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第二章

パンデモニウム第十八層、始まりの層とも言われている最下層。そこでは非力な者達が力をつけ、次の層を目指していくスタート地点でもあればほとんどが次の層へ行って人口が少ないこともあって、言ってみれば広く土地を持つことができる自由な階層である。層の真ん中には空を突き刺すほどまで伸びる大きな塔があり、十七層へとつながっていて層全体を支える柱にもなっている。

 その十八層の西の半分を土地として持っているのがレイラン筆頭のギルド・ドラゴニクスである。彼女らの実力は十八層で最強と言っていいほどには大きくなったのだが次の層にいくと対抗できる戦力はレイラン一人になってしまうので次の層に行くことができないでいた。

 さらに言えば自由といえどこの最下層は環境、天候があまりよくないため作物なども限られた種類のものしか作ることができないとても貧しい層だ。

 そんな今の天候は雨。

 神斗たち含めたドラゴニクスは本拠に帰還していた。三階建ての大きな建物で城と言われても大差ないくらい迫力のある建物だ部屋は一回につき十部屋あり、下が男、上が女と部屋割りが決められている。

 レイランたちからしても胸を張って自慢できる代物だった

 しかし、神斗、咲、八重の反応は微妙だった。決してボロいとは言えなくもないがだがそんなことより外面がとても汚い。庭も草が伸びきっているし、二階の窓にまで蔓が到達している。夕方ということもあり雨と織りなって見せるのはお化け屋敷そのものだった。

 神斗は母屋にでも泊まろうかと辺りを見回し、咲は好奇の目で館を見つめ、八重は少し離れた木の陰で身を縮めて顔を青くしていた。

 三人の反応を気にもとめずに本拠の中を案内しようと玄関の前に立つ。

 「やだなあ、行きたくないなあ。」

 八重が初めて弱音を吐く。しかも涙目にまでなっているのでこれは救いようがない。

 レイランが錆びたドアノブを回して押す。

 ギイイイイィィィィ。

 と、お化け屋敷では定番の寒気が襲う不気味な音が鳴る。兵士たちは雨に濡れないようにとさっさと入っていく、それに続いて神斗と咲。しかし、八重だけはガタガタ震えて中には入れないでいた。ちなみに寒いからではない。怖いからである。

 いつまでも中に入らない八重は雨に打たれすぎたせいで服がずぶ濡れになっていて薄いTシャツから青い下着が見えている。

 これはこれで悪くはないな。

 口笛混じりに神斗が思っているとレイラン、咲、八重は頬を紅潮させながら頭にチョップを入れてくるので甘んじて受ける。なんとも初々しいお嬢様たちの反応に頬が緩むがあえてそれは見せないようにした。

