第44日 秋を過ごす宇宙人。
「ノゾム、あなたのことが好きです」
あの告白から数日。地球に帰ってきて俺は受験生らしく、普通に過ごしていた。しかし何をしていても思い出されるのはあの告白。返事・・・?返事ってどうすればいいの・・・?というそういうことにまるで耐性のないバカみたいな行動をする前に、
「まず、ごめんなさい。返事はいりません。言い逃げみたいな感じになってしまって申し訳ないのですが・・・私は恋愛的な意味であなたが好きです。でもこれ以上は・・・危ないです」
というわけのわからないことを言っていた。なんだこの告白されたのにふられた感じ。
「ほんとはこんな気持ち持ち込んではいけないんですけれど・・・」
とも言っていた。許婚みたいなのがいるのだろうか。だから恋をするわけにはいかないが、でも気持ちは伝えたい分かってほしい。それはあまりにも我がままだということを分かっていたのだろう。だからワン太は謝ったのだ。
ワン太はその後も告白する前と変わらない態度で接してくれていた。それがあの告白は夢だったのではないだろうかという気持ちを駆り立てる。
「・・・・・」
自分の部屋で寝っころがりながら天井を見る。今日は土曜日。講習も何もない秋の日。
俺は返事はどうしただろうか。付き合う。恋人同士。それはどういうものなのだろう。しかも相手は異星人である。もし、返事を言ってくれと言われたならば・・・俺は・・・どうしただろう。
このまま部屋にいるとだらだらと悩んでしまうかもしれない。
「よし」
俺はおもむろに制服を取り出し、それを着る。
気分転換に学校に行こう。
制服を着るとドアを開けて部屋を出る。
「あー!のぞむー発見ー!」
「げ・・・」
出大家さんだ。
「なにその声、食べちゃうぞ」
「それあながち間違いじゃなくなりそうなんで・・・」
俺は地球に戻ってから椿野と明日風にこの人の話を聞いた。なんでもプリントを届けてくれたときに何ややらかしたんだとか。
椿野も明日風も驚きながら面白い人だねーと冗談やお世辞ではなく心の底から笑ってくれていたのが幸いだった。ほんと、いい友達だ。
「どこにいくの?」
「学校に」
「じゃあ、私も」
「おい、待てアラフォー」
さすがに制服着るのは無理があるぞ。
「うちの息子が忘れ物しましたって言えば入れそう・・・って誰が母親じゃーこらー!」
「あなたが1人で言ったんでしょう!」
年齢のこととなるといつもこうである。でも外見はほんとに妖怪かってぐらいに若い。実は何千年と生きる吸血鬼で見た目は20代だけど本当は500年ぐらい生きてるんじゃなかろうか。
「せっかくのぞむーが帰ってきたから・・・遊ぶの楽しみにしてたのに・・・」
「何歳ですか、マジで」
子供か。
学校から帰ってきて友達と遊ぶためもう一度出かけるときに妹に言われたセリフと同じである。あなたはもうアラフォー。40。そこを分からなければいけない。
「でも無事でよかったわ」
「え・・・」
「にへへー」
「なんですかその笑顔・・・」
「いいえ。私には分かるのよ。いくら家族じゃないとはいえ、大家なのだから住人の家賃振り込みには最も気を遣っているわ」
「そっちかよ」
金かい。
確かに、予定していたより帰りが遅くなってしまい、怪我だらけで帰宅したとき、大家さんを不安にさせてしまったのかもしれない。勉強合宿しにいったのに全身ボロボロってどういうことだという話である。だからこうしてふざけて遠回しに・・・。
「大家さん・・・」
「ふふふ・・・これでハロウィンパーティーできるわ・・・うふふ・・・」
「・・・・・」
素直に感謝の気持ちが出ないのはこの人の性格のせいでもあると思うんだ。
〇
「おや、お久しぶりですね。お兄さん」
「ん?猫ちゃんか」
学校に行く途中、俺は猫ちゃんと会った。その手には買い物袋。重そうではないけれど、手伝おうかな。猫ちゃんにも感謝したいこといっぱいあるし。特に大家さんの件で。
「手伝おうか?」
「いえ、これから学校なんですよね?」
「行こうと思ったけど強制じゃないし。家近いんだったよね。手伝うよ」
「うー・・・」
と少し悩んだ末・・・。
「頼みます」
そう言って買い物袋を半分俺にくれた。
「本当にすいません」
「謝らなくていいって。それに俺の方がお礼言いたいし」
「お礼?」
「うん。椿野・・・っていうか前プリント届けにきてくれた人たちいたろ?大家さんの説明やらプリント受け取ったりやらは猫ちゃんがやったって聞いたからさ」
「ああ、いえ、それこそお礼を言われるほどのことではありませんので」
ほんと猫ちゃんと話していると自分よりいくつか上の人と話しているような気分になる。こんな雰囲気の中学生他にいるだろうか。ワン太よりも大人びてるぞ、大家さんは言わずもがな。
「そういえば、お兄さんたち大丈夫でしたか?」
「ん?何が?」
「怪我ですよ。ボロボロだったって聞きましたけど。愛ちゃんから」
「大家さんから?」
やはり心配してくれたらしい。本当にありがたいことだ。
「これじゃあハロウィンパーティーで仮装したとき傷が残ってて美しくないーって言ってました」
「そう・・・」
ことごとく人の感謝を無駄にする人だ。
「猫ちゃんは?買い物ってこれ夕飯とかかな?」
「はい。ママに頼まれて」
あー、そういえば俺猫ちゃんの家にあいさつとか行ったことなかった気がする。さすがに今日押しかけるのは迷惑だからそのうちあいさつに行こうかな。
「今度猫ちゃんの家に行ってもいいかな?猫ちゃんのお母さんにあいさつもしたいし」
「いいですよ、もちろん」
「よし、じゃあ結婚式はどこで挙げる?」
「そういうあいさつですか!?」
いつもは口で負けるという情けない結果なのでここらへんで先手をとっておかなくてはならない。そして自分のペースに巻き込むんだ。
「なーんて、冗談だけ・・・ど・・・」
と誰にでも冗談と分かるような冗談の種明かしをしたわけなのだが、猫ちゃんは頬を両手で押さえて顔を真っ赤にしていた。え・・・?照れてるの?
