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第三章

 朝、ようやく昨日までの雨が上がり今日は一日かけての大掃除だ。隅々まできれいにするということでもしかしたら一日では終わらない可能性もある。その時は明日、それでもダメならまた明日と終わるまでやる予定でいた。

 神斗が外壁の植物の撤去ということで一人外に出たので咲、八重、レイランの三人はキッチンの掃除に取り掛かる。ボロ雑巾の暖簾をくぐった途端に襲ってくる刺激臭に早くも心が折れかける三人。鼻を押さえつつも窓を全開まで開けて換気を図る。昨日が雨だっただけに少し空気が湿っているが換気をするのといないのとでは大きな差があるのでこの際贅沢は言えない。

 「さて、気合を入れて頑張りましょう!」

 おー!、と一人意気込むレイラン。

 咲と八重は既にグロッキーになっていた。神斗からはキッチンは危険だから気をつけろと言われていたがまさかここまでひどいものだとは二人は想像もしていなかった。故に、ゴミ箱の蓋から溢れ出ている腐った生ものであろう恐怖から目を背けずにはいられなかった。

 「まずはゴミを捨てにいかないと、集めてもこんなに溢れているんじゃ入らないよ。」

 と、てんこ盛りに溢れているゴミ箱を指差す八重。

 咲もそれにはすぐに首を縦に振った。

 無限に溢れ出る悪臭は体にも良くないしほかの場所をきれいにしてもこれが一つでもあったら掃除したことにならない気がする。何より一秒でも速く視界から消し去りたい。

 これはどんな強者が見ても口と鼻を抑えて逃走を図ること間違いないくらいの光景である。

 八重は早速運び出そうと蓋を開け、

 おぅ、と予想以上の衝撃に蓋を元の位置に戻した。

 うん、生理的に無理。

 潔く諦め何かいい手がないかと思考を巡らし、横目で二人を見るとゴミ箱に背を向けて膝をついていた。やはり二人共八重と同じで生理的に拒絶しているのだろうと八重は同情しつつ思った。

 「八重さん何かいい方法はない?」

 「今思案中。」

 と言って顎に手を当てうつむきながら深く考え込む。

 ・・・・・・・・・・あっ。

 八重は思いついたように顔を上げ、窓の外に顔を出し大きく息を吸うと、

 「神斗ー!手伝ってーー!」

 うん、と清々しく二人に頷く。

 そんな二人はまさかの丸投げに呆れて肩を落とす。

 窓から入ってきた神斗にゴミの処理を押し付けて掃除を再開した。

 咲は掃き掃除、八重は拭き掃除、レイランは物の整理を担当していた。

 最初は諦めかけていたが神斗のおかげで大きく捗っている。ほんの数時間でほとんどの作業が終了し、後はワックスをかけて終わりだ。

 「あ、そういえば。」

 と思い出したように咲がレイランに視線を送る。

 「どうしました、咲さん。」

 「私の魔道書(グリモア)ってどういう力なんだろうって思って、レイランわかる?」

 「それ私も気になってた。」

 聞かれたレイランはそういえばと思い出したように説明する。

 「お二人は神斗さんと違ってまだ自分の力を使ってないんでしたね。おそらく咲さんの”天の石版”はティアマトが息子のキングーに授けた軍隊を率いる力です。この時に授けられたのはティアマトが創りだした十一の魔物ですね。ですが、咲さんの技量次第では他の神獣も仲間にできるはずです。八重さんの”無限の武器庫”は鍛冶の神ヘパイストスの力ですね。もしかしたら八重さんのイメージした武器が創れるかもしれません。うまくいけばアイギスなどの神具が造れるようになるはずです。」

 説明を聞いた二人はなるほどと納得のいったような顔で頷いた。

 神斗の力を遠くからではあったが見たときは凄すぎると思ったが自分たちも鍛錬に励めばあれくらいまでできるのではないかと咲と八重に希望が見えてきた。

 二人は気合を入れ直して掃除を再開する。

 そんな中レイランは上の空でワックスの入ったバケツを持ってフラフラと歩いていた。

 神獣による軍隊と大量の武器を造りだす力、これだけでも既に国一つ分の戦力があるといってもいい、神斗の力はまだ良くは分からないが何故あの三人はこれほど強力な魔道書を手に入れることができたのだろうか?レイランの疑問は深まるばかりだ。

