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あれから、俺のパソコンはしゃべらない。電源は入っているからアヤが画面を横切ることはあるが、俺に気づくとはっとしたように画面から消えてしまう。
そんなアヤに俺は、何も言うことができずにいた。
*
――最近曲書いてる?
ロノさんからメールがきたのはそんなある日だった。
あれからずっと、俺は曲を書けずにいた。
あんなに溢れていた音楽が、今はもう聞こえない。小さい頃からずっと傍にあった音楽だ。こんなことは初めてだった。
……いや、一瞬聞こえなくなったことがあった。アヤが死んだときだ。黙ったままのアヤと病院で会ってから葬儀を終えて家に帰るまで、景色が色褪せて周りの音も遠のいていた。
音が戻ってきたのは、あの小さな歌姫が現れてからだった。
――ちょっと会わない?
俺に選択肢はなかった。
*
「ひっどい顔」
木漏れ日の中で、ロノさんは小さく笑った。
駅の北口から出て五分ほど歩いたところにある公園は、住宅街の中にあるせいか閑静なところだった。遊歩道に沿って植えられた木々が強い日差しを遮っている。俺たちはその木の下にあるベンチに並んで話していた。
「……どうせ並ですよ」
自分のレベルは分かっているつもりだ。ふてくされたように言うと、ロノさんはくっと笑った。
「いやいや、私はなかなかイケてると思うけどね。そういうことじゃなくて」
前半にちょっとドキッとしたけど、後半の意味を理解して俺は俯く。
「……アヤと、喧嘩しただけですよ」
なにが喧嘩だ。俺が一方的に八つ当たりしただけじゃないか。アヤを故意に避けてるのは俺の方だ。俺から謝らないといけないのに……。
「それは……アニから謝らないといけないね」
人から言われると刺さるものがある。
「お兄ちゃんは妹のどんな我が侭も許さなくちゃいけないんだよ。愚痴は私にでも言えばいい」
続いた言葉に俺はぽかんと口を開けた。ロノさんは首を傾けて俺を見て、にっと笑う。
「兄とは難儀なものだね」
その笑顔に俺まで顔が緩んでしまった。ロノさんは笑顔までクールだ。だけど美人だからそれが様になっている。
「ロノさんも兄弟いるんですか?」
「いや? 私は一人っ子。だから想像するしかないんだけどね」
それでもこんなに分かるものなのか。ロノさんは大人なんだな……。
「無条件に甘やかすのとは違うけどね」
そう言って笑うロノさんはとても綺麗で、俺はその笑顔に適わないなと思った。




