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「ダメ。今のとこもう一回やり直し」
アヤカの顔には疲れが浮かんでいた。
『もー! 何回させんのよー!!』
やるからには妥協したくなかった。俺はアヤカに五回目のリテイクを頼んでいた。
当然だが楽曲自体も練り直していた。アヤカにばかり注文を付けてられない。今書き直しているのはバラードの曲。アヤカはアップテンポの曲もしっとりとしたバラードも歌いこなす。その声質を最大限に活かしてやりたかった。
「いいものを作りたいんだ。分かるだろ?」
そう言うとアヤカはふて腐れたような、でもちょっと分かったような、複雑な顔をした。
『分かるけど……。ちょっと休憩入れようよ!』
まぁぶっ通しじゃ俺もしんどい。少し休憩するか。
「デジタルな存在でも疲れるんだな」
『体の疲れはないけど、精神的な感じ? 気分的に疲れた』
書いた歌詞はマトモなのにしゃべると頭が弱そうだなぁと思いながら、パックのコーヒー牛乳を啜った。
『お兄ちゃんそれ好きだよねー』
俺は無言でストローを咥えていた。アヤカは忘れてしまっただろうか。俺がコーヒー牛乳ばかり飲むようになった理由を。
「バッカ、コーヒー牛乳舐めんなよ? カルシウムたっぷりなんだぞ?」
『糖分取りすぎだと思いまーす』
茶化して言うもんだから、思わず笑ってしまった。
受験の時期、眠気覚ましのコーヒーを飲んでた俺に「お兄ちゃんと一緒がいい!」と俺のマネをして無理して飲んで、顔をしかめていたアヤカ。これなら飲めるだろとミルクとと砂糖を入れてやったが、どうやら俺と同じが良かったらしく、俺のも同じようにコーヒー牛乳にしてようやく笑顔を見せたのだった。
俺はふと疑問に思ったことを口にした。
「そういやお前がメシ食ってるとこ見たことないけど、食ってんの?」
『んーんー。この体になってからはお腹減らないんだよね。まさに機械の体?』
アヤカは屈託のない笑顔を浮かべる。
もうあの頃とは違うんだな、と胸に込み上がってきた想いを悟られないように、俺はコーヒー牛乳を一気に飲み干した。