「わ、私まだ中学生ですし・・・そういうのはやいと思いますし・・・。確かに後2年ぐらいでそういう年齢には達しますけれど・・・段階を踏まないと・・・いきなり結婚は・・・」
「・・・・・」
なんだこの可愛い生き物。照れた猫ちゃんは照れたヒメちゃんに負けず劣らず可愛い。こう・・・抱きしめたい衝動に駆られるがそれをした瞬間俺の中の何かが終わるような気がしてそれを止める。
リアルにしずまれ俺・・・をやることになるとはな。いや、2回目か。
「猫ちゃーん・・・」
「その・・・デートとかもまだ・・・・・・・・ってなんですかその顔」
「ふふふ、猫ちゃんかわゆいなー」
「なっ!ば、バカにしてたんですか!」
「んー?いや、バカになどしていない・・・可愛いなーって思っただけー」
「その間延びした声も!態度も!言葉も!全部バカにしてますよね!」
どうやら拗ねてしまったらしい。俺が言うのもなんだが俺にバカにされるほど腹立たしいことってないからな。本当に自分で言うことではないが。
「猫ちゃん、ごめんって」
「むすー・・・」
分かりやすく頬を膨らませて拗ねる猫ちゃん。こういう仕草ってリアルでやってるやつ見ると引くかなーなんて思っていたのに、猫ちゃんに似合いすぎている。
「猫ちゃんってマジで猫に似てるよね」
気まぐれというか、孤高というか、大人びていてでもどこか抜けているというか。表情がころころ変わるのはどちらかといえば犬っぽいか?
「それは言われたことありますねー。割と。外見じゃなくて雰囲気や性格が猫に似てるって。気まぐれで、孤高で、・・・・・・・そして」
猫ちゃんは一度視線を下に落とす。
「嘘吐き」
「猫・・・ちゃん・・・?」
そう言った猫ちゃんの顔には悲しい表情が浮かんでいた。何度も見た。俺はこの表情を人は違えど何度も見た。だからこのままにしておけないと咄嗟に思ってしまった。
無力感を思い出す。でもここで動かなければほんとうに無力になってしまう。大きく変えることは大変だけど小さな変化を少しずつ。
「猫ちゃん、こっから走ろうか」
「え?え・・・?」
「負けた方は勝った方に一度だけなんでも従うっていうのはどう?」
「いや、さらっと女子中学生を従わせようとしてますよね。脚力的にもあなたの方が強そうですし」
気にしない。そんな言葉では止まらない。
「さて、俺はどんなことをしてもらおうかなー?服を脱ぐ、とか?それとも下着姿とか?うーん・・・猫ちゃん知ってる?完全な全裸よりも衣服を残した方がエロい場合もあるんだ」
「お兄さんの私の中での地位がガリガリと下がってることも知ってほしいです」
「靴下だけ・・・とかかな。無難に」
「お兄さん、無難って言葉の意味知ってますか?」
猫ちゃんの目が次第に冷やかになっていく。こんなものにも負けない。
「よし、網タイツのみにしよう」
「一番異常なのできましたね!」
それすけすけじゃないですか!とつっこまれるも俺は折れない。不屈の闘志。不思議と無力感は今は感じなかった。こいつ・・・もう終わりだな、みたいな猫ちゃんの目から絶望感だけは感じるが。
「位置について・・・」
「え!?ほんとにやるんですか!?」
「よーい・・・」
猫ちゃんは仕方なく位置につく。
「ドン!」
俺達は走り出す。走る直前に猫ちゃんから「ありがとうございます」と言われたが、それも気にしない。俺は君のためではなく俺のために動いたのだから。
〇
「ごめん!」
七実空人は謝っていた。
学校ではなく、普通の道。呼びだした相手は明日風という少年である。
「俺はお前の気持ちを利用して自分の気持ちを確かめただけじゃない。俺はさらに明日風の気持ちを知りながら今でも諦めきれなかったんだ・・・」
下げていた頭をあげる。
「俺はシキブさんのことが好きだ。だからお前のことも応援できない」
そうはっきりと。
「・・・・・」
対する明日風という少年は先ほどから微笑を浮かべていた。
「なんとなく分かってはいたんだ、七実が誰かを好きなんじゃないかっていうのはさ」
「え・・・?」
