第一章
眩しい光に思わず、目を瞑る。光が弱くなったのを見計らって目を開けると今まで自分がいた場所ではないところに立っていると神斗は気づいた。草木は枯れ大きな岩がゴロゴロとし、まるで山の中にある荒地のような場所、というか崖の上だ。空も灰色に荒んでいて、ドラゴンとかひょっこり出てきそうな雰囲気だ。
夢でも見ているような感覚だが肌に触れる生暖かい風、かすかに香る枯れ木の匂いは妙に現実感を強くする。崖の下は森林が多く、所々に小さいが街が一望できる。
「さてと、お前ら、誰?」
いつの間にか神斗の近くに立っていたおそらく同い年であろう少女二人に声をかける。
二人は首をかしげる。
「あなたこそ誰なの?」
黒いゴスロリを着た少女が聞き返してくる。
「初めに聞いたのは俺なんだが、いっか。俺は天崎神斗、なんという特徴のないただの高校生だ。」
挨拶を終えると空を仰いでいる単発の少女に視線を向けると表情を変えずにこちらを向き、
「浅風八重、・・・・・・以上。」
少しの間のあと何か喋るのかと思いきや即会話終了。
「じゃあ私は芽狂咲、以後お見知りおきよ。」
一通り挨拶が済んだところでこの状況を三人で考えることにする。
「とりあえず今置かれている状況を推察すると、これは夢オチなんじゃないかと思う。」
「それはちょっと現実味がないから、タイムトリップじゃない?」
「どっちも現実味がない。」
なんとなく思いついたことを神斗と咲が言うと八重がぼそりとツッコンだ.
「お前らも俺と同じであの分厚い本を開いたんだろ?」
二人がゆっくりと頷く。
「じゃあ、俺たちの今は現実でここは俺たちのいた世界じゃないってことは確定的だ。そして、今俺たちに必要なのはここがどこかっていう情報だ。幸いここから街も見えることだし、行ってみるか。」
三人はここから一番近くにある小さな街を目指して歩を進める。普段から歩きなれない道に厳しさを感じそうになるが下りということもあって特に問題もなく進む。土でできた下り坂を歩いていると緑色した木々が多くなってくる。荒れているのは崖の上だけで下の方は空気も澄んでいて小さいが川の音も聞こえる。
三人はいろんなところに目移りしながら進み続ける。というのも周りにある木々は神斗達がいた世界では見たことがない植物ばかりだからだ。ここが自分たちがいた世界ではないという神斗の言葉を後押しするのには十分すぎる証拠だった。
中でもひときわ興味を示しているのは八重で、初めて見るものにはすぐに近づき、触る、嗅ぐを繰り返していた。
「八重さん、楽しい?」
咲が苦笑しながら植物鑑賞に勤しむ八重に声をかける。
「興味深い。」
振り向くことなく、咲に返答する八重。
「浅風は植物が好きなのか?」
少し先進んでいる神斗は辺りを警戒しながら聞く。危険なものがないとは限らない。
「うん。植物だけじゃなく、動物や人工物とか見てて飽きない。」
「そうか。」
不思議そうに見つめていた神斗は再び警戒を強める。先程から複数の何かに見られているような感覚が肌を刺激しているのは咲と八重も気づいているらしいく咲は何本かの木を見つめ、八重は植物鑑賞の手を止めている。
咲と八重は小走りで神斗のもとへ寄る。
「何かいるわね。」
咲が神斗に耳打ちし、神斗は首を縦に振る。
視線はふた桁を超えているため下手に動けば何をされるかわからない。
「とりあえず、チョコ食うか?」
「そうね。」
重々しく神斗が言うとこくりと咲は緊張とともに首を縦に振る。
「いや、対策を考えないと。」
とツッコミつつもちゃっかりとチョコをもらう八重。
三人はチョコをかじりつつそのまま歩き始めた。
「待ちなさい!」
、がすぐに呼び止められる。
すると周りの木々から次々と見張っていたであろう輩が降りて姿を現す。数は男女含めた大人が二十人。
