れる様に努力するよ」

「あ、いえ、それは良いのですが…」


それよりも聞きたいことがある。


「ワタクシを連れ出した理由は?まさか、先輩との婚約していた事を伝えるため、ですか」

「それは大きな理由の1つだな」

「そ、そうですか…」

うつむいたレイ。

顔が勝手に真っ赤に染まり行く。

「だが、あと二つある。一つは…スペマスを、サービス終了する事になった事だ」

「…え?」


今度は寒気が身体を駆け上がる。


「香子の宝物の君には、しっかり話したいと思った。だから、会社の連中のいない場所を用意した」


「そ…ん、な…」

元々、美しい言葉を紡ぎあう様なゲームにしたいと、先輩と二人夢を語り合い生み出したゲーム。今は見る影もないけれど、先輩もいない今、それは残された唯一の繋がりだったのに…。


顔を掴むようにした指の間からボロボロと涙がこぼれた。


「すまん、守りきれなかった」

頭を下げる男。


暫し…静寂が流れた。


「…」


「香子は…すごかったんだなあ。アイツが居なくなって“分かっていたつもり”が二重底、三重底に崩れて…俺には過ぎた女だ」


だった。とは言わない事に奇妙な安堵感を覚えた。目の前の人の中でも“先輩は生きている”のを感じられたから。


そして、レイ自身の心にも。

それを感じるうち、徐々に涙は収まっていった。


その様子に、課長が話を再び始めた。


「それとな。さっきの一件で間違いなく、俺は退職だから…」

「へ?」

「悪いけど、最後の終了処理は君に頼む。それと、PCの中のアレ、整理しておいてくれると、助かる」

「…な、は!?…はいぃ!?」


―女に頼むか普通!?特に、後者!