 「さて、レイラン。とりあえず夕飯の支度をするからキッチンを案内してくれ。」

 首を横にブンブンと振って入ろうとしない八重の腕を無理矢理引っ張りレイランから自分用にもらったタオルを彼女の頭にかぶせながら尋ねる。

 その後咲が神斗に変わって八重の髪を丁寧に拭き始める。

 端から見れば姉妹のような光景でなかなか微笑ましくもある。

 「先にお風呂はよろしいのですか?」

 レイランは濡れた三人を見て首をかしげる。

 このまま放っておけば間違いなく風邪をひいてしまうわけなのだが神斗はブレザーを脱いで片手に持ちワイシャツの真ん中をつまみパタパタと乾かす。

 したにTシャツは着ていないので雨に濡れて上半身がワイシャツ越しに丸見えになってしまう。レイランと咲は再び頬を紅潮させて目を背け、八重は物珍しそうに観察する。

 感心したようにぐるっと見回し、時々体を指先でつついてくる。

 レイランと咲は顔を両手で隠しつつそれでも指の隙間から八重の大胆な行動を見ている。

 神斗は笑って尋ねる。

 「そんなに男の身体が珍しいか?」

 八重は視線を外さずにコクコクと頷く。

 いつの間にか恐怖も紛れたようで今はいろんなものに興味を示す元気な八重に戻っている。この調子なら寝るまでは元気なままかもしれない。

 神斗は八重に構わずレイランに向き直る。

 「とりあえずローブでも貸してもらえるか?流石に濡れたままなのも気持ちが悪いし、風呂は飯を作ったあとにもらうわ。」

 「分かりました。すぐに持ってきます。お二人はどうします?」

 「ああ、二人は先に入って来い。風邪引くと困るし、明日からここの大掃除をする予定だからな。」

 「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。いこう、八重さん。」

 落ち着きを取り戻した咲が誘うとこくりと頷き、レイランを先頭に三人は脱衣所に向かった。

 一人玄関に残った神斗はできるだけ静かにドアを睨みつける。

 最初から気づいていたわけではないが途中から複数の輩がこちらを監視していた。腕は大したことはないだろうが数で攻められると少々厄介に思えるくらいには人数はあると神斗は察する。神斗は自然に臨戦態勢に入る。

 向こうの目的がはっきりしない以上、攻めるのは控えるか?いや、ドアごといけば面白いくらいには奇襲になるかもな。

ククッと喉の奥で笑う。

 右手に小さな火炎を創りだす。あとはこれを派手に撃つだけなわけだが、何故か気配が霧散して消えた。

 こちらの動きを読まれるようなヘマをした覚えはないがどこかから見られていたのだろうか。いや、それならそもそも直接自分に視線を向けられるはず、だとすると向こうが自らの意思で引いたということなのだろうか?疑問は深まる一方だが、今は考えないことにした。相手の情報が一切無い以上考えようがそもそも無い。

 手を振り払って火炎を消すと、ちょうどレイランが戻ってきた。

 「どうしたんですか?」

 ローブを片手に首をかしげながら聞いてくる。

「いや、服でも乾かせるかもと思ったんだがダメだった。」

 冗談交じりでローブを受け取り、視界を隠して紅潮するレイランを無視してその場で着替えながら答える。

 下手に教えて厄介事に首を突っ込まれるのも面倒なので、何事もなかったかのように振舞う。しかし、このまま放っておくほど神斗の心は広くはない。

 次に来た時は返り討ちにしてやる。

 胸中で不穏なことを呟きつつ、レイランにキッチン案内してもらう。

 色落ちしてボロ雑巾のようになった暖簾をくぐると、案の定埃と汚れの幻想郷が広がっていた。食器などはなんとか洗ってしまってあるようだがこんな場所では洗っても大した効果はないだろう。

 神斗は微かな頭痛を覚え、片手で頭を抱える。

 よくもまあ衛生最悪空間まで持ってきたものだと呆れるを通り越して感心してしまう。こんなことして体を壊さないものだろうか。下手をすれば食中毒にかかってしまう。

 レイランは決まりが悪そうに頬を引きつっている。

 「何か言うことは?」

 「ごめんなさい。」

 レイランは即答する。

 汚いという自覚はあるのだろう。しかし、それなら何故ここまで放っておいたのか。

 神斗は掃除好きでもなければ綺麗好きというわけでもないし、むしろ元いた世界の自分の部屋は散らかっていたほうだ。しかし、この異常な汚さは自分のことを棚上げして説教してもバチは当たらないくらい酷い。