「なんだ、あいつら?」
全員紅い髪で頭には龍角になぜか男の方だけトカゲのような尻尾が生えている。軽装備の鎧を着けていて胸の左上にドラゴンを模したマークがある。咲のようなコスプレにしては後ろに生えている尻尾が意思でもあるかのように滑らかに動いている。
咲と同じ種族か?と本人を見ればそれを察したのか肩をすくめて否を示す。
「私は正真正銘の人間よ。」
咲は拗ねたように口を膨らませる。
「お前たちは何者だ。」
こいつもこんな顔できるんだなあ、と半ば感心しているといかにも敵意を込めたような声色の女声だった。神斗たちを囲んでいた一角が空くとそこから見た目は神斗たちとあまり変わらない少女が歩いてくる。
少女は長い黒みがかった紅髪に健康的な褐色の肌を大きく見せた踊り子のような衣装に身を包んでいる。今にもこぼれ落ちそうなほどの胸を見て神斗は胸中で感嘆の息を漏らす。頭に大人たちよりも立派な龍角が付いているのを見るとリーダーであるのは間違いないようだ。
「もう一度問う。お前たちは何者だ。」
先ほどよりも敵意を強くして言う。周りの者も抜きこそしないが手はしっかりと剣の柄を握っているのでどうやらいつでも斬りかかってくる気は満々なのだろう。
「俺たちは人間だ。」
ちょっとした冗談を含めて言ってみる。普通の相手なら人間というのは当たり前なので馬鹿にされていると憤慨を示すものだ。咲と八重に半眼で睨まれるが、神斗は気にせず笑いを咬み殺す。
「人間?それは一体どういった種族だ?」
「「「は?」」」
「え?」
三人が素っ頓狂な声を上げると、少女も自信なさげに声を出す。周りの者も人間?とわけがわからないというように仲間と話し合っている。
なにか間違ったこと言ったかと首をかしげる神斗だが人語を話せる相手を見つけたということもあり情報を聞き出そうと二人に目くばらせをする。
「ねえ、ここがどこなのか教えてくれる?」
咲が少女に尋ねる。
すると今度は向こうが呆けた顔になり黙る。
「ここはパンデモニウム。神や悪魔、神獣が住み着く世界です。クエストという依頼を受け、クリアし上の層を目指していくのです。その際ギルドという施設を設立または加入することがクエストを受けることの条件なのです。」
律儀にもこちらの質問に丁寧に答えてくれる。しかも敬語で。
「じゃあ、どうやったら上の階層にいけるんだ?」
周りが柄から手を離したのを確認しながら神斗は質問を投げる。
「覇者から受けるクエストをクリアすることです。ただしいずれも難易度の高いものばかりなので簡単にクリアすることは叶いません。」
「上の層?空見えてるよ。」
木々の間から覗く空を凝視しながら八重が尋ねる。
「第一層に住む覇者が全層に空という空間を作ってくれているのでこちらからは見えませんよ。」
一通り説明を終えた少女はさて、と前置きする。
「次はこちらの質問に答えてください。まず、貴方たちは何者ですか?」
「人間の天崎神斗だ。」
「同じく芽狂咲よ。」
「以下略浅風八重。」
「人間というのは後で聞くとして貴方たちはどうしてここに居るのですか?ここは私たちギルド・ドラゴニクスの領地なのですが。」
「それは悪かった。今すぐ立ち去るよ。」
三人は彼女の横を通り過ぎようとすると手で制止させられる。
あまりいい感じはしないがここで逃げ切ることもできないのでおとなしく止まる。
「見たところ貴方たちはどこのギルドにも所属していないようですね?武器もなければ戦術の心得があるとも思えないので私たちの領地に無断で入った罰としてギルド・ドラゴニクスの雑用として入ってもらいます。」
勝手な物言いだが知らないところでふらふらするより腰を落ち着ける場所はあったほうがいいなと神斗は思い、見ると二人も同じ考えらしく首を小さく縦に振る。