 「レイラン、前。」

 「え?」

 考え事に没頭しすぎて足元がおろそかになっていたのだろう。八重の抑揚のない声に危機感が持てず進行方向に水が入ったバケツにつまづき、盛大にワックスと水をぶちまけた。

 「大丈夫?レイラン。」

 バケツをかぶった間抜けなドラゴンを覗き込む咲。

 咲と八重はなんとかどちらも避けることができた。そのかわり、せっかく拭いた床は台無しになってしまったが。

 「すいません。せっかく拭いたのに。」

 「気にしないで、怪我はない?」

 「ありがとうございます。」

 手を差し伸べる咲と八重。二人の手を握って立ち上がるレイラン。

 しかし、三人は立つ位置がワックスの上だと気づく前に事件は起こった。

 「「「は?」」」

 ガンッ!

 三人は仰向けに転び後頭部を打ってその場で頭を抑えながらうずくまった。

 そこにゴミ捨てを終わらせた神斗が狙ってたかのようなベストタイミングで戻ってきて絶句した。レイランの異常なほどに実った豊かな胸も、普段はゴスロリのロングスカートを履いて滅多に見れないその大胆なほどまでめくれ上がり露出した素足にも、昨日も拝んだまだ発展途上ではあるが妖精のような肢体をした八重の体にさえ目を奪われることはなかった。

 女子が三人も床で後頭部を抑えてうずくまっていれば開いた口もふさがらなくなるのは当たり前だが。

 「か、神斗君。」

 存在に気づいた咲は涙目で神斗を呼ぶ。肌の露出で恥ずかしがっている暇はないのだろう。

 「・・・・・・大丈夫か?」

 流石にとっさにはこれくらいしか言えなかった。

 「今起こったことをありのままに話すわ。」

 「よ、よろしく。」

 「優しい女の子がかわいそうな女の子を助けるという感動シーンを演出したんだけどどうやら神様はコメディを望んだらしく、母なる大地に後頭部から挨拶することになったわ。」

 頭を打って脳震盪でも起こしたのかわけのわからないことを解説する咲。

 現状を見てだいたいの察しがついた神斗は気づかれないように小さくため息をつく。

 どうやったらこんな状況を作れるのだろうか、いや、元凶はレイランだ。と直感的に思った。咲も八重もバケツをひっくり返すような特技を持つ性格はしていない。そう考えると消去法でレイランだと神斗は決めつけた。

 視線を他の二人の移すと、八重は痛みで半泣きになっていてレイランに至っては頭を抱えながら気絶していた。

 器用だなぁ、と感心しつつ後片付けを二人に言いつけてレイランを抱えて医療室に運ぶために去っていった。

 「片付けとけって言ってもこれどうすればいいのかしら?」

 「とりあえずワックス広げちゃおう。」

 「そうね。」

 八重の案を取り入れると立てかけてあったモップを手に取り二人でワックスを伸ばし始める。体は濡れて冷め切っているがこれが終わったらお風呂をもらう予定だ

 一緒にぶちまけられた水はもうどうしようもないのでワックスと混ぜてしまう。

 ワックスを塗ることで床が少しずつ艶が出てくるのを実感しつつまた、ひとつの覚悟とともに八重に話しかけた。

 「八重さん、一緒に特訓しましょ。」

 練習してからと言われたため今のままクエストを受けることはできない。ならば、まだ、力を見ていない八重を経験を積んでいこうと咲は決めていた。

 友達であり仲間なのだから。

 八重は咲の熱意に火がつけられたような気がして、強く頷いた。



 翌日の朝、神斗はレイランに連れられて小さな街、十八層西中央区に来ていた。

 建造物のほとんどがレンガで出来ており、街の中心には大きな池がありそれを囲むように紅葉の木が鮮やかに植えられている。

 この池は湧水で出来ており、この街唯一の水源である。池をぐるりと囲む家のほとんどが店をやっており、賑わいを見せていて中には見たことのない食材や家具などがあり八重ではないが神斗の好奇心は強く刺激された。