 なんにしても全ては明日することにした。


 現在、咲と八重は入浴中。

 体を流し、湯船に浸かるとほんのりと頬が蒸気し体の緊張がほぐれる。今日一日の疲れがゆっくりとお湯に溶けていき、ふぅ、と自然に息が溢れる。

 今日一日、本当に信じられないことがたくさん起きたため、未だに頭の整理は追いつかないがそれでも今までの退屈な毎日と比べれば何倍もいい。

 二人はお互いの顔を見て微笑み合う。

 「なんだか今日は大変だったわねえ。」

 「うん、現実とは思えないくらいだよ。」

 まさか自分たちがファンタジーな世界に入り込んでしまうだなんて、夢だと言っても遜色つかないだろう。むしろ夢だと言ったほうが正しいくらいかもしれない。

 しかし、これは現実だ。実際に血を流しているのを目にしてしまっている以上怪我だけですまない場合が今後起こらないとは言えない。

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 無理もない。今日初めてあった相手と一緒に入浴しているのだ。相手のことを知らないのになんの会話をすればいいのか二人は全くわからなかった。

 しかし、その沈黙を破ったのは珍しくも八重だった。

 「咲は戦うの?」

 「え?」

 突然何を聞かれたのか理解ができなかった。戦う、それは相手と命の駆け引きをするということであり、生半可な気持ちで参加すればすぐにやられてしまうだろう。

 咲は八重の目をまっすぐ見て微笑む。

 「戦うわよ。この命をかけてね。」

 覚悟ならある。他人が聞いたら止められるかもしれないがそれでも、あの退屈と孤独を味わう毎日と比べたらこっちの世界は命を賭けるだけの価値がある。だからこそ咲はあの二人のクエストを受けたのだ。

 お湯に映る自分を見つめ、決心を強くする。

 そんな咲が眩しく見えた八重はそっと眼をそらす。

 咲は強いな。

 自暴自棄な気持ちとともにそんなことを思ってしまう。実際に咲は強い。前向きに物事を考えていて相手とのコミュニケーションも積極的であり、さっきも兵士たちと親しげに話をしていていろんな情報を聞き出していた。

 それと比べて自分は弱く、戦うことになんの覚悟も持っていない。そんなことで一緒に戦ってはいつかきっと迷惑をかける時が来る。

 それだけは絶対に嫌だ!

 心の中で強く思いつつも何も見つからない八重は肩を落とす。

 「八重さんは?」

 「私?」

 質問を返され戸惑う八重は返答に困り俯いてしまう。

 なんだか心を見透かされているようで余計に彼女の顔を見ることができなくなってしまう。

 当の咲はそんなことをしているつもりはなく、ただ興味本位だ。

 ただの被害妄想に悶々とする八重。こんなことを言えば軽蔑されてしまうのではないかという恐怖が体全身を支配し、寒気が走った。

 八重は学校で成績もよく、スポーツずば抜けていたためそれを嫉妬してみんなが離れていいってしまいほとんど一人でいたため、誰かと何かを預け合うための会話をするのは初めてである。だからこそ、仲良くなってくれた人がまた離れていってしまうのではないかとそんなことを思うだけで体が震えてしまう。

 「私は、」

 「どうしたの八重さん!?」

 自分の体を抱きながら震える八重を心配した咲が肩を抱いてくれる。

 その優しさに八重は涙をこぼす。

 お湯に広がる八重の涙をみた咲はそのまま強く抱きしめた。体の温もりが直に伝わりお互いの鼓動も聞こえる。

 八重は突然のことに目を見開き動揺する。何故か咲が自分のことを抱きしめている。しかし、その咲の優しさに八重は嗚咽を漏らしながら今の自分の心境についてありのままを話そうと決めた。

 「私、咲みたいに覚悟なんてない。でも、みんなと一緒に戦いたいし、みんなと一緒に遊んだりお話したりしたい。それだとみんなに迷惑をかける。もしかしたら私のミスで怪我をさせちゃうかもしれない。嫌われるのは、嫌だ。」