「ああ、言っておくけど、あのコレクション、専務の部長時代の遺物だからな?変な勘違いすんなよ?」

「え?そうなんですか?」

「マジか…最初に言っておいたのになぁ…花井さんかな?」


お局様。

最初、最年少の課長にご執心だった。

袖にされて…という事だろうか。

「へんなプロテクトかかってて消せないから困ってたんだけど、都城はそう言うの得意だろ?」


そう言えば、お局様から大事なファイルが消されない様にして欲しいと言われてツールを渡した事があった…まさか、課長がその被害にあっていたとは。


レイは後ろめたく思ったが、本人に告げる必要も無いだろうと考え、

「は~、わかりました」

渋々応じた。

こういう時、表情を偽れる女という生き物で得したかなとも思ったが、直ぐに偽れない“先輩”を思いだし、くすりと笑った。


「…なんだよ、本当に…見てないぞ?」

その様子に疑われていると感じたのか、課長が不満そうに顔を背けた。

「はい、…そうですね」

「なんだよ!」

横を向いた脹れっ面に垣間見えた…年齢不相応な幼さ。

案外似ているもの同士がくっついたのかもしれない、レイにはそう思われた。


その後、注文したものを飲んで他愛もない話しをして二人は店を出た。


薄暗い店内から日差しの下へ。

眩しさに目を細めるが、先ほどまで最悪だった気分は少しマシになった。


―自分一人ではない。残された者達の心の中で”先輩”はこれからも生き続けるのだ、ずっと。


と、その時だった。

「あ?」

何とも間の抜けた声…課長だ。いや、”元”か。

思わず横を向いたレイ。

その目線の先には、


「ふ~っ、ふ~っ!」

目を血走らせ、手に血まみれのナイフを握りしめた”副社長”と名乗るチンピラと。


「…まい…った…な…」

膝から落ちて、崩れ落ちていく…

「課長!?」

”先輩”の想い人が。


それは、…僅かに見えた光明が再び閉ざされた瞬間だった。


※※※


場面は変わり、暗い部屋。

数日後、先の事件を受けて、会社は営業を停止する事になった。


レイは、昼間だというのに薄暗いオフィスで唯一煌々と光を発するPCに向かい、

”最後の仕事”をする為に出社した。


―スペル・マスターのサービス終了処理を。


予め決定されていた事もあり、やる事は至極シンプル。

立ち上がった管理者コンソールの一つでとあるシェルを、サブミットするだけだ。


だが、その手は最後のエンターキーを押せずに止まる。


先輩との最後の絆。

それを自ら、断つ事になるのだと思うと指が意に反して止まる。


と、不意に他のコンソール画面に目が行った。

いつもの通りのプレイヤー達の狂態。


アレ、だとかソレ、だとか。


彼らは。もしかしたら彼女らも、か。下品なゲームに成り果てて想像もし辛いが、

兎も角、プレイヤー達は今この瞬間も変わりなく。


―サービスが終わる事等、微塵の想像もしていないことだろう。


そう思うと…レイの中に怒りを通り越して仄暗い愉悦が浮かんだ。

整えてもこなかった髪が乱雑に顔を覆いそこだけ見えている唇の端がゆがむと、

人差し指が、そのコマンドを執行した。


すると、それと同時に突如光がディスプレイから溢れ出し、部屋を覆い尽くす。

(…そう、この後、ワタクシはこの世界に、この、部屋に閉じ込められたのだった…)


光は何色にも変じながら炸裂し、…突如止んだ。

後には、レイの姿はない。


と、これまで第三者的に見ていた視界が、突如画面に吸い寄せられる。

(!?)


そして、画面の中の管理者コンソールが文字をたたき始める。

隠れていたディレクトリが開かれ、階層を次々に辿って行った果て。


一つのシェルがあった。


それが、ひとりでに実行されるとブラウザが立ち上がった。

Linux上で動くローカルのプログラムだ。


そこにフラッシュと思しき…


(アルバム?)


無数の画像、写真が乱舞するページが開かれた。


それを背景に文字が浮かぶ。


”愉快な仲間達!”


次に、回転しながらいくつかの写真が現れた。

それらはすべて、


―プレイヤー達と、香子のアバターが一緒にいる光景だった。

ゲームの画面キャプチャもあれば、彼女が合成したと思われる無駄にクオリティの高い画像も。

そのいずれでも、彼女は、心の底から楽しそうで…


(…だから、守りたかったの?)


ただ、理不尽とはわかりつつもその事に、胸にチクリと針を刺された様な痛みが浮かんだ。



すると、画面は再び切り替わり、新たな文字が浮かぶ。


”さぷらいず!”


映っていたのは、婚約者と、先輩。

やっぱり心の底からの笑顔、リアルの彼女はどこまでも幸せそうで…。


「弱み握ったZE☆彡」という書き込みの写真も、どこか照れ隠しの色が浮かんでいて。


(先輩………。)


と。

更に、画面が切り替わり、新しい文字が浮かんだ。


”世界で一番の…宝物”


最初は、ゲームの画面だった。

だから、自分でも気が付かなかった。

次々に移る画像。

今までの何倍も。


次第にその中心に一人のアバターが表示されていることに気が付く。


(…ワタクシの・・・GM用アバター!?)

一緒にINして冒険した無数に存在する一コマ一コマが。

すべて…きれいに保管されていた。


(…たから…もの…)


そして、画像は…写真へ。


もう、最初から分かっている。

全部、自分と先輩しか映っていない。


パステルのペンで書きこまれた、今にして思えばちょっと恥ずかしいノリだけのコメントも。

(…ワタクシの…一番好きだった笑顔…)


そして、その中の写真が一つ、大きく画面を覆い尽くした。


その真ん中に文字がにじんで浮かび上がる。


”ずっと、ずぅっと…一緒だからね!”


まるで高校生か何かの様な子供っぽさが、逆に心の壁も1000年の痛苦もたやすく乗り越えて響いて。





レイは暖かな涙を止められず、―崩れた。



と。

あたりは暗闇に転ずる。

空間にはほのかに光るものが二つだけ。自身と…


(ソナタ…さん?)


目の前のソナタ。

少女の姿が急速に縮まって、少年から子供、そして幼子になる。

5歳の頃のソナタにそれが定まると、今度は女王の視野がそこへと、吸い込まれていったのだった。

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