 そんな風流を感じる池を神斗とレイランは並んで歩いている。

 「今の時期って秋だったのか。こっちのギルドの周りには季節感を感じる特徴的なものなんてなかったから夏かと思ってた。」

 「確かに、私たちのギルドには年中葉を茂らせている深緑樹しかありませんからね。」

 苦笑しながらも神斗の言葉を肯定するレイラン。その彼女の手には風呂敷で丁寧に包まれた酒瓶が握られていた。

 「レイラン、その手に持っているのは酒か?」

 「そうですよ。仲間が増えたということで挨拶しようと思いまして。」

 「毒でも入れたのか?」

 「そんなことするわけないでしょう!」

 激しくツッコミを入れつつペースを上げ、神斗の斜め前を歩く.

 ははっ、呆れられちまったか?

 神斗はその後ろを肩をすくめつつ着いて行く。

 そういえば、俺がいた世界も秋だったか。あっちは都会だったから季節を楽しめるものなんてほとんどなかったからなぁ。

 生い茂る紅葉が胸を満たしつつ神斗の歩調は自然とゆっくりになる。水面を見ると紅葉が数枚浮かんでいてなんとも深みを感じる。こんな光景をもっと静かな所で見ることができればとても味わい深いものだろうと思う。

 「神斗さん。早く来てください。」

 いつの間に距離が開いていたのか、二人の間には十メートルほど差があった。

 池に気を取られすぎたせいでいつの間にかその場で止まっていたようだがレイランの急かすような言葉を無視しのんびりと向かう。

 レイランは既に家と家の間にできている思いのほか広い通りの前で神斗を待っていた。

 「悪い。なかなかここの池が良かったものでな。それで、誰に会いにいくんだ?」

 「この十八層を統べる御方の所です。とても面白い方なのですよ。」

 神斗が到着するとスキップするように歩き始める。

 それ見た神斗はその御方とやらに興味が湧き、にやりと小さく笑う。会話だけで彼女をここまで嬉しそうにする相手を見てみたかった。

 「十八層を統べる、ねえ。なかなか面白そうなやつだな。」

 そのキーワードにも気がそそる。

 早く会ってみたいという期待とともに神斗の歩調は早くなり、レイランの横を再び歩く。

 すると、二人が歩く通路の端で小さな屋台を発見した。中から肉をハーブで焼いたような食欲をそそる香りが漂っていて、神斗はおもむろにそちらに足を向ける。

 「ちょっ、神斗さん!?」

 突然の進路変更に注意しつつも聞く耳を持っていないと分かるや追いかけるレイラン。既に神斗は店主おっちゃんから何かを買ったあとだった。予め神斗、咲、八重の三人はレイランから少量ではあるが小遣いをもらっていたのでそこから払って受け取っていた。

 神斗が買ったのは薄く焼いた小麦粉の生地に乱切りにされた羊の肉に刻んだ野菜を包んだいわゆるケバブだった。

 ハーブの香りに鼻孔をそそられつつ早速一口。

 「まずい。」

 即答だった。

 それを聞いた店主のおっちゃんは営業スマイルから即座に目つきを鋭くさせる。

 「おい兄ちゃん。てめえ、俺が作ったものをまずいって言いやがったな!?」

 「まずいものをまずいと言って何が悪い?」

 神斗は一歩も引くことなく言い返す。

 まさに一触即発状態に陥り、レイランは冷や汗を流す。

 「ちょっと神斗さん!もう少し言い方というものがあるでしょう!?」

 「なら、お前も食ってみろよ。」

 耳打ちで神斗を注意するとすかさず持っていたケバブをレイランの前に持ってくる。見た目はそうまずそうにも思えない。

 一口。

 ま、まずい!