 八重も咲の背中に手を回し、最後の言葉とともに力を込める。

 「そう。」

 言うのはそれだけだった。そして咲もまわした腕に力を入れて一層強く抱く。

 八重の気持ちがわかったから。八重の悲しみがわかったから。だから、咲が言いたいこともひとつだった。

 「いいんじゃない?それで。」

 「え?」

 涙で濡らした顔のまま咲を見るととても優しい顔をしていた。

 「私だってそこまで強い覚悟を持っているわけではないわ。ただ、私の両親が共働きで一人っ子だった私はいつもさみしい思いをしてたわ。今もそうなのよ。だから、ここに来て今日一日すっごくスリルがあって楽しかったし八重さんや神斗君にあえてすごく嬉しいと思っているわ。だからね、私はここで思いっきり楽しもうと思っているわ。もちろん迷惑もかけると思うし、喧嘩だってしないとも限らないわ。でも、それでもいいなら私と友達になってくれませんか?浅風八重さん。」

 それを聞いた八重はうん、と頷くとすぐに号泣した。咲の胸に顔をうずめてしばらく泣き続けた。

 ちょっとかっこいいこと言い過ぎたかなと思う咲は頬を紅潮させていたが見られていないので良しとして八重が泣き止むまで頭を撫で続けた。


 「神斗さん、何ですかこれ?」

 信じられないくらいのゲテモノを見たレイランはどう調理しようか首をひねっている神斗に答えを求める。

 そこにあったのは大木から切り取った丸太のように分厚い肉だった。

 「何って、見て分からないのか?食肉だよ。」

 当たり前のように言う神斗にレイランは戦慄した。

 「ですがこれ、ヒュドラの肉ですよね?あれって超猛毒を持っていた気がするのですが。」

 「まあ、なんか毒っぽいところを抜き取れば食えるんじゃねえの?やったことないけど。」

 「皆殺しにする気ですか!?」

 ・・・・・・フッ。

 不敵な笑みとともに調理を開始する神斗。レイランは冷や汗とともに息を呑む。

 しかし、神斗の包丁さばきは見事なものでヒュドラの毒っぽいところはしっかりとっていた。あくまで、っぽいところなので使用部分にアウト成分がどれくらい入っているのかとレイランは落ち着けない気持ちで見守っていた。

 「と、ところで神斗さんはどんなものを作る予定なのですか?」

 不安要素はありつつも神斗の腕前に感心してたレイランは夕食のメニューを訪ねてみる。

 神斗が周りにかなりたくさんある材料と調味料をぐるりと見回し、しばらく考える。

 「とりあえず気分で。」

 「一応期待しておきます。」

 ここは美味しさへの期待ではなく、延命への希望と言ったほうがいいのはレイランの心境である。そもそも毒を持つ生き物を食べようとすること自体初めてなためいろいろと心配な点はある。

 レイランは神斗の捌く肉をよりいっそう強く凝視する。

 時折、それ食べられるんですか?と聞くと、ぴたりと手を止めたあと何事もなかったかのように使用する部分の山に取り分ける。その時は毎回肝を冷やすが神斗は気にせず続ける。

 切り分けた肉の山に比例してレイランの憂鬱さも増していく。もしかしたら屋敷を汚くしていたバツなのではないだろうかと心の中で懺悔し始める事態。

 一通り切り分けたところでようやく肉の調理にかかる。鍋に油を多く入れ肉を軽く素揚げし、次は野菜と一緒に炒め調味料を加えたあとさっと炒めて皿に盛り付ける。

 「味見よろしく。」

 「毒見の間違いでは?」

 盛り付けたあと皿をレイランの前まで持っていく。赤い餡を絡めた初めての料理を見てゴクリと息を呑む。

 「夜・露・死・苦。」

 「なにか違いますよね!!?」

 文句を言うレイランの口に出来上がったヒュドラの肉をねじ込む。

 サァー、と血の気が引いていきどんどん顔色が青くなるレイラン。しかし、ゆっくりとかんでみると予想の斜め上を行く美味しさで今までの沈鬱そうな顔が嘘のように明るくなった。