方針が決まったところで彼女に向き直る。
「じゃあよろしく頼む。」
「これから頑張ってくださいね。私はギルド・ドラゴニクスのリーダーのレイランです。」
ふふん、と大きな胸を張りながら答えるレイラン。その胸を見た咲と八重はむむっと顔をしかめるのを見て神斗は小さく笑う。
周りの雰囲気も柔らかくなりとりあえず胸を撫で下ろす神斗。
「さて、早速本拠地へ戻りたいのはやまやまなのですが私たちは今クエストの最中なのでそれが終わるまで同行して欲しいのですよ。」
「どんなクエストなの?」
興味津々の八重は目を輝かせながら尋ねる。次はクエストか、と八重を見ながら苦笑する神斗。咲は近くにいる兵士と仲良く話している。
レイランの手から突然現れた羊皮でできた薄い冊子を開いて見せてくれる。
「これは?」
「依頼書です。この中にクエストの内容が書かれていてクエストを受けたときに現れます。」
『星に眠る大海の蛇の不死を暴き
他を狩り、それに眠りを与えたまえ。』
冊子の二ページには一行ずつそれが書いてあり、ページの空白は多いがそれでもその二行は刻まれるように書いてあり少し禍々しくも見えた。
「これどいうこと?」
八重がレイランに尋ねるが彼女は首を横に振る。
「それが私たちにもさっぱりなんです。討伐依頼ということはわかるんですが。」
残念そうに頭をかしげるレイランをよそに神斗も横から覗き込む。そしてしばらく考え込んでいると謎が解けたようにポンと手を叩く。
「多分それヒュドラの討伐依頼だな。」
え?とレイランと八重だけでなくほかの兵士もが神斗を見てほおけた顔になる。それは当然だろう。なぜならギルド・ドラゴニクスは昨日から一日中考えても答えがでなかったのにまさか突然現れた訳の分からない種族にこんなにもあっさり溶けてしまうなんて思いもしなかっただろう。
神斗はそんなレイラン達を見て逆に驚いて目を見張る。さらにレイランに向かって一言、
「お前、馬鹿なんだな。」
それを聞いたレイランはムッと頬膨らませる。
「馬鹿っていう方が馬鹿なんですよ!」
と子供みたいなセリフを吐く始末。リーダーという責任がある以上よほど答えたのだろう。頬を赤くして睨んでくる。
思っていたよりかわいいやつだな。
それに対して周りの兵士はうんうんと頷いているのはレイランが馬鹿ということを知ってのことなのだろう。どうやらこのギルドは頭の固い奴らではないらしく一度仲間になれば誰もが陽気に話しかけてくれるほどの心広い奴らなのだろう。
神斗はゆっくりと笑った。楽しくなりそうだと、その横で八重が、少し離れたところで咲が笑っている。
「じゃあさっさとクエスト終わらせてギルドの本拠を見せてもらおうか。リーダー様?」
レイランは先ほどの拗ねた顔から笑顔に変え、自信満々にブイと指でサインを出す。
「私たちの本拠地を見せて驚かせてやりますよ。」
神斗たちはヒュドラが住む沼へと進路を改めた。
「なあレイラン、ここどこだ?」
「見たとこ沼みたいだけど。」
紫色に変色したのであろう広い沼を見て神斗と咲は尋ねる。何かが湧き出ているのか下からボコボコと空気が浮き出ては消えるを繰り返している。
「もちろん沼ですよ。神斗さんが言ったヒュドラの住んでいる毒沼です。」
「毒沼かあ。」
八重は感心したように呟くと落ちていた石ころを軽く投げる。するとポチャンというありふれた音でなくジュワァ、といかにも溶けたであろう蒸発音をたてながら石ころは消えた。
それを見た神斗も少し大きめの石を拾ってできるだけ遠くに投げる。石は綺麗な放物線を描き、ゴンッという鈍い音をたてたあと蒸発音をたてながら姿を消した。
無理に投げたので少し肩の痛い神斗は肩を回してストレッチをする。
