改変者☆彡
「そう・・・」
「申し訳・・・ございませぬっ!」
深淵の底に位置する薄暗い玉座の間において。
唇を噛みしめて頭を垂れる少年と、主たる女が向かい合っていた。
女王府の軍は「援軍」という名目で都市へ到達。
1週間後としていたその到着は、3日後ですらなく・・・2日後。
オークに蹂躙された直後に都市を接収せんと行われた電光石火の進軍。
だが・・・
「まさか・・・僅か半日であの”ロード”を筆頭に10万の軍が壊滅するとは・・・」
「・・・予想外。青天の霹靂。ね・・・、アデル?」
「・・・ハッ!」
「此度はお疲れ様。ゆっくりと疲れを癒してらっしゃい」
「あの・・・」
当然、失態に責めがあるものと思っていた少年は顔を上げた。
だが、女王は嫣然と笑みを浮かべて頬をついたまま。
「まあ、良しとしましょう?・・・一先ず国軍に損耗が無かったのですから」
その様子に。
(まさか、この事すらも想定の範囲・・・)
不意に過ぎった考え。
だがそれを無理やり頭から追い払うと、彼は主の前を辞していった。
―再び取り戻された静寂の中、緩やかな時の中で女王の瞼が落ちる。
「レイちゃん!」
耳朶に響く心地よいその音に、「ああ、また夢なのだ」と気が付く。
(近頃、”あの頃”を夢に見ることが多くなった。・・・時が、近づいているから・・・?)
そんな”今の彼女”の感想を余所に、暖かな日々の記憶が再生される・・・。
「ねー、ねー、レイちゃん、・・・レイちゃんったら!」
幼い仔犬の様な人懐っこさで自分より少し背の低い”センパイ”が見上げるようにして絡んでくる。
―嗚呼。また、何か厄介事が始まる・・・間違いない!
先輩の彼女がこういう顔を見せた時。それは、つまり”ワタクシ”が深夜まで残業、下手すれば貫徹をする羽目になる”ナニカ”が進行しているという事だ。
正直・・・肺の付け根から漏れだす溜息を止める術が思いつかない。
ゲーム会社の開発という職業柄、まあ、それだけでなく育った家庭環境も一因となって”彼氏”なる存在には無縁だったのは、幸いというべきか不幸というべきか。
一度、深く飲んでしまい「先輩のせいで・・・婚期逃したらどうしてくれるんです!?」と詰め寄った事があった。
その時の彼女の回答が、
「いいもん!レイちゃんはアタシの嫁だから、男共なんかに・・・絶ぇっ対!ワタサナイモン!」
・・・これだ。
どうやら当分、自分に婚期は訪れないようだ。
思わず遠い目をしてしまうが、聞かない事には話が進まない。
いや、むしろ現在進行形で事態が悪化している事もあり得る!
「・・・で、どうしたんです?」
「実はね・・・」
すると、珍しく爆弾発言も大手を振って言ってのける彼女が周囲をキョロキョロと見回した。
「ちょっと・・・こっち」
「は・・・あの!わ、私!あと2時間以内に共通ライブラリのフルパステスト完了しないといけないのですけども!」
「大丈夫、5分だけ・・・先っぽだけだから・・・」
(何が先っぽ!?意味が分からないのですけど・・・これは、1時間は消えてなくなるかしら・・・)
1時間後に解放されてから間に合うか・・・くらくらする頭の中で計算を何度もやり直すうちにもどんどん引きずられていく腕。
「お、今日も二人は百合百合しいね♪」
(・・・課長、貴方の指示した仕事が現在進行形で頓挫しそうなんですけど、・・・止めてはもらえないのですかねっ!?)
「えへへ~らぶらぶだもんね?」
「違いますっ!」
儚い祈りもスルーされ、とうとうやってきたのは、・・・誰も使わない資料室という名の倉庫。
「な・・・なんなんですか?」
「・・・実は・・・」
ひょい、と一枚のメモ用紙を取り出した。
「じゃーん。お友達ができちゃいました」
「・・・は?」
「見て見て見て!なんと、メアドなんだよ!」
「・・・あの・・・良かったですね???」
だが、おかしい・・・。この人のやらかす事が、そんな「普通の事」であるはずがない。
目を凝らす。フリーメールアドレスの様だが・・・。
「なんと、スーパーハッカーの”改変者”ちゃんなのです!」
「・・・は?どこでそんな犯罪者と親しくなったのです?」
「よくぞ聞いてくれました!実はこの子・・・うちのサーバにハッキングしててさ・・・」
・・・ハイ!来ました!今年度最高の問・題・発・言!