 その様子を見て神斗は小さく安堵の息を吐く。

 「神斗さんこれすごく美味しいです!」

 「それは良かった。・・・・・・・・・毒は入ってないのか。」

 ぼそりと呟いた最後の聞き捨てならないセリフを聞いて、え?と神斗を見るとしれっと調理を再開する。

 「そういえばレイラン。お前って何の竜種だ?」

 突然の質問に頭に?マークが浮かぶ。

 「質問の意味がわからないわけじゃないんだろ。何の竜種だ?お前だけ周りの兵士と同じ種族には見えないんだが。」

 その言葉にレイランは関心を覚えた。何せ今まで不思議に思われることが少しあったが神斗みたいに種族が違うと疑ってきた者は一人もいなかった。ヒュドラの時もそうだが思った以上に頭が回るなあと驚いた。レイランは神斗の洞察力に強い期待を覚える。

 「すごいですね。今までそんなことを聞かれたことなんてありませんでした。質問にお答えすると私はニーズヘッグの神格から生まれたものです。」

 「ニーズヘッグってたしか死体を裂くものの意味があったよな?それに神格から生まれたってどういうことだ?」

 料理の手を止めずに神斗は質問する。

 「私は受精による誕生で生まれてないんですよ。神格を集めて作り出されたいわば分身のようなものです。ですから本物とは違って記憶や肉体のできは違うんですよ。」

 「そうか。」

 元々竜の誕生が曖昧すぎる。一節では蛇の類と呼ばれたり、突然誕生したなどと根拠のないものばかりで全く参考にならない。だが当の本人は神格から生まれたと言っていた。つまり竜種は生殖行為を行わずとも子をなすことができるということだ。それがわかっただけでも儲けものだということだ。

 一番わからないのはこのパンデモニウムでの竜の祖先だ。あいつらはどうやって生まれた?

 仮説を立てるなら生まれた、ではなく造ったである。神斗の知っている竜とは体の一部一部が実在する生物の特徴である。もし、この遺伝子を集合させて造り出したのだとしたら神格を得てさらなる進化も可能になったのではないか?

 しかし、それ以上はレイランに聞くことはしなかった。彼女は自分は本物と違うと言っていた。竜種であって本物ではないというのは少なからず自分を追い詰めていた時期があったはずだ。これ以上の質問は彼女を傷つけてしまうかもしれないので問い詰めるようなことをしなかった。

 神斗は気まずさを覚えながらごまかすようにヒュドラで作った唐揚げをレイランの口に押し込んだ。

 むぐ!?と少し大きすぎたのか苦しそうにもがくがほっといて調理を続けていく。

 今度、どっかの書庫で調べてみるか。

 すべての料理を作り終えるとそれなりの時間が流れたのに気づき、神斗は冷めてしまう前にできた料理をレイランと運んだ。

 少しだけだが雨も先ほどよりは弱くなった気がした。


 「さて、皆さんも揃ったところでそろそろお話を聞かせてもらいますよ。」

 既に夜。良い子はもう寝る実感だというのに、神斗、咲、八重の三人はレイランに呼び出されてリビングにいた。レイランが向かいの一人用ソファに座り、テーブルを挟んで神斗たちは三人用のソファに向かって右から咲、神斗、八重で腰掛ける。レイランは紅茶を用意すると話を切り出す。が、

 「神斗君、料理上手なのね。」

 「うん、以外。」

 「喜んでもらえて何よりだ。」

 三人はレイランの話を無視して会話を始める。神斗の作った料理は最終的に和、洋、中の三種類に出来上がりそのどれもがとてもうまくできていた。二人は神斗の料理の腕に驚きつつも素直な感想を言う。

 話に入っていないレイランは二、三回口をパクパクと動かして自分が入るタイミングを伺っているがそれをさせまいと三人はうまく会話を繋げていた。

 「あ、あの。」

 再びチャレンジ。

 「でもやっぱりパンが欲しかったわ。」

 「咲、あれはお米だよ。」

 ついにご飯派とパン派の派閥争いが始まっていた。

 「まあ、どっちにしてもまた今度だけどな。」

 楽しそうに言い争う咲と八重、それを見て笑う神斗。そんな微笑ましい三人は端から見れば家族みたいなほど明るくも和やかな雰囲気を醸し出している。しかし、そんな三人の正面でティーカップを持ちながらわなわなと怒りから震えてキッと睨んでいる者がいた。