「さすが男の子なだけあるわね。結構飛んだんじゃない?」
「まあほんの数十メートルくらいだけどな。」
意外にも感心されたことに笑いつつ神斗は答える。
「明らかに今変な音したよね?」
八重は神斗を半眼で睨みつつ言う。
そんなことはないだろうと今度は少し小さいものを違う場所へ投げた。
ゴンッ、ジュワァ。
再び聞こえる。
すると今度は毒沼の水が大きく波を打ち始める。
「三人とも隠れていてください。」
臨戦態勢に入ったレイランが三人に注意を促す。先ほどよりも強い敵意を込めながら波立つ毒沼を睨みつける。その間に三人は近くにあった岩陰に隠れて様子を見る。
しかし、波たっていた水面は徐々に静けさを戻していき、やがて元の不気味な毒沼に戻った。
終わりか?という神斗達の期待を裏切るかのように静かな水面から巨大な蛇の鎌首がゆっくりと持ち上がってきた。それはレイランたちを見下ろすくらいまでいくと威嚇をするかのように裂けた舌を伸ばしながら睨みつける。長さにしておよそ五十メートルは有に超えて、胴体から首までぶっくりとした太さであり頭はひときわ大きかった
『我が眠りを妨げるか。下等の者共よ。』
眠りを妨げたのはレイランたちではないがそれでも負けじと力強く頷くギルド・ドラゴニスのリーダー。兵士は少し怖気づいてしまったためここは少しでも志気を上げたかった。
レイランは胸中で神斗に怒りをぶつけつつ兵士に陣形の合図を送る。
大きな盾を持ったものが三人前に出て三人が後ろで剣を構える。ヒット&アウェイで確実に仕留めるようだ。余った一人が情報の偵察だろうかその場から離れる。
「クエストに基づきあなたを倒させていただきます!_____かかれ!!!」
合図とともに攻撃が始まる。ヒュドラに与える攻撃は一撃一撃は小さいもののそれでも確実に責め立てている。
あの蛇言葉話せるんだなあと思い、そこでふと神斗はひとつの疑問に気づき考え込み俯く。
「神斗どうしたの?」
気づいた八重ができるだけ小さな声で神斗に尋ねる。
神斗はゆっくりと顔を上げて重々しく答える。
「ヒュドラの頭って、確か九つあったはずなんだ。」
それを聞いた咲と八重は目を見張り、慌てて戦っているレイランたちに視線を向ける。確かにこちらは数で攻めているもののあちらからの攻撃は決して小さくなく、むしろ被害は大きいほうだ。既に二人は重傷を負っていて陣形が少し崩れ始めている。
ヒュドラは自分の巨体を生かし沼から完全に出ることなく牙や胴体を使って攻めていく。
このままでは消耗戦に入る前にこちらの陣形は崩れるだろう。しかし、先程まで指揮を取るのに専念していたレイランがついに動いた。
その場からの跳躍で一気にヒュドラの顎下に入るとそのまま蹴り上げた。
ヒュドラは重い一撃を受け、脳震盪でも起こしたのか脳を左右に振って再び威嚇をするとレイランに狙いをつけたヒュドラは先ほどとは比べ物にならないくらないの初速で迫る。
まさに蛇らしい動きといったところだろうか。
しかし、それでもレイランは軽く横に避けそのまま首横を殴りつける。
そこでようやく勢いが乗ってきたギルド・ドラゴニクスは殴りつけられた勢いで倒れ込んでいるヒュドラに一斉攻撃を仕掛けた。
「レイランってすごかったのね。」
感嘆の息を零しながらレイランを見つめる咲は少し不気味に神斗は見えた。レイランを見つめる目がマッドサイエンティストのような不気味な好奇心を含んでいた。しかしすぐに元の顔に戻る。
「でも、なんかすっきりしないね。」
神斗の言葉がまだ頭の中に引っかかっているであろう八重は訝しめながら何度も首に剣を突き立てられているヒュドラを見る。
神斗は黙ってヒュドラの首の根元にある毒沼を見続ける。胴体を完全に出してこなかったのも気がかりすぎる。出していればそれこそドラゴニクスの兵は一掃できたであろうに。