「でもそれが誰だかは分からなかった。そんなことにも気付かなかった俺もまず謝らせてくれ。お前に辛いことをさせてしまった」
「い、いや、やめてくれ。頭を下げないでくれ!」
「お前も頑固だけどさ、俺も頑固なんだよ」
「明日風・・・」
明日風という少年は頭を上げる。
「俺はシキブさんのことをお前に任せる」
「はぁ!?」
その発言は本当に空人を驚かせた。空人はそんなふうにしたかったわけじゃない。どちらとも頑張ってどちらかが成功すればいい。明日風のことも自分と同じように考えていたのだ。
「まず、最初に言うが勘違いはするな。お前のためじゃない。それに諦めたわけじゃない。前一度会った時、俺はこの人とは少しだけ違う気がしたんだ。まるでこの星の住人じゃないみたいに」
「明日風・・・」
「でもお前は違った。柔軟に雰囲気を変え、あの人と一緒に一緒の土俵で話していた。俺には到底できないマネだ。だから俺は自分でこの気持ちを変えたんだ」
「・・・・・・」
「もちろん未練がないわけじゃない。お前を応援することもできない。けれど、いつでも相談しにこい。できることは少ないけど、応援もできないけど話を聞くことはできる」
「明日風・・・」
「お礼も言うな。お前のためじゃないからな。じゃ、また学校で」
「おう」
そう言って2人は別れていく。
空人は静かに拳を握り、気合を入れなおした。
〇
「そういうことなら僕は手伝えない」
「な・・・」
ここでもある話しあいが行われていた。話しているのは姫岡小花と神崎阿国である。
「なんで・・・」
「ふられる手伝いはできないよ、って言ったんだ」
「・・・・・うん、そうだよね」
阿国は静かに笑う。
「これはあたしの問題。あたしが七実くんを好きなだけ。だから確かにあなたは関係ない」
その言葉に小花は少しだけ悲しい表情をした。しかしすぐに引き締める。
「違う。そういうことじゃないんだ、神崎さん。ふられる手伝いはできない。でも僕は君の恋が叶うように手伝いたいんだ」
「え・・・・」
驚いたが阿国はすぐに元に戻る。
「ありがとう。気を遣ってくれたのね。でも七実くんはシキブさんが好きなことぐらい知っているし・・・」
「うん、でも諦めるのはまだはやいと思うんだ」
そう言うと小花は話しだす。
「少しでも可能性があるのなら前向きに考えようよ。たぶん神崎さんはそういう形でふられても傷つくだけだよ。でも前向きに考えられたなら得られる何かもあるはず」
「・・・・・・」
「僕は七実くんの応援もしたい。でも神崎さんの応援もしたい。矛盾してると思う。けれど、それでもいいのなら僕は君の手伝いがしたい」
「姫岡くん・・・」
「それに付き合えるかもしれないでしょ。まだ諦めるのははやいって。前の旅行で色々と仲も深まったし。これからだよ。でも、もしかすると諦めるより辛いこともあるかもしれない・・・だからこれは神崎さんが決めて」
「あたしが・・・」
諦めて楽になるか、諦めないであがき続けるか。
それを手伝ってくれる友達がいる。それが阿国には心強かった。
「わかった。諦めない。頑張る」
「神埼さん・・・」
「ありがとう、姫岡くん。だからよろしくお願いします」
「うん、頑張ろうね」
〇
「いいのかな、小花ちゃん」
神崎阿国が去った後、そこに現れたのは歩く巨乳といってもいいぐらい大きな胸を持つ宇宙人、ノウンであった。彼女はこの地球に来てから姫岡小花の家で世話になっている。
「諦めるなってことは君のことでもあるんだよ」
「・・・・・・・知ってたんだ、ノウンさん」
「矛盾した気持ちだなんて言ってたけど、あれも嘘だよね。本当は神崎さんに失敗してほしいんでしょ。自分だけ綺麗でいようなんて卑怯だよ」
「・・・・・」
「だって小花ちゃん、君は神崎さんのことが好きじゃないか」
その時、秋の風が冷たく流れた。
久々の日常回です。
またもや間章ではありますが、内容的にはがっつり本編と絡み、その上本編で述べられないこともあるかもしれないので、見ていただければ幸いです。
今回の章タイトルは古文風に。
ではまた次回。