 そして、レイランの中でプチッと何かが切れる音がした。

 「話を聞いてください!!!」

 リビングに反響するような大声で叫ぶ。

 三人はいきなりのことに目を見開く。こんなキャラだっけ?と八重が二人を見るが肩をすくめるだけで何も言わなかった。さらに三人の視線はレイランの持つティーカップに注がれる。取っ手の部分だけを残しカップは粉々になっていた。

 レイランって結構すごかったのね。

 咲は舌を巻きつつ破損した部分を見つめていた。

 「皆さん少しは私の話を聞いてください。いいですか?皆さんはいわゆる異世界から来たのですからもっと慎重にならないとダメです!そもそも他人の話を無視することはマナーが悪い証拠です。________」

 なんといつの間にか話の主旨を忘れて説教モードに入ってしまったらしい。かなり間の抜けた奴だと思っていたためこれは結構面白くなりそうだと神斗は期待が膨らむ。

 それにレイランが言いたいことはだいたい予想がついていた。

 だからこそ面倒くさいと思ったのである。

 「というわけなのです!何か言いたいことは!?」

 「「「何もないよ母さん。」」」

 「誰が母さんですか!!」

 レイランはふてくされたように頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。この仕草も一見ボーイッシュに見えるレイランも可愛い女の子だ。

 本当にからかいがいのある奴だなあと半ば感心する。レイランにしてみればはた迷惑なことだが神斗たちは彼女の反応を含めて楽しんでいた。

 咲と八重はレイランをなだめながら破片の片付けを手伝う。それでも二人の顔は満足したかのように爽やかな笑顔だ。神斗もそれを見てククッと喉の奥で笑う。心の中でやりすぎたか?と思うが次はどうやっていじろうかという思考に即切り替えられ反省の色は皆無である。

 たとえ反省したとしても片付けは手伝わないのだが、

 「指は切るなよ。」

 と、一応忠告はする。

 しばらくしてレイランは自分の分の新しい紅茶を入れるとまだふくれっ面だったがそれでも聞きたいことがあるようにソファに腰掛ける。

 「話を聞いてもらえますか。」

 「ああ、なんでも聞いてくれ。」

 神斗が手で促しながら答える。

 「では、」

 こほん、と咳払いを一つする。仕切り直しということだろうか?

 「人間とは何ですか?」

 「私が答えるわ。」

 紅茶を優雅にすすりながら咲が答える。その様はどこかの箱入りお嬢様を彷彿とさせるほどに似合っていた。

 「人間とは種族の中でも最強種と呼ばれていて常に食物連鎖の頂点に君臨している者よ。特に知略に富んでいてあらゆる敵を脅し、貶め、弄ぶ。さらに、人間は夢に出てきて寝ている時にも恐ろしいことをしてきて気づいたときには釣り上げたロープに首を巻いて台から飛び降りる瞬間だったというくらいに恐ろしい生き物よ。」