これじゃあ終わらないよな。
すると倒れていた首がいきなり毒沼へ引きずり込まれ、新たにヒュドラの頭が八つ出てくる。
『やるではないか。しかし、ここからは取りに行かせてもらうぞ。』
ヒュドラは嘲笑うかのように吐き捨てると弱っている兵士たちに襲い掛かる。素早い動きで一頭が一人を突き飛ばすと他の頭が次々と牙を向いて襲う。
「っ!!!全員退却!!急げ!!!時間は私が稼ぐ!!!」
逃げていく兵士たちを背に八つの頭を持つヒュドラと対峙する。さらに先ほど倒した一頭も毒沼から出てきてこれで合計九頭になってしまいレイランでは一頭を倒すのが精一杯だろう。
それでも退却中の兵士を見捨てて逃げるわけにはいかないレイランは飛び出す。
「咲、八重。お前らは重傷を負っている兵士に手を貸して一刻も早く逃がしてやってくれ。」
「あなたはどうするの?」
咲の質問に答えない。しかし、今は危機的状況であるのに対し三人の胸中はとても穏やかだった。
神斗はゆっくりと岩陰から出て行く。
「多分、勝てる。お前らも感じてると思うけどあいつ見た目ほど強くない。なぜかそう思う。」
「確かに。それ私も思ってた。」
八重も神斗と同じことを思っていたと証言する。それに加え咲も頷く。
もしかしたら自分たちをこの世界まで送ったあの本の仕業ではないかと神斗は思った。
先程から鼻を刺激するわけのわからない臭いにいい加減嫌気がさしてきたところでもあり、二人の救助活動に期待しつつ神斗はレイランと戦っているヒュドラの前まで行く。
一番近くで戦っていたレイランがそれに気づくと、一度距離を取り神斗をかばうように立つ。
「何、やってん、ですか!早く、逃げてください!」
満身創痍になりながらそれでも神斗を守ろうとするレイラン。
そんな優しさに神斗はそっとレイランの頭を撫でて彼女の前に出る。
「ちょっ、何するんですか!」
少し顔を赤くしながら神斗を叱る。
レイランを見てもっと早く来るべきだったなと反省する神斗。しかし、時間は戻ってくれるものでもないので彼女を守って罪滅ぼしをすることを決める。あのまま続いていれば間違いなくレイラン命を落としていたであろう。
「これが終わったらチョコでもやるよ。」
「チョコ?っていうかそれ死亡フラグじゃないですよね?」
「安心しろ。俺はフラグクラッシャーの異名を持つ男・・・・・・というのを今考えた男だぜ?」
えぇ、と信用のない視線を背中に浴びつつ先程からこちらを見下ろしているヒュドラを見て不敵に笑う。
自分がどういう力を持つかはまだわからないが負けることはないという絶対的な自信だけはあった。
その自信を確信したときに突如聞こえた。
『天災による終末を求めよ、考えよ、思い描けよ。』
と。
そして理解した。この声が何で何を意味するのかと。今はそれだけで十分だった。
「じゃあそこの蛇。選手交代だ。」
『よかろう。啖呵を切ったのだからそれなりに我を楽しませよ。』
途端、一頭が神斗目掛け飲み込もうと口を開けて襲い掛かる。
「狂える炎よ、喰らえ。」
神斗が右手を前に構え呟くと向かってきた一頭が激しく燃え上がり、苦しみもがいた後その場で絶命した。
信じられないものを見たレイランは痛みを一瞬忘れ、その場で立ち尽くした。
なんの力もないと思っていたはずなのに、まさか一撃でヒュドラの一頭を倒すとは目の前で起こったとはいえあまりにも信じられない光景だった。
黒く焦げた一頭は倒れたままピクリとも動かない。どうやら歴史通りヒュドラの首は一つずつ焼いていくことのようだ。先ほどの依頼書に書かれていたのはターゲットと攻略方法だったようだと理解する。
『貴様!』
「おっと、盛り上がっているところ悪いがもう終わりにさせてもらうわ。一応怪我人がいるんでな。」