 神斗のように口に出すことはなかったが言ったとおり、お世辞にも美味しいとは言えなかった。肉には火がよく通っておらず中身は生臭い。野菜も新鮮さがなく、薄く焼いたはずの小麦粉の生地までしっかり火が通ってなく、さらに味がない。

 咀嚼するのも苦痛で仕方がない。

 これは、なんといってフォローしましょうか。

 「ほら見ろ。コイツも口では言ってないが顔に大きくまずいって書いてあるぜ?」

 え!?っと神斗に心を読まれ慌てふためくレイラン。

 まだほとんど咀嚼していないものをなんとか飲み込み、無理やり笑顔を作る。背中を伝う汗を隠しつつ、美味しいですよ。となんとか一言添える。

 「お前、顔が引きつってるぞ。」

 「うっ。」

 「そうか、まずいのか。」

 いつの間にか毒気を抜かれたように店主のおっちゃんは肩を落としていた。レイランが気を使っているということに気がついたのだろう

 それを見たレイランは余計に慌てふためく。まさかただのお使いでこんなことになろうとは想像もしていなかった。

 「か、神斗さん。どうしましょう?」

 それを聞いた神斗は小さくため息を吐く。

 レイランからケバブを取り上げ、黙々と全部食べ終える。

 「少し待ってろ。」

 そう言って来た道を戻っていったと思ったら本の数分で紙袋に何かを詰めてまた戻ってきた。

 「神斗さん。それは?」

 「足りない食材だ。俺がうまいものを作ってやる。」

 そう言うと店主のおっちゃんを追い出し、黙って作り始める。

 肉は薄く切り、野菜は水にさらし、生地はしっかり焼いている。生地の上に具材をのせる、そこまでは同じだったが秘密裏に作ったタレをかけて完成した。

 「召し上がれ。」

 難なく二人分作り終える。

 「あ、あぁ。」

 店主のおっちゃんは神斗の手際の良さに半ば驚きつつも一口。

 「うまい!!!」

 驚嘆をもらす店主のおっちゃん。レイランも一口食べて驚いていた。果物のさっぱりとした甘味に香辛料が効いた甘辛いタレが絶品だった。

 二人は黙々と勢いよく食べ進める。

 そんなにうまいか?結構手頃な値段で作れるものなんだがなあ。

 二人の食べっぷりにそんなことを疑問に思う神斗。しかし、レイランがいっぱいに頬張りながら嬉しそうに食べる様子を見てどうでも良くなった。子供のように無邪気に食べる姿は可愛いものである。

 手を拭きながら屋台から出ていく神斗を店主のおっちゃんは慌てて引き止める。

 「さっきはあんなもの食わせてしまって悪かった。」

 「・・・レシピそこの紙袋に書いておいた。」

 背中を向けながら親指で屋台の中を指す。

 それを聞いた店主のおっちゃんはすまねぇ、と再び詫びた。

 ゆっくりと歩き出す神斗の背中に小走りで寄っていくレイラン。ちらりと見ると意味深なくらいに優しく微笑んでいた。その笑顔にククッと笑い返しつつその場を離れる。

 「今度はうまいもん食わせてくれよ。」

 おう!と元気な声が返ってきたのを聞き、少しだけ歩調を上げた。



 「神斗さん、先程は見事でしたね!」

 通路を抜け、再び広場に出るとレイランは機嫌よくしていたスキップを止めて神斗に向き直ると褒めはやした。

 「いきなりなんだよ。」

 褒められる覚えがない神斗は素っ気なく答える。そしていつの間に風呂敷に包まれた酒瓶を持たされているため少し面倒くさかった。

 先程、通路を歩いている最中にレイランは空に浮かぶ雲を見ながら歩いていると手からするりと落ちたのを地面衝突ギリギリのところで神斗がすくい上げた後そのままに持っていく羽目になってしまったのだ。最初はすぐにでも返そうと思ったが今みたいなことが起きたことを考えると今度は何もないところで転ぶのではないかという可能性も出てきたため返すことができなくなってしまったのだ。