「アタシ・・・チョロっとこういうの得意じゃない?」
実際には”チョロっと”どころではない。
こんなアホの子が、どうして主任として「スペル・マスター」開発チームの実質的なリーダーなのか。
それは・・・一重にその圧倒的な技術力。
彼女の手にかかればどこぞの五芒星なセキュリティも素通りされてしまうそうだ。
「でね。IPもちゃんと偽装してたんだけどね・・・ジン●ブエ経由で・・・」
どこがどう、”ちゃんと”なのかは知らないが・・・
「で、経路探ったら・・・なんと、途中にアタシの飼ってるサーバ君がいるじゃない?」
じゃない?・・・て知りません!
「そこからちょいちょいってね・・・。そしたらさ、」
「そしたら?」
「なんとなんと、女子大生ちゃんだったわけよ!しかも・・・飛び切りの黒髪美人ちゃん!」
「どうやって人物なんか特定したんです?」
「それはもう!探り当てた実IPから特定した大学の監視カメラをハッキング・・・」
「・・・犯罪ですよ?」
「レイちゃん、最近アタシにキビシー・・・」
(いい大人が涙目とか。う、可愛・・・可愛くなんかないんですからね・・・!)
「・・・で、どうしてそれが”トモダチ”なんですか?」
「う・・・無視したわね。まあいいわ。そうなんだけど、この子、ハッキングして何か悪さしてたかっていうと・・・」
「いうと?」
「してなかったんだよね。ほら、ここ最近、色々追加機能リリースしたじゃない?」
「ああ、そういえば」
「アレ、実はこの子が作ってくれたjarファイル配置しただけの簡単なお仕事でした♪」
「・・・はい?」
疲れているのだろうか。今、幻聴が聞こえた。何やらハッカーの置いたjarをそのままデプロイしたアホがいるとかいないとか・・・
「その子のお蔭で、ゲーム、いい感じになったでしょ?・・・どう?」
”どうだっ!”と言わんばかりに・・・ちょっとばかり、いや大分羨ましいサイズの胸を張って自慢するアホの子。
「で、私にそれを言ったという事は・・・要するに犯罪に加担した罪を会社に告発してほしいと?」
「しょ、しょれだけは・・・ご勘弁を・・・」
「はあ・・・じゃあ、なんなんです?」
「じ、実は・・・今度、この子も交えて女子会をと・・・」
「却下!」
「ええっ!?」
「ええ、じゃないですよ。どうするんですか。ハッカーが自由に出入りしてるなんて大事・・・」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと社外プログラマとしてアルバイト契約結んどいたから」
「・・・」
こういう時だけ・・・無駄に仕事が早い。予算調整、法務部門との調整、ああ、そういえば、人事部もあったか。
一体それらをどう捌いたのだろうか・・・
「そういう訳で、その子にadmin権限レベルのアカウント上げといたから。レイちゃんがアクセス履歴みてびっくりしないようにと。あと、共通関数もいくつか手を入れてもらったから・・・」
「え・・・」
もう半分以上、試験項目消化したばっかりなのですが・・・
「ど、どどど!・・・どこですか?」
「ああ、ユーザ情報テーブルの・・・」
・・・終った。一番根幹部分じゃないか。これはテスト全部やり直しだなぁ・・・
そう思った瞬間、眩暈がして意識が白くなった。
「ああ!レイちゃん!どうしたの!?大丈夫!?」
(貴女の…せいです…)
当時は世界の不幸を一身に背負った気がしていたが、今にして思えばなんと他愛の無い事であったか。
二度と戻らぬ輝かしい日々の追憶を抱いて。
女王の意識は更に深い所へ沈んで行くのであった。