ヒュドラはさっき見たものよりも速く神斗に迫る。今度は八頭全てだ。
口から毒霧を出しながら鬼気迫るが、神斗は奥した様子を見せることなく、レイランを抱えながら風を操り空に舞い上がる。
指先を上に向けるとそこから小さな炎球が生まれ、みるみるうちに巨大化していき、ついにはヒュドラから見えるかすかな太陽の光すらも覆い隠してしまうほどに大きくなった。さらに大きさだけでなく気温まで急激に上がっていき近くにあった毒沼は沸騰を始める。熱さに耐え兼ねすぐに毒沼から抜け出す。
「ま、つまらなくはなかったぜ。」
ヒュドラが毒沼から抜け出した直後に炎球を落とすと、質量でもあるかのように重力に従い、急加速していきヒュドラの体を包み込んだあと巨大な火柱が上がる。
それで終戦となった。
「あ、終わったのかな?」
遠くからでもはっきりとわかる巨大な火柱を見て八重はけが人の看病を続けながら言った。
「みたいね。でも少し派手すぎるとも思うけど。」
呆れたように咲は言う。彼女もまたけが人に包帯を巻きながら巨大な火柱を見ていた。
「お前たち、何者なんだ?」
治療してもらっていたドラゴニクスの男兵士が遠くで上がっている火柱に目を見張りながら咲に尋ねる。
信じられないのもごもっともだが咲と八重もあそこまでのものとは思っていなかったので説明が欲しかったのは彼女たちも同じだった。それでも他のものより驚きが少ないのは二人もまたヒュドラを倒せるという自信があったからなのかもしれない。
「さっきも言ったとおり、人間よ。ちょっとだけ特別な。」
にっこり微笑んで返すと男はそれ以上聞いてこなかった。おそらく咲の言っていることがよくわからなっかたのだろう。そもそも人間という概念がない以上説明がつかないのかもしれない。
一通り手当が済んだので神斗とレイランを待つ。火柱が収まってから焼け焦げた腐ったに肉の臭いがして気がどうにかなりそうになった。鼻を刺激する悪臭は精神的にも悪いが肉体的にも良くないので先程兵士だけでも先に帰るよう伝えたのだが、リーダーが帰ってくるまで待つ!、と悪臭に鼻を抑えながら意地を張って動こうとしなかったので二人は諦めることにした。
「暇ねえ。」
「そんなに暇?」
「当たり前でしょ?何もせずにただ待っているだけなんだから。」
「何を待つの?」
「だから______誰?」
てっきり後ろから話しかけているのが八重だと思っていた咲だが不自然に声が変わったので振りかえると目を見開いて驚いた。
そこには二人の少女がいた。歳はまだ十歳入りたてぐらいだろうか子供独特のあどけなさが思わず抱きしめたくなるくらい可愛く感じた。一人は黒いフリルがついた紅いドレスに顔の右半分を青いピエロのような仮面をつけていて、もう一人は白いフリルがついた青いドレスを着ていて顔の左半分には紅いピエロのような仮面をつけている。双子なのか顔立ち、身長は全くと言っていいほど同じだった。さらに二人の背にはその小さな体には不釣合いなくらいの大きな野太刀があった。
仮面の二人はあどけなく笑う。そこだけ見ればただの可愛い子供なのだが二人が放つのは間違えようもないくらいの殺気であるため、少しも気を抜くことができないでいた。
今までのんびりとしていたドラゴニクスの兵士も重症軽症関係なく立ち上がり武器を取るがそのことを気にもとめずに二人は笑っているが、一通り笑い終えると手を目元に持っていき小さく泣き始める。
「でも残念だね、ポルック。」
「そうだね、カストル。」
紅いドレスの子はポルック、青いドレスの子はカストルらしい。二人は再び笑う。
「「せっかく、クエストをあげたのにまさか生きてるなんてね。」」
あはは。と二人は笑い、手を取り合う。
ポルックとカストル?どっかできいたことがある?