 咲が楽しそうに怖い話を聞かせるかのように語っているとレイランは顔を真っ青にしてさっきとは違う意味でガタガタと震えていた。

 それを神斗を挟んで聞いていた八重は助け船を出す。

 「咲、もう少し真面目に話してよ。レイラン、今のは嘘だからね。」

 それを聞いてホッと胸をなでおろすレイラン。

 「あら、つまらなかった?」

 今の言動を意外に思った咲は八重を覗き込む。

 八重は首を横に振り、親指をグッとと立てる。

 「最高だった。このまま信じればもしかしたら一人で眠れなくなるんじゃないかっていう期待もした。でも、私そろそろ眠い。」

 ふぁー、と口を手で隠しながら欠伸を一つする。

 壁にかかっている時計を見ると既に十一時を回っていた。レイランの説教が思った以上に長くなったためだ。

 すると、八重の欠伸が移ったのか不意に咲も大きな口を開けて欠伸をする。

 咄嗟に口を手で覆うが神斗がニヤニヤと見ているのに気付き頬を紅潮させる

 さすがに高校生の歳で大きなあくびを見られるのは恥ずかしいことだ。だからこそ神斗は咲をからかった。咲もそれを察してふいっとそっぽを向く。

 「レイラン、人間っていうのはね。猿が進化した種族なんだ。知性をより強く備えた種族だよ。まあ外見的に特徴のない種族といってもいいかな。」

 脇で神斗が咲をいじっているのを見てさっさと済ませて寝ようと思った八重はレイランに先程聞かれた質問の答えを簡単に説明した。

 レイランはそれを相槌を打ちながら聞く。ようやく答えてくれたことに嬉しそうに聞き入っている。

 「では、貴方たちはどうやってここに来たんですか?」

 「何か大きな本を開いたらいつの間にかここにいた。」

 またも八重が答える。二人が答えるとまたふざけるのではないかと思っているのかもしれない。神斗はその気満々だが。

 「本?どんな本ですか?」

 「こんな本だ。」

 いつの間にか神斗の手の中に咲と八重が見たのと似ている本があった。

 それを見たレイランはまるで信じられない物を見たかのように神斗の持つ本を見て絶句する。

 「どうやって出したの?」

 平静を取り戻した咲が神斗の持っている本をまじまじと見ながら尋ねる。この世界に飛ばされてから失くしたとばかり思っていたので神斗が持っていることがわかったのでもしかしたらそれは違うのではないかと認識が改まった。

 「強くイメージしたら出てきた。本当に出るとは思わなかったから正直俺もびっくりだ。」

 神斗は自分の手の中にある本を凝視しながら答える。

 すると咲と八重も虚空から本を取り出した。二人も出せたことに口をポカンと開けている。しかも、全員の本の表紙は違く、何が描かれているのかははっきりしないが神斗は魔法陣のようなものが描かれており、咲は様々な知らない生き物が今にも飛び出てきそうであり、八重は剣や槍、弓などが一箇所に向かって地面に突き刺さっている。

 さらに三人は一斉に表紙を開くとどれも違うことが書かれていた。

 

 ”ハーマゲドン”

 ”天の石版”

 ”無限の武器庫(ヘパイストス)

 

 と神斗、咲、八重に書かれていた。

 それを見たレイランは今度は倒れそうなくらいに顔を真っ青にして三人を一瞥する。

 「皆さん、これ、魔道書(グリモア)ですよ。どうしてこんなものを持ってるんですか?」

 震えた声で聞いてくるレイラン。驚いて震えているというよりはむしろ怯えていると言ったほうが適切なのかもしれない。彼女は神斗たちと三人を畏怖の眼差しで見ていた。

 わけのわからない三人は揃って首をかしげる。

 「これってそんなにすごいものなのか?」

 手に平で何回か軽く叩きつつレイランに尋ねる。

 すごいものなのかと聞きつつも雑に扱う神斗にため息をつく横の二人。

 「魔道書とは神々の力そのものと言っていいでしょう。その魔道書はすでに皆さんの体の一部といってもいいでしょう。パンデモニウムはあらゆるもの創りだす創造装置のようなものです。神や悪魔、幻獣たちはあらゆる信仰心の収束に基づき生まれ、そこから子孫を作り出すのです。魔道書とはその過程で起きた力が集めって出来た魔書なのです。ですからそれを手に入れた皆さんは神々と同等、使い方によってはあるいはそれ以上の力を手にしたのと同じです。さらにその中にたくさんのものをしまうことができるのでちょっとした袋よりは大変役に立ちます。」