 「あの屋台でのことですよ。昨日の夕食のことといい先ほどのことといい、神斗さんはお料理スキルが高いんですね。」

 「何を今更。と、言いたいが所詮俺の料理スキルなんて趣味の範囲でしかねえよ。いいもん食いたきゃちゃんとしたシェフを雇ってくれ。」

 と言いつつやっぱり持っているのが億劫だったのでレイランに風呂敷を返す。

 「そんな!神斗さんの料理は最高ですよ。私、昨日の今日で今まで食べてきた中で一番と思えるものを食べさせてもらいましたし。」

 満面の笑みで返しつつ神斗から渡された風呂敷を抱くように受け取る。

 ふむ。

 レイランに抱かれた風呂敷がその豊満な胸によって優しく包まれるのを見て、神斗は興味深げな視線を向けたあと気づかれる前にすぐに逸らした。

 「まあ喜んでくれたならそれでいいや。それより、目的地にはまだ着かないのか?」

 「もうすぐなんですけど。・・・・・・・・・・あっ!ありましたよ。あそこです。」

 とレイランが指をさした先には一際大きなレンガでできた家があった。

 あれがこの層を統べるやつが住んでる家か。城に住んでるイメージがあった分随分しょぼく感じるな。

 期待はずれに肩を落としつつ家の前まで歩を進める。今自分が風呂敷を持っていたらうっかり落としていたかもしれない。

 家の前まで行くと看板が置いてあった。

 『いらっしゃいませ!』

 と、一言書いてあった。

 「ここって店なのか?」

 「いえ、そんなことはないですよ。入ればわかります。」

 レイランは先導して中に入っていき、神斗もそれに続いてドアをくぐった。

 その先は玄関があって、部屋が何室かある普通の家だった。ただ一つ違うところはレンガ造りの家なのに廊下が板の間になっていることだった。長い廊下が一直線に伸びていて周りは全て壁になっている。その壁には木や川などが一つの絵のように描かれており、まるで森の中にいるような錯覚を覚えた。

 「すごいな。」

 神斗は素直に驚いた。

 周りをぐるりと見回すと外で見たレンガを思わせるところは何もない。むしろ外で見た方が不自然なくらいである。

 「神斗さん、気をつけてくださいね。」

 言われて少し前にいるレイランを見ると先程の浮かれた態度とは裏腹に緊張感のこもった表情をして廊下を隅々まで見回していた。

 「どうかしたのか?」

 「この家には様々なトラップが仕掛けられています。」

 それを聞いた途端、神斗の好奇心は頂点に達した。

 「なるほど、忍者屋敷ってやつか。これはおもしれえ。」

 神斗はキョロキョロと辺りを見回す。目立つような仕掛けがないことから相手は相当の実力者ということがわかる。トラップとはわかるように作ってしまっては意味がなく、相手が気づかないように仕掛けるのが最大のポイントなのである。

 「神斗さん、右斜め前の床にトラップがありますので_______」

 「わかった。」

 カチッ。

 「くれぐれも踏まな・・・・・・・ん?神斗さん、今何をしました?」

 振り返ったレイランの瞳に映ったのは右足でトラップのスイッチを思いっきり踏んでいる神斗だった。

 は?と頭に疑問符が浮かぶレイランに神斗はグッと親指を立て、

 「行ってこい。」

 と告げた途端に二人が踏んでいる床が大きくガバッと開き、レイランは急激に落下していく。しかし神斗は風を纏いその場で停滞していた。

 「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!裏切り者ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」

 レイランの姿がみるみるうちに小さくなっていき神斗はにっこり笑いつつ彼女の断末魔とともに開いた床が閉じた。

 「さて、進むか。」

 何事もなかったかのように神斗は歩き出した。

 所々にもトラップのスイッチと思われるところがいくつもあり、二十メートル近くある廊下の端から一番奥の部屋に着くまで二十個以上あった。

 さすがにこれだけあるのは驚いたな。

 予想以上のトラップの多さにさすがに疲れた神斗はため息を一つ漏らす。ちなみに全てのトラップを起爆させた後、奥の部屋にたどり着いた。槍やら水やら斧までもが床、壁、天井から襲ってきたので暇潰し程度に一つ一つ壊しながら進んだのだ。その中で気がかりなのが三つほど不発に終わったことだ。まあこれだけの数を用意すれば誤差もあるかと特に気にしなかった。