八重が考えこんでいるとポルックとカストルは新たな依頼書を出す。咲と八重が覗くと、
『デュエル。二対二
相手が降参するか死ぬまで。』
と、依頼書に書いてあった。
「あなたたちと戦うの?」
八重が手にとった依頼書と見比べながら尋ねる。
「「うん!!そうだよ!!!」」
元気のいい声で返事をする。あんまり敵という感じがしてこない。
「咲、どうする?」
依頼書から視線を外したあと咲を見て言う。
死ぬまで、というルールがあるのは少々気になる。
「いいんじゃない?受けてみようじゃない。」
咲は自信を持って答える。
それに今このクエストを断ればその場で襲ってくることはまず間違いないだろう。そうでなければ体をナイフで抉るかのような強い殺気を放つ必要はどこにもない。怪我でまともに動けない者がいる以上下手に相手を挑発するのは極力避けなくてはいけないためこの申し出を受ける。
それに自分の持つ力にも興味があった。
内心で舌を打ちしつつも久しぶりの興奮に心が踊った。
「じゃあ、夕刻ね。」
「場所も指定するから必ず来てね。」
二人はそう言うと楽しそうにかけっこしながらその場を立ち去った。
「ねえ、咲。」
ようやく軽くなった空気の中八重が表情を重くしながら咲を呼ぶ。
「どうしたの?咲さん?」
「多分あの二人男の子。」
がっかりしたように肩を落としながら言う八重。
そんな八重の言葉にポカンと口を開けたまま硬直する咲。
まさかドレスまで着ていたあの二人を男の子だということが信じられない。どこも不思議な点がなかったはずだ。声も、仕草も女の子のはずだったのに。
周りの兵士も咲と同じような顔になる。
まるで時間でも止まってしまったようにしっかり十秒停止したあと咲はようやく口を開いた。
「つまり、男の娘ってことよね?」
八重が真剣な顔でうなづく。
周りの男兵士は引いた顔になるが女兵士は顔を輝かせている。ショタコンが多いのだろうか?と咲は首をかしげるが八重は意味がわかっていなくて首をかしげている。
しかし、あれほどの殺気を放っていてもヒュドラほど強くはないことはわかっていた。よほどのミスがない限り怪我をすることはあっても負けることはまずないだろうという根拠のない自信が湧いてくる。
何より、あの双子に確実な殺意を向けられる事によって自分の中に眠る力が目覚めかけた。そのおかげで自分にも神斗と同じ力があるのだと確認することができた。
咲は密かに口元を吊り上げ、不気味に笑う。その見開かれた目は猛獣ですら戦くほどに邪悪さを増していた。ある意味で一番怖いのは力ではなく咲自身なのかもしれない。
「こんなにも気持ちが高ぶるなんて久方ぶりですわ。」
誰にも拾われないくらいの小声で呟く。口調すら変わった人格はもはや神斗たちが知っている咲ではなかった。
その時少し離れたところから知り合いの声が聞こえた。