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俺ら兄妹が音楽を始めたのは共に四歳のときだった。一緒に音楽教室に通って、ピアノとエレクトーンを習った。それは今も続けていて、俺は曲を作ることに目覚めてしまって動画サイトにでも投稿しようかと思って作り溜めていた。
アヤカに見られたのはそのフォルダだった。最悪だ。どうやら俺には作詞の才能はないらしくて、人に見せれるレベルじゃなかったのに……。
『すごくいい曲だと思ったの! まぁ歌詞はアレだったけど……。世の中に出さなきゃもったいないよ!』
これ以上、俺のメンタルを削るのはやめろ!
『実はオーディションとかも受けたりしてたんだけど……。でもお兄ちゃんの歌ならもっとのびのび歌えそうだと思ったの! ねぇ、お願い』
初めて聞く事実に衝撃を受けた。オーディション受けたりしてたのか。歌手になりたかったなんて知らなかった。
「いやでも歌詞がひどいし……」
『歌詞なら書いてみたよ! 見て!』
最初からそのつもりだったのかよ! しかしアヤカの差し出してきたテキストファイルはなかなかのものだった。これなら曲調にも合うかもしれない。
「おまえちょっと俺の部屋に戻れ」
そう言うとアヤカは目を輝かせた。後ろ向きなことを言っていたが、結局、俺は妹には弱いのだ。
そわそわしているアヤカを横目に俺は歌詞なしの曲のファイルを開いた。
「すぐいけるか?」
『うん!』
待っていましたとばかりに元気な返事が帰ってきた。俺は再生ボタンを押す。
スローテンポなピアノのイントロの後に、アヤカの透き通る歌声が重なる。ただの言葉の羅列だった俺の歌詞とは違って、切ない恋心をアヤカはしっとりと歌い上げた。
アウトロが終わり、アヤカは伺うように俺を見た。
『どう……?』
俺は目を伏せた。アヤカはもう死んだ身だ。歌手になるには色々と問題がある気がする。
「本気で歌手になりたいんだな?」
俺が真剣な目で言うと、まっすぐな視線が返ってきた。
『もちろん』
ならば答えは一つだ。
「じゃあ俺がお前を立派な歌手にしてやる。覚悟しろよ?」
その時のアヤカの顔を俺は今でも思い出す。夢を叶えるための第一歩を、アヤカは後悔していたんじゃないか、って時々不安になるんだ。