 目の前には二匹の大きな虎が描かれた引き戸がある。二匹は獲物でも狩るかのように牙を向けてこちらを見ている。

 神斗はゆっくりと引き戸に手をかけて開けると、そこは和室になっていた。向かって右側が壁になっており反対側は障子で今は全開になっておりそこから見える小さな庭には砂利が敷き詰められていてその中心には鯉が泳ぐ湧水でできた池がある。後は紅、黄と小さな草木が植えられていて時折吹き抜ける風が微かに葉を揺らす音色は秋であっても風情を感じさせる心地よさだ。それを独り占めできる和室の奥で座布団の上に座り、神斗を興味深げに見ている人物がいた。

 「にゃはは。よく来たにゃ。」

 猫しゃべりをする少女、見た目から十三歳くらいだろうか。レイランのように肌は健康的な褐色で付け根が黒く先が黒い猫耳と鉤尻尾、白いタンクトップに肌色のデニム、頭に金の髪装束と背中に純白の衣を纏っている。どこか地位の高さを感じさせるが彼女の陽気な笑顔は誰もが寄ってくるようなカリスマ性すら感じる。

 「あんたがこの層の主か?」

 「にゃはは!直球だにゃ~。いかにも、にゃーがこの層を統べるバステトだにゃ。そういう君は?」

 「天崎神斗だ。よろしくな、覇王様。」

 むんと成長途中の胸を張ってふんぞり返るバステト。

 随分と頼りなさそうだな。

 神斗はバステトの消極的な胸を見ながら批評する。層を統べるというのだからもっと大人で近寄りがたいほどのこわもてな形相をしたおっさんをイメージしていた分、落胆の意は大きい。

 「失礼にゃとこ見て失礼にゃこと、思ってないかにゃ~?」

 ハッと神斗の意識が改まる。突然の背後からの声に驚いているといつの間にか奥にいたはずのバステトの姿が消えていた。

 バステトは神斗の背後に周り、首に両手を回して捕まり、しっとりとした尻尾を神斗の手に摺り寄せながら耳元でそっと囁く。

 「見た目と実力はそう比例するものではないにゃ。見た目がものすごい剛力のように見えてもひ弱だったり、重量に見えて瞬足の持ち主だったり、屈託のない優しい笑顔を見せる少女が殺人鬼だったり。」

 最期の言葉に一瞬だけ見せる殺気、それでいて甘い吐息。死を受け入れてしまいそうな蜜の感覚が襲い、頭を強く振ることによって何とか払う。

 神斗は警戒心を強くする。

 こんな狭いところで戦って勝てる見込みはほとんどないが逃げるための隙くらいは作れる。

 「ゴキブリみたいな素早さだな。さすがに慣れるまで時間がかかりそうだ。」

 「おいおい、可愛い女の子を捕まえてゴキブリ呼ばわりかにゃ?」

 安い挑発を飛ばす神斗からするりと降りると今度は歩いて座布団の上に戻る。歩法一つでも全くブレのない動きに感心しつつもバステトに手招きされ近くまで行って腰を下ろして胡座をかく。

 隙を突かれたことに少々不満げな顔をする神斗をみて彼女はにゃはは、と屈託のない顔で笑う。

 その仕草一つとっても自分より年下に見えるが内側に秘めているのは何年生きて培ってきたかわからないくらいの深さが先ほどの動きを見ればわかる。

 そういやバステトって人間を病気や悪霊から守る女神だったよな。他には、多産の象徴で豊穣や性愛を司り、音楽と踊りを好むんだったけか?その為シストラムを持っているんだっけ?

 たまたま知っていた雑学を頭の中で展開していく、これで何かが有利になるわけでもないが情報はあるに越したことはないだろうと前向きに考えることにする。

 とりあえず戦う意思がないないということみたいなので警戒はとく。

 「ところで神斗。ここへは何しに来たのかにゃ?」

 「あぁ、そういや忘れてた。実は______」

 ズドォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!