 「ちょっと待てレイラン。今信仰心と言ったな?」

 レイランの説明を聞いた神斗は訝しげに眉をひそめる。

 咲と八重も神斗の言ったことに疑問を抱き、はっと気づいた。

 「ねえレイラン。信仰心ということは信仰する人がいたんじゃないかしら?」

 レイランもそれを聞いてあっと思い出したかのようにポン、と両手を叩く。

 「そういえば、それだけがわからないんですよ。私たちは信仰心によって生まれたはずなんですけど、何故か信仰したのが誰なのかは歴史に載っていないんですよ。私たちが生まれる以前のことは誰も知りません。」

 それを聞いた神斗は心の中である推論を立てる。

 この世界自体はおそらく人間の信仰によって作られたものではない。パンデモニウムとは神々や悪魔が住まう場所であり、作り出すことはできないはずである。それに神々や悪魔自体人間の信仰、つまりは幻想が作り出したものだ。その歴史がないということはどういうことか。そして神斗が住んでいた世界では信仰という言葉は歴史の授業くらいでしか聞かない代物だ。

 神斗は顎に手をあてさらに深く考え込む。

 レイランが言った創造装置。一見便利に聞こえるが現実そんなに優秀なものでもなく、おそらくないものを創るのではなく、あるものを造るだけなのだろう。もしそうでなければこの世界はあっちの世界よりもっと栄えるはずだ。

 となると。

 神斗は自分がたどり着いてしまった推測に恐ろしさを感じた。しかし、それは周りに気づかれないように咳をしてごまかす。

 幸い三人は明日の掃除の役割を決めている最中で、神斗君には外壁の植物をとっぱらってもらいましょう。という咲の不穏な言葉を聞き流しつつ、大きくソファに座り込む。何故かほかの二人はなるほどというように頷いていた。八重もいつの間にか眠気がどこかへ行ってしまったように楽しげに会話に混ざっている。

 ここは神々の歴史だけをまるごと切り取って隔離した世界ではないのか?

 それが神斗の推論だった。

 それに、レイランや兵士の奴らが人間に似たような容姿なのはこの世界に人という概念が紛れ込んでしまっているためにできてしまった形なのではないだろうか。

 閉じられた歴史の時間だけが流れ続ける檻に今神斗たちはいるのだと。あくまで仮説でしかないがそれなら十分な説明がついてしまうからこの世界の有り様が怖いと神斗は感じる。

 神斗は大きく溜息を吐くとさすがに三人は神斗の様子に気づいた。

 「どうしたの神斗?」

 八重が覗き込むように神斗に尋ねる。

 「いや、なんでもない。さすがに疲れただけだ。今日一日いろいろあったからな。」

 「そうですね。では、今日のところはこれでお開きにしましょうか。」

 解散しようとした神斗は思い出したかのようにポン、と両手を叩く。

 そしてレイランにいたずらを思いついた悪者のようにニヤニヤと目をむける。

 「そういえば、俺たちが担当するのってこのギルドの雑用、つまり家事全般だけだったよな?」

 それを聞いた。咲と八重も、

 「そういえばそうだったわね。」

 「魔道書があっても戦わなくていいんだもんね。家事頑張らないと。」

 それぞれが楽しそうに自分たちの役割を決めていく。

 それを聞いたレイランは慌てて三人の会話に口を挟む。

 「あ、あの、先程は失礼しました!どうか私たちギルドに力貸してください、お願いします!!!」

 九十度まで曲がった綺麗なお辞儀で頼み込むレイラン。

 それを見た三人はそろって悪い顔になる。

 「じゃあこのギルドの方針は俺たちが決めさせてもらうからな。」

 「大丈夫、悪いようにはしないわ。」

 「私たちの仲でしょ?」

 と悪役のセリフを吐きながら三人はレイランの肩に順番に手を置きつつリビングを後にした。

 一人残されたレイランはため息と共に大きく肩を落とした。




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