陽だまりの中(中編)☆彡
それからしばし、沈黙が流れる。
姿勢を変えず、・・・否、変える事が出来ず言葉を待つヨデル。
薄暗い中、ぎぃ、と縄の軋む音が妙に大きく聞こえる。
その音に思わずヴァンパイアの視線がその発生元に流れた。
幸いにも細部は良く見えないが、・・・見覚えのある男女の痛ましい亡骸が揺れており、
目の前に提示された命の無常さは、500年の時を生きた彼にも等しく空虚な感情を強いるものであった。
「・・・」
再び沈黙が流れる。
と。
―しゅるり
今度は衣の擦れる音が彼の耳を打った。
慌てて視線を戻すと、そこには夜の如き青を帯びた白が現れていた。
かつての陽だまりと正反対に位置する事を主張しながらも、・・・残酷なまでに”同じ白”。
時間が、止まった。
「ヨデルさん。ここから、・・・いいえ。この街から連れ出して」
「え・・・」
「対価は・・・渡せる物が他に無いから」
「-!?」
俯き自らの”対価”へと視線を落とす少女の姿に、突如ヨデルの犬歯の付け根から強烈な疼痛が広がり、
伴って視界が波打ちながら赤く染まっていく。
生まれて500年、彼が一度も感じたことの無い吸血鬼としての本能の疼き。
気が付けばいつの間にか肩で、獣の様な荒い息を吐き出していた。
「!?」
そんな彼の視界で、右の足が勝手に前に進んだ。
「ハッ・・・ハッ・・・・!」
続いて左足が。
体は主の制御を離れ、本能が支配している。
もはや本来のヨデルは、理性は傍観者の様にそれをただ見送るのみの存在。
また一歩、距離が近づいていく。
薄暗い納屋に満ちた死臭と、その中に存在する甘やかな薫りが鼻腔をくすぐる。
それに引き寄せられて、また一歩。
とうとう心の臓の激しい鼓動が聞こえやしていないかと心配になるほどに距離が縮まると、
そこで吸血鬼は膝をついた。
「御手を」
ヨデルは自らの体が発する己が物でない声を聞く。
それに答え、差し出された左手が視界に入る。
白いその手。かつて彼を救った陽光の象徴。
―それが、微かに震えていた。
その瞬間、白い手を中心にして急速に視界が戻り赤い脈動が消滅した。
自由になった首を上に持ち上げれば、空虚な瞳から零れ落ちた落ちる雫が頬を打った。
初めて会った時より少し大人びた印象ではあるが・・・まだあどけなさを多く残すその表情の中で、懸命に結んだ真一文字の唇が小刻みに震えていた。
「吸血鬼には、血の盟約というものがあると聞いたの」
「・・・」
「絶対で、誰にも裏切られない、裏切れない、永遠の契約」
「・・・」
「そしたら、ヨデル、貴方だけは、私を裏切らない。・・・そうよね?」
「・・・」
その言葉を受けて、ヨデルが、すく、と立ち上がる。
そして、その手が両肩にかかり・・・
「~っ!?」
「かしこまりました、お嬢さん、いいえ、お嬢様」
次の瞬間、少女の白が覆い隠されて闇色のドレスが出現した。
「え・・・?」
「邪な吸血鬼めは、美しい貴方をさらってしまう事に致しました。行先は、前にお話しした南の海にでも致しましょう」
「だけど・・・でも、対価は・・・」
「もう、頂きました」
「え・・・?」
「画家に取って美しい情景というものは千金も及ばぬ価値あるものでございますよ」
その言葉に、
「~~~っ!?」
青白かった顔に急速に赤みが差した。
その様子にヨデルの頬が緩むが、直ぐに固い表情に戻る。
「ですが、まずは旅立ちの前に」
そうして、ヨデルは痛ましい、痛ましい二つの亡骸を向く。
「まずは、お二方を弔いましょう」
葬儀も行われぬ中で密かに両親を天へと送ってから数日後、少女とヴァンパイアは旅立った。
これが、100年に及ぶ長い長い旅路の始まりであった。
中々老人の回想が終わらず申し訳ございません。
作者もキャラも、老人の話は長いと相場が決まっているもので・・・