 目的を思い出し、説明しようとする神斗とそれを聞こうとしていたバステトの耳に床の下から何かを殴りつけるかのような轟音が聞こえた。

 何事かと素早く立ち上がり周りを警戒するバステトに対し確かもう一人いたなあと座りながら遠い目をしながら今更ながらに思い出す神斗。

 ズンッ!!!!

 今いる部屋の真下から音が響いてくる。しかも音源が近づいてきてるのがわかる。今の時点でほぼ真下まで来ているからおそらく次でブチ抜かれるだろう。

 神斗は素早く立ち上がると即座にバステトの襟首を掴む。

 「ぐへぇ!」

 首が締まって苦しそうに呻く彼女を構うことなく部屋の隅まで下がる。

 ズドンッ!!!!

 次の瞬間、床の一箇所が大きく隆起し爆散した。

 飛んできた畳のクズを払いつつ神斗は現況の主を見る。

 その細い腕からは信じられない剛力を生み出す彼女に感心し、神斗は自分の背中に張り付いて飛んでくる畳のクズを回避したバステトをはがしつつ声をかける。

 「無事だったか。よくこの部屋を当てたなぁレイラン。っていうかお前が穴開けた場所さっきまで俺が座ってたんだぞ。もし避けれなかったら俺の尾てい骨はあそこにあったぜ?」

 と木造の天井を指差しながら労いの言葉と冗談を飛ばしながら笑う神斗。

 しかし、笑う神斗に対してレイランはうつむきながらふるふると震えている。そしてキッと神斗を睨みつけると半泣きになりながら訴えた。

 「全然大丈夫じゃありませんよ!暗くて周りがよく見えない中壁からはすごい速さで鉄球が飛んできて当たりそうになるわ、流れの激しい濁流に飲み込まれそうになるわ、最後には上から巨大な岩に押し潰れそうになるわで本当に死にかけたんですからね!!!」

 「全然大丈夫じゃねえか。それにしてもバステト、トラップで穴に落とされたあとにまたトラップってのはさすがにやりすぎじゃねえか?」

 「いやいや、普通は発動しにゃいにゃ。」

 「じゃあたまたま誤作動で全てのトラップが発動したってのか?それは出来すぎだと思うぜ。」

 「そうじゃにゃい。そもそも地下のトラップは先程神斗通ってきた通路からじゃにゃいと発動させられにゃいのにゃ。」

 バステトに言われて思い当たることが一つあった。トラップの中に不発だったことだ。

 「なるほど。つまりあの不発だった三つは実は地下で発動させられていたんだな。どおりででおかしいと思ったぜ。」

 ククッと笑う神斗にシャーッ!と蛇のように威嚇をするレイランをバステトが落ち着かせるのに少なくない時間使用し、その後本題に入ることになった。

 その本題とは、仲間が増えたということともう一つ、十七層に行くための試練を一ヶ月後に受けるということだった。

 いままでのギルド・ドラゴニクスは主力がレイランの一人だけだったため行くことはできてもそこに滞在するだけの力がなかったことだが神斗、咲、八重を含めた四人ならば対抗することができる。上層に行っても力が足りずギルドの崩壊とともに下層に降りてくるものは年々で決して少なくはない。

 それを知っていたレイランはあえて最下層で滞在していたのだ。仲間もそれを知っていたため、特に反論することはなかった。

 だから、今度こそは!とレイランは胸中で意思を強く持つ。自分には目的がある。その為にギルドを作ったのだ。

 一人意気込むレイランを横目に神斗は小さくため息をつく。

 正直神斗にはレイランほど意気込むほどの理由はない。強い奴と戦うのは面白そうではある、がそれだけで勝ち負けを競いたいわけではない。

 天崎神斗は遊び人だ。面白そうなことは何でもやるがそのかわりやることでの結果までは気にしていないのだ。しかし、それを言えば必ず神斗と咲たちを含めたギルドに亀裂が入ってしまうため黙っておくし、ギルドに入れてもらった恩もあるためそれなりに頑張るつもりではある。

 まずは一ヶ月後に備えた十七層に行くための試練をクリアすることだ。

 神斗は後ろめたい気持ちを隠しつつそっと目を伏せた。







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