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陽だまりの中(後編その2)☆彡

やっと老人の話が終了…orz

「・・・ここは」


少女はあたりを見回す。

ぐにゃり、と歪んだ鈍色が水に落ちた墨汁の様に流れていく空間が広がっていた。


先ほどまで。

ほんの一瞬前まで。

少女はヴァンパイアの青年と心躍らせて観光を楽しんでいたはずなのに。


「ご両親の事は……」

「……!?」

皺がれた声に背後を振り返るとそこには、

「……不幸、だったね?」

フードを目深に被った老婆が佇んでいた。

ローブは縁が繊細な金糸の装飾に彩られているが元は濃紺であったであろうその地の色はくすみ、糸のほつれが全体に広がっており、布の皺はそのままわずかにのぞく口元へと違和感なく続いていた。


不吉を体現したその様子を目にした少女の右の足が半歩下がった。


「おやおや……。その様に怖がらなくとも。ここは…そう、お前さんの心の中なのだから」

「そ、それなら、何故。た…他人の、あ、貴女が私の目の前にいるの?」

「それは……」

言葉とともにローブから枯れ木を思わせる質感の腕を露わにしながらフードを捲り上げる老婆。

少女の芙容の花を思わせる上品な薄桃色の瞳は左右に揺れていたが、その全貌が明らかになると驚愕のあまり一点で停止した。


「私は、”お前”だからさ。ヴェンデッタ…復讐の華…」


顔の造形は卵型、密かに可愛らしいと思って髪から覗かせている自慢の耳の形状も。

何より、蓮の花にも似た薄桃色は若干濁りを帯びているが、ギラつくとすら表現できる意志と共に事実を突きつけていた。


つまり、目の前の老婆は確かに少女―ヴェンデッタの遠い未来の姿であった。


「汚い手段で両親を謀った敵、いや、今までの恩義も忘れて手を差し伸べないばかりか関わり合いになる事をすら恐れて避ける無責任な街の住民達……」


「……ッ!」


「……約束は、果たされなかった……」


「ッ!……で、でも、ヨデルだけは……」


「そう。あの愚かなヴァンパイアだけ。あの男だけのささやか、といえばまあ聞こえは好いけれどね。要は、”狭い世界”に逃げ込んで、お前さんは、満足なのかい」


「ええ!そうよ!」


「違うね。約束を果たさない悪党が高笑いして、我が物顔で大通りを闊歩する世の中で、その隅を、ヴァンパイアとともに日の光を避けるように生きていく事……理不尽を感じていない?…本当に?」


「そんな事!」


「約束が果たされない世の中が世界の大半、……お前の世界は狭い」


「……違う!」


「なぜならお前は……無力、だからさ」


「ち……ちがう……」

少女は尚も頭を振るが力が抜けていく。

視線は下に落ちていく。


―ヨデルとの旅は楽しい

―ヨデルと一緒だと幸せ

―でも……何かを置き忘れて来た気がする……


「……悲しいね」

「……」

「だけれど、私はお前を救う事が出来る」

「…!?」

「”力”があれば。そうすれば、お前の大好きな”約束の果たされる世界”を広げることが出来る」

「……駄目、……人の心を強制なんてできない……」

「いいや、強制する必要なんてない。それに、」

「…それに?」

「お前さんの様な不幸に遭う者は確実に減る、そういう力を与えようじゃないか」

「わたしのような・・・?」

「そう、”契約を必ず守らせる力”、これなら人の心を強制するわけじゃない。ただ、お前さんと同じようにみんなが約束を守ってくれるようになる、ていうだけさ」

「でも……」

「心配しなくても、ヴァンパイアのあの男と一緒に居られなくなるわけじゃない。寧ろ手伝って貰えばいい。お前さんの好きな”約束の果たされる世界”を広げる、ね」

「……で…も……」

「いいね?」

「……」


少女が否定も肯定もしなくなったのを見ると、老婆が歩み寄り、一つの指輪を手渡す。


それには若い女性が身に着けるには若干厳ついと思われる龍の重厚なレリーフが施され、赤々とした宝石が底光りして意思を持った瞳の如く。


あまりの不気味さに、ヴェンデッタは息を飲んだ。


「……これは?」

「契約の指輪。今話した、力を与えてくれるものさ」

「契約の、指輪…」

「そう。さ、つけてごらん」

「…」


促され、少女は恐る恐る右手の薬指にその指輪を嵌めた。

(……左手は空けておきたいし……!?)

