深淵の牢獄☆彡
「きゃ!」
「あ…」
どん、と肩がぶつかった。
レイと香子。
「にゃはは、大丈夫…?」
「せ、先輩こそ…大丈夫ですか?」
珍しく疲れを浮かべる先輩。
ソレというのも、ここ数日大騒ぎのあの件。
―高名な詩人からのクレーム
よりにもよって気難しいご老人の詩を、ホモだの「ッアー!」だのに変えたプレイヤー達のせいでその尻拭いに奔走中なのだ。
「先輩、さすがに今度ばかりはアカバンにしましょうよ!」
「にゃはは、…」
「…する気、無いんですか?」
「…ゴメン…」
しょんぼりな仔犬的オーラをまとう、これでも一応社会人らしい先輩。
(可愛い…可愛くなんか…可愛い…可愛くなんか…可愛い…て、だ、ダメだわ。ワタクシも思考がループしてるみたい…)
と。
「お、柳川、ちょっといいか?」
この世の淀みと不愉快を煮詰めた様な会議室のドアが開き、中から「モワァッ」とした空気と共に目の下にくまを作った課長が顔を出した。
「は~い…」
しょんぼりとしたまま異空間と化した会議室に向かう先輩を見送った目線がふと、手近なディスプレイに流れた。
武骨なlinuxのcuiコンソールの中をログがリアルタイムに流れている。
「永遠の…」
「オホモダチ!!」
「ッアー!」
今なお、プレイヤー達の暴走が止まらない。
本当は簡単なのだ。
悪ふざけをしている連中を何名か見せしめにするだけで、ソレだけで良い。
トッププレイヤー達だが、居なくなる事で新規プレイヤーの台頭…廃課金も期待できるだろう。古参は過去の資産も多いから意外と課金額も伸び悩み傾向だし。
当然そういう意見は社内でもあがったのだが、反対する人物が二人いた。
一人は、まあ当然の如く先輩。
そしてもう一人は意外な事に…課長、だった。
ナゼ?と聞いたら先輩はこう言っていた。
「ふふふ…ヤツの、弱点を握りました♪」
…どんな、弱点なのだろうか。
もしかして会社のPCの中にキレイにフォルダ分けして保管しているアレな動画と画像の事だろうか?
このフロアの女子社員の間で知らない者は居ないのだが、、、もしかして本人はバレている事に気が付いていないとかなのか。
はたまた、女装趣味とか?
課長とは言えまだ若く独身の彼は確かに顔の造形はそんなに悪くはないが、まあ、ソレゆえに女子社員達の関心もあって余計にPCの中身がバレている面もあるにはあるのだが…あのタバコ臭さと汚れなオーラを見るに想像力がいまいち及ばない。
(いけない、ワタクシも疲れている…)
暴走の止まらない自身を切り替えるため、頭を振るとレイは仕事に戻った。
※※※※
それから、一週間後の日曜日。
レイは真っ黒なワンピに真珠のネックレスをつけたまま、悄然とした様子でオフィスに一人、いた。
(未だに信じられない。あの先輩が…天真爛漫を体現した太陽の様なあの女が・・・)
…交通事故、だったそうだ。
深く聞けなかったが、遺体に対面する事も出来なかった。
だから、現実感もなく。
自己の芯から大事なものを引き抜かれた感覚と共に、震えの止まらない体が今日も勝手に職場に向かった。
喪服のまま、でだ。
休日はビルの通用口から入るのだが、還暦近い警備員のギョッとした顔が妙に印象的だった。
先輩の温もり、或いはこの世に留まる残滓をもとめたのかも知れない。
ルーチンワークの通りにPCを立ち上げ、コンソールに管理者権限でログインする。
幾つかの階層を移動してログファイルを流す。
すると、いつもと変わらない有り様が目の前に広がる。
アレだとか、ピーだとか。
何もかも、変わらない。
ーなのに、先輩は…もういない…
「…~っ!?」
その事を認識した瞬間、炎の様な怒りが突如こみ上げた。
目の前のプレイヤー達に。
先輩の死も関係なく、今日も醜態を晒す愚かな連中…いや、そもそも死の原因となったであろう無法者の集合体。
憎しみが体を焼き付くしそうだった。
(あの感覚…今も少しも変わらないわ…)
過去に想いを馳せ、それを再確認した女王はその目を開いた。
と、間髪入れないタイミングで謁見の間の門が開く。
「さあ…始めましょう」
―ワタクシの復讐劇の最終ステージを…
それは、ソナタ達に届く事の無い、ごく小さな呟きと決意であった。




