1Tick の迷い子 ☆彡
Tick・・・時計の針が動く音。
転じて、最小単位、みたいな言葉のようです。
(・・・え?)
次の瞬間、・・・ソナタの視界は空を見ていた。
遅れて脇腹に走った痛みに、そこで初めて何らかの打撃を受けたのだ、と吹き飛びながら察する。
だが、対応する間もなくその視界に影が映ったかと思うと、
「ぐ・・・・っ!」
体がくの字に折られ、今度は地に叩き付けられた。
―だがなおも見えない、・・・相手の姿。
すると。
周囲の光たちが一つの魔術を紡ぎだす。
「我は至高・・・」
「「至高・・・」」
「「「至高・・・至高・・・」」」
「「「「「「「完全・・・加速!」」」」」」」
原典魔術の完全加速が無限に重ねられていく。
それに応じて、・・・徐々に・・・
ちらり、ちらりと。
霞みながらも”ロード”の姿がソナタの目に移り始める。
(・・・・!)
既に何重にかかったのだろうか。
音すらも置き去りにした世界に身を置いてなお・・・敵の姿が霞れて殆ど見えない。
(これ以上は、動いたら自爆してしまう)
10倍に強化されたとはいえ、既に生身の耐えられる領域ではない。
少し本気に動けば、腱の断裂位は起こりうるレベルだろう。
(・・・)
隙が無いか、観察するソナタ。
すると、一瞬。
―不服そうでいながらも、どこか悦に入ったような貌を浮かべて。
”ロード”が目を向けた先には、
―彼の大事な仲間・・・家族が・・・。
それが目に飛び込んだ瞬間、ソナタの中から迷いが霧散して体は勝手に動き出していた。
「「「「「至高・・・・至高・・・・」」」」」
更に無限に輪唱される完全加速と共に。
全力を解放した”ロード”の住まう世界。
それは世界を構成する最小単位、1Tickの領域。
あらゆる速さを超越し。
音を置き去りにして。
光さえも後塵を拝す世界。
彼しかいない、その孤独にして崇高な世界に。
今、異物が影を濃くし始めていた。
(・・・っ!)
人の身には堪え得ぬ領域にも関わらず、当然の様な顔をして。
その黒い瞳が赤い燐光を放ち、次第に”ロード”の姿をとらえ始める。
「「!?」」
そして、とうとう、完全に世界に入り込み。
視線が明確に”ロード”のそれと絡んだ。
「ここが・・・お前のいる世界・・・」
「ふん。・・・人間の小娘風情が。見栄を張っても・・・真に到達できぬ極地じゃ」
「だが、俺はここにいるぞ?」
「少しでも動けば、骨の一つ位は折れよう。所詮、粋がっておるに過ぎぬわ」
そう宣告してから地を蹴り飛び出す”ロード”。
蹴られた地は爆散したが、1 Tickの世界において、それはスローモーションで宙を舞う存在となる。
だが、対照的にロードはその世界にあっても”迅かった”
と、迎え撃つソナタの・・・
―姿が消えた。
「!?・・・あり得ぬ!」
驚愕に彩られた”ロード”の顔面へ横合いから回し蹴りが見舞われる。
「なっ・・・・・!」
そして、吹き飛ばされながら、ソナタを見やるその目に信じがたいものが映った。
―複雑に数か所で折れた右脚に構いもせずに・・・”ロード”を睥睨するソナタ。
周囲から光が集い瞬く間に脚が修復されるが、、、それは”物理的に”であって痛覚や苦しみを癒すものではない。
―なのに、微塵の躊躇いも後悔も伺い見ることが出来ない・・・!
「お・・・お前は・・・あ・・・阿呆か・・・」
「・・・」
「我に一撃入れる度に重傷を負って直して・・・それでは、ただの拷問と変わらぬではないかっ!」
「・・・なんて事、ないさ」
そう言うと、ソナタは一瞬目を伏せる。
その眼の先に浮かぶ、かつての光景。
―炎の中に伸ばす幼いころの自分の、手・・・
しばしそれを少しして、目線を持ち上げた。
その瞳は吸い込まれるように黒く、なのに赤い輝きを強くして。
「大事なモノがあって、それを守れる力があって・・・なら、実際、他は大した事じゃあ、ない!」
「な・・・」
「この手が届くなら・・・立ち向かう事が許されるのなら・・・何度だって」
「・・・お・・・お前は・・・」
「何度だって・・・俺は立ち上がれる!」
言葉と同時に・・
―ゴキンッ!
―ブチッ!
その小さな体から不審な音が上がるが、
―バキッ!
顔色一つ変えずにロードの爪をかわしながら拳を入れるソナタ。
「ぐっ・・・、この・・・きょ、狂人がっ!」
その言葉に応えはなく。
代わりにソナタの身が2つ・・・3つ・・・4つ・・・5つ・・・増殖していく。
「な・・・な・・・!」
―バチンッ!
―ゴキンッ!
―ブチンッ!
―・・・バキバキッ!
間違いなく響いている人体の破綻する音。
だが、その端から光が纏わりつき癒していく。
そして、
「終わらせる・・・!」
分身するほどに加速したソナタ”達”が一斉に飛び掛かる。
”ロード”は混乱しながらもそのうち一つにより濃い影があるのを見出だし迎え撃とうとする。
が・・・
―しゅるり、と。
その背後から差し込まれ、頸に巻き付いた・・・脚。
「がっ!」
そのまま豚鬼の支配者にしては細い首を起点に回転し、
―どぅっ!
投げ飛ばすと同時にマウントポジションとなる。
至近に向かい合った勝者と敗者。
と。
「・・・ふふ・・・・あははははははは!」
突如、敗者の喉奥から笑いが溢れ出す。
「圧倒的な・・・狂気・・・、それもまた強さ、・・・だのうっ!確かに!」
「・・・」
「さあ!狂った者よ・・・我に止めを」
恍惚として、上気した顔を馬乗りになったソナタに向ける”ロード”。
「さあ!」
せがむ様に促すロード。
だが、
「・・・断る」
「・・・!?」
「・・・んな事しても・・・お前が喜ぶだけだ。何にもならん」
そう言い捨てると、すっとソナタは立ち上がった。
「やれやれ」とも言うように腰に手を当て周囲を見回す。
「・・・」
すると、再び地に仰向けとなったまま呆然とする”ロード”を他所に、1 Tickに閉鎖された時の世界は
煙のように消えて無くなった。
・・・そして、
「ソナタ!」
代わりに太陽の差し込む”いつもの世界”が眼前に広がったのであった。
ようやく決着です。