だが、その「左手の薬指を空けておきたい」相手を思い浮かべた途端、少女の右手の薬指から猛烈な違和感が全身に広がった。


「こ、……これは……?」

「おお、うまくいっているみたいだね。見ての通り、”力”を流し込んでいるのさ、指輪が」

「ち、か、ら・・・?」

少女は息も荒く、肩が上下し始める


「そう」

老婆の口許が歪んだ。

と、思ったら、口元の歪みが大きくなり、そこを起点に全身にヒビが走った。

「そう、”契約を守れなかった者に死を与える力”のねっ!」

その声は、若い。


とうとう膝をついた少女の目の前で、老婆であったものは、妖艶な女に変貌していた。


「だました……のっ!」

「騙してなんか、ないわよ?ただ、貴女のの心を後押ししてあげただけ」

「こ、心って…何!?」

「”憎い”でしょ?全てが。その指輪の力、貴女のその憎しみが糧だから」

「憎しみなんか!」

「あるわよ。それ、外れないでしょ?貴女に憎しみが無ければ力も与えないし簡単に外れるものなのに」

「……そんな……」

「ああ、可愛いわね。でも、心配しなくても大丈夫。体も若干変わってしまうけど…”本来の貴女”になるだけ。意識が乗っ取られるとかそういうのは無いから」

そうしている間にも指輪から何かが侵食する感触が止まらない。

「信じられ……な…い…」

「あらあら、可愛いけれど…つれないのね」

「私も、信じられないな」

「!?」

「ヨ…デル……!」


それは突然だった。

闇から溶け出すように、古き吸血鬼が現れて少女と女の間に立ちはだかったのだ。


「古の者、か。忌々しいタイミングで現れたものね」

「お嬢様に…何をした!?」

「何も。ただ、自分に正直になれる力を上げただけよ。寧ろ、感謝…」

「黙れっ!」


少女の方がビクリと震えた。

温厚なヴァンパイアの青年ゆえに、彼が”吠えた”のを見たのは初めてであった。

だが、不思議とその低く重たい声が少女の中に安堵感として広がっていく。


ダンッ!、とヨデルの右足が地を蹴った。

対して女は笑い、構える事もしない。

もしや何かあるのかと、ヨデルの血の上った頭の隅にも警戒感が浮かぶが、結果はあっけなく。


―ヨデルの右手は女の心の臓を貫通した。


「女性の扱いがなっていないのね?」

だが、女は微塵も動ぜず。

「取りあえず、目的は達したから。後は好きにすれば良いわ。彼女に付き纏うなり、逃げ去るなり、ね」

その言葉と共に煙となって掻き消えた。


そして、異空間に残されたのは、ヨデルとヴェンデッタのみとなった。


「ヨ、、デ…ルぅ……」

地に倒れ伏して喘ぐ少女とヨデルの目が、初めてあった。


少女の右手の指輪からは植物の根のようなものが張り出し光が明滅する。それは皮膚の下から全身に向けて浸食せんとしていて、手の施しようがあるようには見えなかった。


だから吸血鬼はイチかバチか……、一つの決断を下したのであった。



***



「それが、私とお嬢様が”契約”に至った経緯でございました」

「どうでもいいけど、話が長い割に”契約”の中身が」

「そこは、年幼いソナタ様にはいささか刺激が強ぅございますので」

「蛇の生殺しじゃん!そこのところ特にkwsk!」

「まあ、恥ずかしいものでございますので」

「ちっ。……でも、でもさ、そうしたら”契約”でなんとかできたんだろ、良かったじゃん」

「そういうわけにも。あの”呪い”は非常に強力でした」

「具体的には?」

「契約はお嬢様を何者かに変える事を止めるのには成功しましたが…”契約を守らせる力”とやらと共に、心がせめぎ合っております」

「せめぎあってる?」

「そう。ご両親を失った悲しみと、本来お持ちであった愛情とが。しかし、最近徐々に悲しみが強くなってきています」

「つまり、”契約破ったら死刑”って方の?」

「ええ。徐々に成される事が苛烈に。もしやこの老い耄れの命運の弱まりかと。情けない事です」


(なるほど。この街が変な緊張感漂っているのもそのせいって事か…)

ソナタの中で都市で感じていた違和感がクリアになった。

両親を死に至らしめた「約束」を破られる事を極端に忌み嫌う為政者。

その下で、”契約”、”ルール”が極端に偏重されて行った結果が今の状態という事。

もちろんそれらは大事だが、元々が悲しみから来ている為に砂漠に水を撒く如く止まらず暴走し続ける。

今はまだ体裁を保っているが、その内取り返しのつかない処まで行く可能性がある。


だが、

「でも、ここまで聞いて”何お願いされたか”が全然分からないんだけど」

そう。

ソナタはそれがわからなかった。

だからと言って何をすればよいのか。自分に何を「お願い」しようとしているのか。

政治も経済もさっぱりな凡庸なる元高校生、現幼女のソナタには何もしてやれる事が思いつかない。

「はい。前置きが長くなりましたが…ここからが本題でございます」

「うん」

「お願いは二つ」

「一つ目は?」

「お嬢様を救っていただきたい」

「…ド直球来たけど、悪いけどそこまでタチの悪い呪いを解けるかわからない。しかも、…仮に”解除させてください”って言っても、先方がお断りなんでしょ?」

「ええ」

「じゃあ、どうしろと」

「直ぐでなくて良いのです。ただ、ソナタ殿なら”思い出させて下さる”と信じているのです」

「思い出させるって…何を?」

「私が言ってもかえっておかしくなりますから、…強いて言えば貴方が貴方らしくいて欲しいという事ですかな」

「変なの」

「そうですな、ハハ、確かに。確かに、変なお願いですな。ですが、今回の提携の件、その為に私が進言したものなのですよ」

「???」

「まあ、先の短い老害のやる事。見逃していただければ」

「ま、まあいいや。それよりも、次のお願いって?」

「”契約”の事なのですが」

「え」

「完全ではないのです」


そう言うとヴァンパイアはソナタに向き直った。

紅い瞳が煌々と夜闇に映える。


語られる”契約”の真実。

そして、”お願い”


それまでの話と打って変わって僅かな言葉で語られたソレ。

風の音に遮られて周りの者には聞こえない密談。

受け止めたソナタと託したヨデルはその後沈黙の中で視線を交わす。


「…本当にいいんだな、それで」

「ええ。駄目だったとしても、私の本懐ですから」

「…本当に、愛しているんだな」

「ええ。もちろん。貴方の場合は、愛する殿方が出来ればわかるかもしれませんね」

「いいや、俺はノンケだ。女しか要らん」

「ほ。これはこれは。…お嬢様を横取りされないように気を付けませんとな」

茶目っ気たっぷりの執事に対し、

「じゃあ、…絶対頑張れよ」

ソナタの表情は硬い。

それを見て老執事の顔は…すっと、一瞬柔らかさを消した。

「無論でございます」

無言でうなづくソナタ。

「では、…おお!遅くなってしまいましたな!お部屋の皆様もご心配されている頃合い。戻りましょう」

「…あ、ああ、そうだな…」


かくして老執事と幼女の会談が幕を閉じたのであった。


余談だが、部屋に戻ると案の定、夜もずいぶん遅くなったというのに女性陣(+ヤナ)は全員起きていて

更に深夜まで質問…いや、尋問を受けたのは想像通りのいつもの展開である。

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